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欧米と日本の活版印刷に対する感覚の違い

活版印刷に携わっていて最近感じる違和感があります。
いや、やっと私もその違いを感じられるようになっただけで、それは活版印刷が再び注目された時からあったことなのかもしれません。
それは欧米と日本で活版印刷に対する感覚が少し違うんではないかということです。

従来の活版印刷とは

そもそも活版印刷は情報や文章を記録し、それを拡めるために大量に同じものを生産するための技術。
例えば書籍や新聞などがそうです。
古くは聖書も活版印刷で作られ、キリスト教の伝来と共に日本に活版印刷がやってきたと言われています。

日本にはすでに木版で書籍や新聞(瓦版や浮世絵が当時のそれ)を印刷する技術と体制が成立していたので、欧米と同じ活版印刷が日本で広く使われるようになるのはもう少し後なのですが、その用途は欧米も日本も変わらなかったはず。

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違和感の正体

違和感は改めて活版印刷が注目を集め、新しい表現方法として盛り上がり始めてからの用途について。
私も欧米で盛り上がっている活版印刷と、日本で盛り上がっている活版印刷にそんな大きな違いはないと思っていました。

日本で開催される活版印刷のイベントに海外の活版印刷工が招かれて交流したり、逆に日本の活版印刷工が海外に行くことももちろんあって、同じ機械、同じ技法を使う仲間として言葉を超えて通じるところは少なくありません。

私もSNSなどで海外の活版印刷工房のアカウントをフォローしたりしてどんな活動をしているか頻繁に目にするようになりました。
すると日本の活版印刷との違いに気がついていくのです。

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・活版印刷で名刺を印刷してる人が少ない
そもそも日本で改めて活版印刷が広く知られるきっかけはクリエイターやアートディレクターというようなプロの方々が活版印刷を知り、自分たちの仕事に起用しだしたのが始まりです。
それがきっかけで一番身近なペーパーツールである名刺を活版印刷にする人が業界で増え、活版印刷の市場は大きくなっていきました。
なので活版印刷に携わっていたら名刺印刷は切っても切り離せないのですが、欧米のSNSのアカウントで名刺印刷の実例を見ることはそんなにありません。
そもそもアジア圏に比べ欧米で名刺の交換があまり一般的ではないこともあるのでしょう。
ある程度の役職についていないとビジネスマンであっても名刺を持っていないという人も多い程です。

・活字を使って文字で遊んでいる人が多い
活版印刷は活字という金属や木でできた文字のスタンプのようなものを文章に組んでゆき、それを印刷する技法ですが、現在の活版印刷では銅や真鍮、亜鉛版といった金属板や、樹脂版など1枚の板に製版して印刷することがほとんどです。
そもそもの活字を作る活字屋さんが少なくなったことや、消耗品である活字を頻繁に使用するコスト、活字を組む手間や時間の削減のためなど色々と理由はあります。
しかし欧米で活版印刷をされている方は活字の組み方を工夫しながら様々な表現をされている方を多く見かけます。
例えば文字を組み合わせてイラストを作ったり、ただまっすぐ組むのではなく、湾曲させてみたり、斜めにしてみたり、違うフォントを組み合わせて文様を作ってみたりと、活字でしか生み出せない文字の楽しみを知っているようです。

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・趣味で活版印刷をしている人が多い
陶芸や油絵、園芸などを趣味とされている方は日本でも多いと思います。
それと同じように活版印刷を趣味とされている方が多いのです。
それは老若男女問わず、若い学生が木活字や手作りのリノリウム版でポスターを印刷していたり、上品な白髪のマダムがクリスマスの素敵なカードを印刷していたり様々です。

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欧米と日本とで何が違うのか

上で書いた違和感の正体は、欧米において活版印刷は趣味や楽しみ、アートワークになり得るのに対して、日本においての活版印刷は商業的なものがほとんどということです。

それにはきっと複合的な要因があることだとは思います。

要因①
アートとしての活版印刷へのハードル
そもそも欧米ではアートに対するハードルが低く、小さい時から美術館や博物館に慣れ親しみ、身近に絵画や美術品がある人も少なくありません。
ギャラリー巡りや、アート鑑賞が趣味の人も多いでしょう。
それなら同じ印刷技術でもアートよりの「版画」を趣味とするものではないか?と思われるかもしれませんが、実は「版画」は英語で「Print」と言います。
そう、印刷と同じです。
つまり「印刷」=「版画」であり、「版画」=「印刷」なのです。
その「Print」の中にはオフセット印刷も銅版画や木版画、リトグラフ、そして活版印刷も入っているのでしょう。
日本人が感じる「印刷」と「版画」の垣根を感じにくいという点もあるかもしれません。

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要因②
活版印刷=タイポグラフィという概念が希薄
活版印刷は英語で「Letterpress」と言います。
「Letter」=「文字」と「Press」=「印刷」です。
フランス語では「typographie」と言われそのまま「タイポグラフィ(ティポグラフィ)」です。
すなわち欧米では活版印刷が文字を使った印刷技法という印象が直感的に強いわけです。
最近の活版印刷は金属版や樹脂版を主に使用して印刷することは欧米でも日本でも変わりませんが、日本の活版印刷への印象は「凹んでる印刷」だったり、「アナログな印刷」というものが強く、文字を使った印刷というイメージが欧米に比べれば少し弱かったりします。
それ故、文字を組んで遊ぶという発想に至らないのかもしれません。

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要因③
学ぶ場とワークスペースの少なさ
一番大きな要因としては日本には活版印刷の学校やワークスペースなどが少なく、身近に活版印刷に触れる機会がほとんどないので、活版印刷は印刷会社が業務用の機械と専門技術でしか印刷できない。というイメージが強いのかもしれません。
そもそも趣味やアートワークに使用されている事例を見ることがない。というのが一番大きな要因でしょう。

なぜ欧米には活版印刷のワークスペースが多いのかという理由の一つに本の装丁が活版印刷と強く結びついているからという理由があります。
欧米では本の装丁を学ぶクラスや学校などもあり、専門技術や趣味として装丁を学ぶ人も少なくありません。
そして本の装丁を学ぶアトリエには決まって活版印刷機があるのです。
それは活版印刷がもともと書籍の印刷に使われていたからで、本を作る(装丁)ことの一つに組み込まれているため、本の装丁と活版印刷のワークスペースというものがたくさん存在するのです。

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以上、想像の域を出ませんが、欧米と日本の活版印刷への感覚の違いと要因の推察でした。

もっと活版印刷を楽しんでほしい

活版印刷のワークスペースをやっていると、利用しなくても見学やたまたま見つけたから立ち寄ってみたというお客様がたくさん来られます。
そのお客様からよく聞くのが、「興味あるけど私名刺いらないしなー」「結婚式の招待状とか作る機会ないしなー」です。
活版印刷=名刺印刷だったり結婚式招待状印刷というイメージがとても強いのが伺えます。

しかし、活版印刷はあくまで表現方法の一つです。
オリジナルのカードやノートを作ってもいいし、部屋に飾るインテリアのポスターを作ってもいいし、自費出版の本(ZINE)を作ってみてもいいし、自分のイラストを作品として印刷してもいいわけです。

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活版印刷は自由です。

そんな楽しみがあるんだってことを、たくさんの人に知ってもらえたらなぁと思ってます。


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