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ep3:トマトパインハンバーグをもう一度|連載小説「ここは、海辺のドライブインライトハウス」

note創作大賞2023、お仕事小説部門応募作品です。単体でも読めますが、連載作品なので続けて読んだ方が話はわかりやすいです。前回のお話はこちらから。



ある日それなりに混雑したお昼時を過ぎたころ、食券の券売機のところで立ち止まっている高齢の女性がいた。

食券の買い方がわからないのか故障かと思い、テーブルの片付けを後にして女性の元へと向かう。


「どうされましたか?何かお困りですか」
少し腰を曲げ目線を合わせて問いかけてみる。


券売機を見つめたまま女性は話し出す。

「あの、パインがのったトマトハンバーグはもうないのかしら。どんな名前だったか思い出せないのだけど、見当たらなくて」


「今提供しているのはここの券売機に書かれているメニューだけなんですよ。申し訳ないです」


昔提供していたメニューなのか、はたまた違うお店と勘違いをしているのか確かではないが、今ここではそのようなメニューは作っていない。

「そうなのね……。わかったわ。ありがとう」

女性が軽く愛想を浮かべ会釈すると束ねてある柔らかなグレイヘアがさらっと前に垂れた。少し覇気をなくしたように思えたのが気にかかったが、そばの食券を買い彼女はカウンターへと向かっていったので自分も持ち場に戻ることにした。




「林さん、今日お客さんから聞かれたんですけど、ここって前にパイナップルがのったトマトハンバーグって作ってたりしました?」

ここで20年以上働いている林さんなら事情を知っているだろうと当たりをつけて、昨日のやりとりを聞いてみる。

「おお、懐かしいな。オープン当初からあったらしいんだけど、あまり出ないからってことで10年くらい前にメニューから無くなったんだよ。何かあった?」


昨日ある女性から、パイナップルがのったトマトハンバーグはもう無いのかと尋ねられたことを林さんに話した。

おお、と感嘆の声が漏れる。

「そんな前に出してたメニューを覚えていてくれるなんてありがたいことだ。まあ今のところ通常メニューに戻すつもりはないけど、ベースとなるトマトハンバーグは今もメニューとしてあるし、パイナップルも他のメニューに使うしで作れることには作れるしなあ。もし次も同じお客さん来たら出しましょうか?って声かけていいよ」

「わかりました!」


思ってもみなかった提案に思わず自分ごとのように嬉しくなる。実はなんだかあの後もシュンとした女性の顔が頭の片隅から離れなかったのだ。

あとはまたあのお客さんが来てくれることを願うのみだ。





1週間後、あの時の女性がまた訪れた。

私がシフトに入っている時に来てくれてよかった。あの時私がすぐに確認していれば顔を曇らせることはなかったのだ。林さんに許可を貰った今、今度こそはと券売機に並び始める前に声をかけに小走りで向かう。

「なになに、どしたん」
急に小走りをし出した私に悠太が声をかける

「ずっと待ってたお客さんが来たの!行ってくる」
振り返って笑みを浮かべ答えた。


「お客さま、こんにちは。違ったら申し訳ないのですが、先週いらしてパイナップルハンバーグのことを尋ねてくださった方ですよね」


「そうよ。丁度この間も声をかけてくれたのはあなただったわね」
女性はくすりと笑う。


「この間のお話の後、料理長に確認したら今でも材料がある時ならば作れますよとのことでした。一度はお断りしてしまったのにごめんなさい。もしよければ今日はトマトパインハンバーグ食べていかれませんか?」


「そんな特別に作ってもらうなんて申し訳ないわと遠慮しようかと思ったのだけど……。せっかく声を掛けてもらったんだもの。お言葉に甘えてお願いしてもいいかしら」


この間の曇った顔から一転、嬉しそうに綻ぶ表情を見て胸を撫で下ろす。席に座って待っててもらうように促して、林さんの元へと駆け寄った。



「林さん!前お話ししたトマトパインハンバーグのお客さん来ました!お願いしてもいいですか」

優しく笑い
「了解。来てくれてよかったな」
と答えると、さっそく料理に取り掛かった。



あらかじめ成形してあるハンバーグをフライパンに乗せるとジュワーッと油が跳ねる良い音がする。焼き目がつくまで待ったらひっくり返し、蓋をして裏面を蒸し焼きで仕上げていく。

