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生かされて今

豆と小鳥さん暮らしながらラジオが毎回ツボで楽しみに拝聴しているのだが、それと同じくらいナミンさんのエッセイにも考えさせられることが多い。今回、若い頃に遭われた交通事故のことを綴っておられて、私自身も命拾いした体験を思い出した。

四国のとある民宿に泊まった時のこと。磯釣り経験のない私たち姉弟を案内してくださったご主人が、海岸沿いの通りに軽トラを停めて、餌用のミミズを買いに釣り道具屋さんに立ち寄った。その地の夜9時半頃の海岸通りは後続車も対向車もなく、残された私たちは暗い海が波打つ音にひたすら耳を傾けていた。そう、私たちは軽トラックの荷台に座っていたのだった。(シートベルトの着用が義務付けられていない頃の昔話だが、それでも荷台に乗るのは違法だったはず⚠️)

たぶん道具屋さんと話し込んでいるのであろうご主人がなかなか戻ってこないので、「遅いなぁ」と思いながらも夜風に酔ったような気分でいた。ぼんやりと周囲の暗がりを眺めていると、遠方からヘッドライトが蛇行しながら猛スピードで近づいてくる。対向車線の車に違いないが、なぜかこちら側の車線を走っているように見えた。荷台に座っていたのは私たち姉弟を含め3人。でも誰ひとり声も上げず、茫然自失の態で前方を眺めていた。

これは夢なのか? いや、このまま私はここで死ぬのか? 

時が止まったように思えた瞬間、対向車は軽トラックの目の前で突然止まった。その距離わずか20センチ。あと0.1秒でもブレーキを踏むのが遅かったら、私たちは夜の海に軽トラごと投げ出されていただろう。相手が居眠り運転で海に落ちずに走ってきたのも奇跡なら、目覚めた瞬間にブレーキを踏んで止まってくれたのも奇跡だった。

その夜の釣果はメバル100匹以上。しきりに「運がいい」と言われながら、自分の意思を超えたところで何者かに守られたのだと思わずにいられなかった。と同時に、人生は意外と呆気なく終わり得るのだと悟った。

この数日後に撮影

あれから数十年を経たにもかかわらず、私はやり残したことをどこから手をつけたらよいものか…と、まだもたついている。「運」に見放されないうちにと気ばかりが焦る。そんな時、暮らしながらラジオのナミンさんの人生を達観した語り口とバクさんの高らかな笑い声を聴くと、不思議と心が落ち着いて「そやそや、老いてもうたから、しゃあないやん」と元気になるのだった。

バクさんとナミンさん、いつもありがとうございます。おふたりに幸あれと祈ります😊


♡タイトル画像は、みんなのフォトギャラリーから、salt_5さん撮影の瀬戸内海をお借りしました。ソルトのお写真に心が震えるような感動を覚えて以来、度々、訪問させていただいてます。ソルトさん、いつもありがとうございます🙏


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