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  • トカゲとカメのクオリアガーデン

    第二十七回文学フリマ東京に発行した個人誌のサンプルになります。 【あらすじ】 ある町に、二人の少年が引っ越してきた。 ――自分にも他人にも乱暴な生き方をしてきた松毬 ――自分からも他人からも逃げてきた森石     二人は自分を変えたいと思い、 その町の高校へ入学を決めた。 まだお互いを殆ど知らない二人は、生活を共にする。 ちょっと変わった、友人たちと関わりながら 少しずつ不器用に家族の在り方を探し成長していく物語。

最近の記事

2019/5/6文学フリマ東京の告知

こんばんは。夏休みも〆切りもギリギリに定評があるヒンメルです。 皆様、5月をどうお過ごしでしょうか? 去年引っ越したばかりで二度目の5月ではありますが、地元である沖縄とさして変わらない雨模様の多さに懐かしさを覚える今日この頃です。 そして、今年の上半期最大のイベントである文学フリマ東京が明日に迫っております。 去年の11月同様、今回も参加させていただきます。既刊「トカゲとカメのクオリアガーデン」完全版(A6/400P/1、200yen)のみではありますが、お買い上げの際にポ

    • 夜の終わりには小さな温もりを。

       木々の囁きがよく聞こえる夜は、気をつけて集中しなくても彼を感じることができるから好きだ。  柔らかさの下に骨の硬さのある膝に頭を乗せながら、私は目を閉じる。  後頭部に彼の気配がそっとある。くつろぐ私に対して邪魔にならないように息を潜めて、吹いてくる風に合わせて身体を撫でてくれる。  彼が祖父から受け継いだという古い家の縁側は私が歩く度にキィキィと鳴いたが、今はじっと私達の体重を支えている。  庭で小さく喋り合う虫は今宵の月をどう思っているのだろか。  瞼越しに感じる薄明

      • 暴君と仁君

        (目次に戻る)  地上から地下に下りていく時のひんやりした空気に、そういえば一人で鯨土パークに来るのは初めてだなと気づいた。  この場所に来る時は、いつだって隣に森石がいた。その立ち振る舞いはとてつもなく静かで存在を疑いそうになるのに、斜め下から感じる視線だけは無視できない。あの感覚がないだけで心許なく思ってしまうのも妙な話だ。  素直に帰っておけばよかったかとも思ったが、どうしてもあのサブマサウルスが気になってしまったのだ。  俺からすれば生存本能を放棄した生ける死体だ

        • ハッピーエンドは望まれない2

          (目次に戻る)  昼休み、岡村が別のクラスに行ってしまったので、花柴を誘うことにした。  いつもメッセージアプリを開いて、一番やりとりの多い相手に文面を打ち込む。 トカゲ: 暇だったら一緒にご飯でもどうかな? シキミ: なんですか気持ち悪い トカゲ: 無理ならいいよ シキミ: 行きます トカゲ: それじゃ、教室で  幼児のヤダヤダ期の対処法として、あえてその嫌だを受け入れると幼児があっさり意見を覆らせるというがある。花柴の反応はそれに似ていた。  駄目元で誘ったのだが、

        2019/5/6文学フリマ東京の告知

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        • トカゲとカメのクオリアガーデン
          24本

        記事

          ハッピーエンドは望まれない1

          (目次に戻る)  事件の翌日、生徒指導室に呼び出されて、豪打の件を色々聞かれた。  俺は保健室で森石が語った程度のことだけを説明し、他に余計なことは言わずにおいた。後で聞いたところ、花柴も同じだったようだ。  豪打たちは大きな怪我もなく、自分たちが悪いのだとちゃんと主張したらしい。何か森石に冤罪をかけるかと思ったが、あれだけされたら思うところもあるのだろう。それでも森石が窓を割ったのは事実である。  職員会議の結果、森石が停学処分になったので俺はしばらく森石を起こす必要がな

          ハッピーエンドは望まれない1

          ハネモノ通り3

          (目次に戻る) 「その様子だと相手を憎むことも恨むこともできなかったようですね」  最初から森石の目的を知っていたかのような言い方だ。 「羽衣おばさんは今回の話をどこまで知ってるの?」 「詳しくは知りません。校内への侵入は禁止だと言われているので、校外での情報からの推測です」 「本当は僕に関する情報を全面禁止にしたかった」 「そうすると万が一がありますからね。代わりに余計な手出しをすると縁を切ると言われてるので、この数ヶ月は大変でした」  俺は買い出しや岡村が受けた雑務を手

          ハネモノ通り3

          ハネモノ通り2

          (目次に戻る)  やれやれ。今日の俺は誰かのフォローばかりしている。 「森石、弁当食べる?」  軽い口調で問えば、頷いた森石が緩慢な動作でリュックを開けた。羽衣おばさんが窓を開ける。  車内が綺麗だから飲食物は気にするかと思ったが、その辺りは平気らしい。  腹が減るとネガティブになるっていうからね。  ましてや、相手は森石なのだ。三食きっちり食べる優良児には、定時の食事が必要だ。  「トカゲ」何か話題を振る前に羽衣おばさんの方が口を開いた。「彼についてトカゲは知りすぎた」

          ハネモノ通り2

          ハネモノ通り1

          (目次に戻る)  保健室を出ると森石が廊下で立ち止まる。  見れば、壁にもたれるようにして岡村が立っていた。  俺たちに気づいて岡村が壁から離れる。その手には俺の鞄と森石のリュックを持っていた。 「森石、おはよう。というか、もうお昼だからこんにちはだよな」  無言のまま睨みつけてくる森石の視線を受けて、岡村が頬をかきながら苦笑する。 「岡村? なんでここに」 「花柴の使いっ走りだよ。二人が保健室にいるだろうから持って行ってくれってさ。怪我は平気なのか?」  渡された二人分の

