見出し画像

鏑木清隆、夕暮れの有楽町

夕暮れ時、訳あって有楽町から銀座まで歩いた。普段あまり足を踏み入れたことが無いエリアだったので、有楽町駅から泰明小学校付近までのルートをほぼはじめて歩き、そこから銀座の方へ移動する。鏑木清隆という明治生まれの日本画家が、晩年のエッセイ『明治の東京』の中で、この界隈のことをいろいろと書いている。当時はあちこちに水路が巡り、その水路の周りに柳の木が生い茂る、のどかで静かな、庶民の町だったそうだ。そういえば今日歩いている時も、銀座の区画に入ると柳が道路沿いにずっと植わっていた。

関東大震災前の京橋、銀座、日本橋界隈の庶民の暮らしぶり、当時の街の様子、自分の思い出などを、鏑木は懐かしく振り返る。いまとなっては跡形もないその面影は、彼の素朴な文体によって、存在しないからこそ美しく我々の脳裏に再現される。

鏑木はかつて自分が暮らした界隈を懐かしみ、私はそんな彼のエッセイを喫茶店かどこかで読みふけり、ほとんど足を踏み入れたこともないが名前はよく知っている都心の地名や、明治期の東京の姿に思いを馳せたことを、懐かしむ。今日、私は実際にその場所を歩き、すべての情報がアップデートされ、過去を遠くに捨て去って常に変化を遂げつつある、現在の街を体験する。そして、過去を懐かしみまどろんでいた意識は、私たちは常に「現在」という、不動の動点ともいうべき時間軸の特殊な一点上にいるのだ、という素朴で強力な真実に触れ、覚醒する。街は「いま、この場所」で優雅に楽しんでいる。いわんや我々をや。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。もしよろしければ投げ銭をお願いいたします。(すでに投げ銭していただいた方、本当にありがとうございますTT)

ここから先は

0字

¥ 100

こんにちは。youtubeチャンネルもよろしくお願いします-> https://www.youtube.com/channel/UCTBquTnV-WrAw5hqrRlJVBA