肉の焼けた香ばしい匂いにつられてお腹がぐうと鳴った。この匂いだけでもご飯が食べられそうだ。

同時にパイナップルにも軽く火を入れていく。

ハンバーグが焼けたらトマトソースを絡めて皿に盛り、パイナップルを仕上げに乗せたら、ドライブインライトハウス復刻メニュートマトパインハンバーグの出来上がりだ。







「おまたせしました」

鉄板の上で小さくソースが跳ねてジュウジュウ音を立てる。テーブルの上に食事を置くと女性の顔がぱあっと明るくなった。

「そうそうこれよ。これなの。懐かしいわあ」


「トマトとパイナップルのハンバーグ。この組み合わせはなかなか他では同じものがなくってね、家で作ってみたけれどなにか物足りないのよ。これはここでしか食べられないわ」


頰に赤みがさした女性は嬉しそうに話し続けた。

「私もこの組み合わせは見たことがないです。酢豚にパイナップルを合わせるような感覚なんですかね。ちょっと食べた時の味の想像がつかないけれど、確かに食べたら癖になるのかも」


口元に手を当てて笑う私を、女性は何かを思いついたかのように、そうだ、もしよければなんだけど……。と話し始めた。


「ねえ、あなたも一緒に食べない?ここでこうやって出会ったのも何かの縁よ。もし嫌でなければあなたにもこのハンバーグを食べてほしいの」
もちろんお仕事中だし、迷惑にならなければだけどと付け加えた。


こればかりは自分だけでは判断することができず、少し待っててもらうように伝え一旦席を退いた。厨房にいる林さんに事の顛末を話すと、存外簡単に許可が下りた。


丁度そろそろ休憩を取らせようかと思ってたし、お客さんがいいって言ってるんだから言っておいで、ついでに同じものを作るよと快く送り出してくれた。



こんなドラマみたいなことが突然日常に起こるものなのかと信じられず、少し浮足立つような気持ちでお客さんの元へと戻った。




「じゃあいただきます」
冷めるだろうからと女性には先に食べていてもらったが、自分が席に着く頃にはもう半分ほど食べ進められていた。昔の味と変わらずに口に合ったようで一安心だ。

ナイフとフォークでハンバーグを一口大に切り分け、トマトソースとパイナップルものせた状態で口に運ぶ。

 
お肉の旨味に酸味の効いたトマトソースとフルーティーで甘みのあるパイナップルは思いの外よく合い、思わず目を見開く。その様子に気がついた女性はニコニコとこちらの様子を伺っていて楽しそうだ。


「最初は半信半疑だったんですけど、この組み合わせ私は好きです。火を通したパイナップルってより甘くジューシーに感じられて、お肉にも合う。トマトソースがいい繋ぎ手になってるというか、これはご飯も進んじゃいますねえ」


「そうでしょう?昔主人とよく来てた頃に、俺は絶対こんなものは認めん!って言っておいしさを分かち合える人がいなかったのだけど、あなたがそう言ってくれて嬉しいわあ。本当癖になる味なのよ」


窓の向こうの海を見ながら、昔の記憶を取り出すようにゆっくりと話し始めた。


「実はね、このメニューが好きなだけで特別パイナップルが好きというわけではなかったのよ。でもここに来ると私がいつもこのハンバーグばかり食べるからか、主人はすっかり私がパイナップルが好きなもんだと勘違いをして、よくいろんなものをこさえてきては私に見せてきたわ」


こっちではパイナップルの農業が盛んだから、主人が知り合い伝に頼んでパイナップル畑に連れてってもらったり、直売所で食べた事のない品種を見つけるとお土産に買って来てくれたり。


「そういえば、2人で海沿いを歩いていた時に私がパイナップルの木を見つけて、すごい、こんなところにもパイナップルが実るのねえってはしゃいでいたら普段はあまり表情豊かじゃない主人がお腹抱えて笑いだすから何かと思ったら、それパイナップルじゃなかったのよ。これはアダンっていうんだって、他所から来たやつは大体通過儀礼かのごとく引っかかるんだって教えられたわ」


