見出し画像

肥大型心筋症と妊娠

心血管イベントのまとめ


HCMと診断された女性の、1624件の妊娠に関するレヴュー(18論文)によると、妊産婦死亡の発生率は0.2%、以下、持続性心室頻拍1%(0~1%)、非持続性を含む心室頻拍6%(4~8%)、心房細動4%(2~6%)、心不全5% (3 ~ 8%)、失神 9% (3 ~ 14%)であった。妊娠関連イベントとして、産後出血2% (1 ~ 4%)、子癇前症/子癇4% (2 ~ 6%)、帝王切開 43% (32 ~ 54%)であった。

新生児死亡は0.2%、合併症死産は1%、早産は22%であった。

日本の報告

日本の論文は23人のHCM妊婦の27件の妊娠について報告があり、27件中13件で心血管イベントを認めた。

内訳としては、VTが1/27、NSVTが6/27、PVCが5/27であった。週数としては30前後での発生が多かった。

心血管イベントによる妊娠中絶は4/27、妊娠中のNYHAクラス悪化は2/27、早産は7/27と認めた。

具体的な数字

米国妊産婦死亡率は10万人当たり17.4人であるのに対し、HCMでは185人であり、多い印象である。それぞれのデータは一般集団コホートと専門センターのデータであり、選択バイアスや長期バイアスが存在する可能性がある。


肥大型心筋症におけるファクト

不整脈

妊娠中は血行動態、ホルモン、自律神経の変化が生じる可能性がある。循環血漿量の増加は心房筋細胞および心室筋細胞の伸長を引き起こし、細胞レベルで様々な不整脈誘発性の電気生理学的変化が生じている可能性がある。また、安静時心拍の上昇は心臓突然死の可能性を増加させる。一般集団におけるAF, VTの発生率は、いずれも0.002%(10万人に2人)であり、HCMではVT, 持続性VT, AFは6%、1%、4%と高い数字であり、これまでの妊産婦のデータと同じく、これら不整脈は妊娠後期に高頻度で出現した。

失神

HCM妊産婦の9%に失神を認めた。HCMの15₋25%に失神を認める。一方、通常の妊娠においては0.97%である。失神は不整脈のリスクだけでなく、早産のリスクとも関連しているという報告がある。

帝王切開

HCM女性の帝王切開率は43%(35₋52%)と、米国の31.7%と比べて高いが、HCM妊婦において、経腟分娩と帝王切開で有害転帰は変わらない、という報告がある。

胎児転帰

死産率は1%で、米国平均0.59%よりわずかに高い。

早産率は22%で、米国の10.2%よりも高い。


妊娠中の心血管変化のまとめ

 妊娠は、心拍出量の増加や全身血管抵抗の減少、レニン・アンギオテンシン・アルドステロン系の活性化、心拍数の鵜増加などの血行力学的変化をきたす。

 心拍出量の急激な増加は妊娠第一期の開始時に起こり、第二期には継続して増加している。24週までに心拍出量は45%増加している。ちなみに双子の妊娠の場合、心拍出量はさらに15%高くなり、左房径は有意に増加している。しかし、収縮力や左室・右室EFは変化しない。

 一方、血圧は収縮期・拡張期ともに有意に低下する。第二期が一番底であり、基線から5-10㎜Hg低下する。

 心拍数自体も上昇する。ほかの指標とは異なり、妊娠期間の間、継続して上昇し続ける。全体としての変化は20-25%ほど汽船よりも増えている。

 正常な妊娠において、妊娠のかなり初期から交感神経活動は亢進し始める。これらは妊娠高血圧症や子癇前症の原因となりうる。病態として、圧受容体の感受性亢進とα―アドレナリン刺激に対する反応性の減弱が示されている。動物実験ではアンジオテンシンII、ノルネピネフリン、バゾプレシンに対する圧反応性の低下が認められ、これはプロスタグランジンの抑制で改善する。

 エストロゲンとプロゲステロンの上昇と血管拡張には相関が示されており、これはリラキシンが関与していることが示されている。エストロゲン、プロゲステロン、リラキシンの上昇に合わせて、収縮期血圧の低下が認められている。

 レニン―アンギオテンシン―アルドステロン系はかなり活性化されている。妊娠初期から始まり、血漿量は6-8週から増加し始めて、28-30週まで徐々に上昇する。エストロゲンの上昇に伴い、レニン器質であるアンギオテンシノーゲン産生が増加し、アンジオテンシンレベルは上昇する。また、リラキシンによってバゾプレシンの分泌の増加と、それに伴い飲水量が増加する。水分貯留が増え、ナトリウム量も増えるのだが、血漿浸透圧は低下し、低ナトリウム血症が起こる。プロゲステロンは強力なアルドステロン拮抗作用があり、ミネラルコルチコイド受容体に作用し、ナトリウム貯留の予防と低カリウムの回避作用がある。また、母体の心房性利尿ペプチドANP濃度は、妊娠3か月で40%増加し、産後1週間で1.5倍となる。

 循環血漿量は妊娠初期から増加し、妊娠期間を通して増加する。総血漿量の増加は20-100%であるが、通常は45%程度である。赤血球の産生も40%増えるが、総血漿量に比べると少ないため「生理的貧血」状態となる。

 左室壁肥厚や左室壁量はそれぞれ28%、52%増加する。右室も40%増加することが示されている。動物実験から、ロード負荷や心室肥大による一時的なリモデリングが生じており、血管新生も認められるものの、線維化は認めていない。

妊娠中の心拍出量と血管抵抗の変化

参考文献

[1] Moolla, M et al. Outcomes of pregnancy in women with hypertrophic cardiomyopathy: A systematic review. Int J Cardiol 2022 359:54-60

[2] Tanaka, H et al. Circ J 2014 78(10); 2501-2506

[3] Sanghavi, M and Rutherford JD. Cardiovascular physiology of pregnancy. Circulation 2014; 130:1003-1008

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?