          ハネモノ通り1

          悪い奴は誰だ 7

          (目次に戻る)  視聴覚室を出ると、森石が膝に顔を埋めるように座っていた。  待たせすぎたかと時計を見る。お昼のチャイムが鳴る少し前だ。割れた窓ガラスに気づいた誰かが来る前に立ち去っておきたいが、森石に声をかけていいのか迷う状況である。 「……た」 「何か言った?」  内容は聞き取れなかったが、確かに森石の声がしたので聞いてみる。 「すぐ行くって言った」 「あー、うん」何の話かと思ったが、ついさっきの話だった。「言ったね」 「……騙したのか?」  ほんの少しだけ顔をあげた森

          悪い奴は誰だ 7

          悪い奴は誰だ 6

          (目次に戻る)  ぎゃあぎゃあ喚きながら崩れ落ちた豪打を見ることなく、森石は持っていた破片を叩きつけるように投げ捨て、ようやく俺を見た。 「帰る」  よく聞く三文字だったが、その声に疲れが滲んでいた。 「教室に戻るんじゃなくて、帰るの?」  確認するような俺の問いに、森石はもう一度「帰る」と繰り返す。  俺を無視して通り過ぎることもできただろうにそうしない理由は、一緒に来て欲しいということだろう。  これぐらいなら、何を考えているのかわかるんだけどな。  俺としても今の森石

          悪い奴は誰だ 6

          悪い奴は誰だ 5

          (目次に戻る) 「なんだ、松毬。花柴まで一緒じゃねぇか」 「一緒だと都合悪かった? それなら追い出すけど?」 「いいんじゃねぇの? いやぁ、松毬がこんなやつだって知れたのも花柴のおかげだしなぁ」  チラリと豪打は花柴に視線を向ける。口元に手を当てていた花柴が強く拳を作った。 「何を考えてるんですか」下から湧き上がるように言った花柴が、殺気だった目で俺を見た。「松毬くんがなんであんなのに協力してるんですか!」 「あんなのだぁ? 先に面白い情報を教えてくれたのは、花柴じゃねぇか

          悪い奴は誰だ 5

          悪い奴は誰だ 4

          (目次に戻る)  俺が花柴と話すにあたって懸念しているのは、岡村の存在だ。  岡村は花柴が何かろくでもないことをしているのは薄々感づいていて、俺がそれに巻き込まれることを避けたがっているようだった。  本来なら昼休み前の時間に会うのが妥当なのだが、わざわざ四時間目が始まる前に待ち合わせたのもそれが理由である。お互い示し合わせて、全く違うタイミングで教室を出てから視聴覚室で合流することにしていた。  今日のこの時間が空き教室であることは確認済みである。何よりあの場所なら防音設

          悪い奴は誰だ 4

          悪い奴は誰だ 3

          (目次に戻る)  机に突っ伏していると、登校してきた岡村に挨拶ついでに声をかけられた。  身体を起こすと、鞄をかけながら心配そうな目を俺に向けてくる。 「大丈夫か?」 「平気だよ。ただの寝不足」   大丈夫と聞かれると平気と答えるのがテンプレートだ。実際、今日の睡眠が快適でなかったのは嘘じゃない。 「何か悩み事か?」  なかなかに鋭い質問だ。  茶化すこともできたはずなのにそう聞いてくるということは、俺はよっぽど悪いように見えているらしい。 「悩み事なら常に山積みだよ」

          悪い奴は誰だ 3

          悪い奴は誰だ 2

          (目次に戻る)  いつも通りに弁当と朝食を二人分用意して、覚醒の遅い同居人がふらつきながらも洗面台に行くのを見送ってから学校に向かう。  下駄箱を見て、教室を覗くまではいつも通りだった。問題はその後だ。全くの予想外というわけではなかったのに、どうしてあんなに取り乱してしまったのか自分でもわからなかった。衝動的な行動は避けるように努力していたはずなのに、人気がなかったのがいけない。明らかに人目があるとわかればもう少し自制心が働いたはずだ。  今のところ、誰にも見られてないは

          悪い奴は誰だ 2

          悪い奴は誰だ 1

          (目次に戻る)  定期的に見る悪夢はだいたい過去のリプレイだ。それでも夢だ。記憶通りなら小学生のはずの俺が今の姿になっていることもある。  ただ、それ以外は何も変わらなかった。思考は今の俺のもので、身体もちゃんと動く。それなのに俺は目の前の大人にされるがままで、ひたすらに謝罪を繰り返す。  何が悪いのかわかっていない。ただ、これだけ酷いことをされるほどの悪いことをしたんだろうと考え、謝れば許してもらえるかもしれないという希望がなければ耐えられなかった。  いつかは終わるのを

          悪い奴は誰だ 1

          いつもの学校生活 5

          (目次に戻る)  授業中で誰も外にいない廊下を歩いていると、さっきよりは冷静になれた。  俯いたままの森石は黙ったまま傷を撫でている。今日はやたら触っているなとも思うが、どういう時にそうするのかは俺にもよくわかっていなかった。  森石と俺のクラスは中央階段からだと右と左で反対だった。それまで黙っていた森石に呼び止められる。  その目はいつも通りに凪いでいるのに、リュックの紐を握る手に力がこもっているように見えた。 「僕が大事にしているのは弁当だ」  何の話かと思ったが、

          いつもの学校生活 5