見出し画像

【発達障害:グレーゾーン】記憶を作品にする



6年前ほどの作品になるそうです。

ギター弾けないし、楽器できないので
アカペラで歌っていました。

当時の出来事とか、想いを形にして歌っていました。

全部で21曲ほど。


前回の記事で書いた坂口恭平さんの影響もあります。


経済に無頓着であり
遊ぶように生きていたい人間であった僕


僕は経済というものが苦手です。

自分が作ったものが「売れない」ことは
幾らかの経験からわかっていて、どこか諦めていました。

だから、経済から逃げ続けました。

お金は欲しい、売りたい気持ちもある。

買って欲しい、見て欲しい。

それが本音でしたが、
やはりその本音からは逃げていました。

欲求を諦めることで

売れなくても大丈夫、だって売ってないのだから、、という
別の視点で活動することが常でした。

なので、売れることはありませんでした。


生理的に嫌ではないものと
生理的に嫌なもの


生理的に・・・というものが
なんでかよくわからないけれど。。。という感覚が

自分を指し示すコンパスのような気がしています。

【根拠が感覚に依存している】


僕は家をきれいにする事が好きです。

なんでか住んでいる場所が綺麗であることが
とても気持ちがいいからです。


逆の人もいるとききます。

部屋に物が散らかっていた方が落ち着く人です。


生理的に自分が受け付けるものと
受け付けないものがあります。

それが自分という人間の
好き嫌いをそれとなく分けてくれて

自分がわかっていく。


生理的な感覚なので
優劣はないものです。


人それぞれの感覚なので。

でも、そこに優劣が出てくるものが

人の常識であり、社会であり、経済のように感じています。


でも、僕はそこに文句を投げ込んでも仕方がないと思っています。

文句を言うのではなくて、

僕はこれが好きです!と
声を上げるだけしかできない。

社会も、常識も経済も、個人の力では変えられないから。
そして、変え方だってわからないから。

そんな簡単に変えれるのもつまらないし。。


だから、今のまんまでいいって思います。

今がベストだとすら思います。

坂口さんの歌は
岡山によく似合ってて、いいです。

風景に染みている歌ってそうそうないので、
すごいなと思います。

なんか、そういうのがあるんだよなあ


リョータ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?