女性は可笑しそうにクスクスと肩を揺らして笑う。


「あー!わかります。あれって知らなきゃ間違えちゃいますよね。私も他所から来たから、最初はパイナップルってこんなところに生えるんだって感動しましたもん」


よく話を聞けば、女性は結婚してからこの地に移り住んだそうで、自分が初めて来て驚いたこと、自分で見つけた好きな場所、地の食べ物の調理の仕方などを教えてくれた。


向かい合って話すのは初めてで、且つ年齢はおそらく孫と祖母くらい離れているんだろう。それに普段だったら初対面の人と食事なんて絶対に避けたいイベントだ。でもなんだかこの人とは初めて会った気がせず、話をしても不思議と嫌な印象は受けなかった。



「なんだか私ばかり話してしまったわね。あなたのお話も聞きたいわ。あなたがここに来てできた好きな場所はどこかしら」

問いかけて彼女は少し首を傾げた。

まだこの地に来て間もないが、ドライブインライトハウスもすっかり居心地がいい、この間お邪魔したあやこさんの美容室もとても素敵な場所だった。でも、好きな場所と言われて思考の末脳裏に思い浮かんだのはそこしかない。

一呼吸置いて、記憶の中でその場所への道を辿りながら口を開いた。


「……ここのドライブインから道路沿いを少し歩くと、海に抜ける小道があるんです。木々に覆われた小道を抜けると、視界が開けて目の前には海が広がっていて。初めてそこの場所を知った時、なんというか、自分だけの秘密の場所見つけたような気持ちになったんです。一応ここの浜と地続きではあるんですけど、人も少なくて静かで、私のお気に入りです」


波が引いては寄る様子をただ眺める。たまに目を瞑り耳を澄ませる。ただそこにいて自然に身を任せる時間はそれだけで心が凪いでいく気がした。


ここに来てまだ間もない頃、知らない街に来た開放感とは裏腹に、どこにいても地に足がついている感じがしなかった。


浮足立つような開放感、でもその裏では忘れようとしても常に背中に張り付く焦燥感。けれど、この場所を見つけて腰を下ろしたとき、やっとこの地で深く息を吸えた気がした。


女性は静かに頷いた。
「あるわよねえ。周りの人にはなんとなく知られたくない秘密の場所って。そこに行けば本来の自分に戻れて、何をするわけでもなく回復する場所。生きていくうえでそういう場所って本当に大事よ」


言葉はなくとも私も頷き返した。確かにそうだ。人は他者には理解されなくとも自分だけの大事な時間、物、そういう侵略できないテリトリーを守ることは決して容易ではない人生を生き抜くために優先されるべきことだろう。私はそんな些細で、でもかけがえの無いものを大事にしたかったのだ。たぶん昔から、ずっと。


「ああ、そろそろお開きにした方がいいわね。お仕事中に誘っちゃってごめんなさいね。ひさしぶりに若い子とお話できて楽しかったわあ。お食事を作ってくれた料理長さんにも是非ともお礼を伝えてくれると嬉しいわ」


思い出の味がまた食べられる日が来るなんて私は幸せ者ね。昔一緒に食べてくれたあの人はもういないけど、代わりにあなたとこうやって楽しく食事をすることができたのだから、と付け加えた。


帰り支度を終えた女性が鞄を手に持ち立ち上がる。そして、私の目をしばらく見つめて微笑み、口を開いた。


「あなたがなぜここまで来たのかは知らないけれど、あなたがここで過ごす日々がいい時間になるように願っているわ。時々迷子のような顔をするのはが少し心配だけど」


彼女は眉を下げ、困ったように笑った。


「今のあなたしか見れないもの、感じられないこと、この時間がもたらすものはきっとあなたの力になるわ」



私の手を取り、何か思いを込めるかのように軽く手を重ねられた。

また食べに来るわね。と言って去っていったのを見送った後の自分の表情は先ほどの彼女の言葉を借りると迷子のような表情をしていたんだと思う。


上手い例えをするものだと、的確に言い当てられたいたたまれなさに私は苦笑いを浮かべた。







次回最終話になります。

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