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〈水中花〉ってどんな季語?【ゑひの歳時記 水無月】

 1つの季語を巡って、上原・若洲がそれぞれ考えていることをざっくばらんに書いていく「ゑひの歳時記」。普通の歳時記には書かれていない季節感や季語の持つ魅力、難しさなどをお伝えしていくコーナーです。7月第1週のお題は「水中花すいちゅうか」。上原が出したテーマに対して、若洲も考えます。

*この記事には動画のリンクが含まれます。ゑひ[酔]のホームページでは、動画をサイト内で見ることができます↓。


若洲の場合(回答者)――置かれた場所で咲くかわからない花――

水中花とはなにか? 

ご存知ですか、水中花。

 私は俳句を始めるまで見たことがありませんでした。しかし俳句の題材(「句材くざい」といいます)としてはかなりの人気がありまして、当時夏の句会に行くと結構な頻度で水中花が詠まれた句が登場していました。手元にある歳時記をめくってみても、周辺の季語より例句が多いので、この傾向は私の周りだけではなく、一般的なものなのではないかと思います。

 水中花をご存知でない方に軽くだけ説明しておきますと、簡単な物理現象を利用した観賞用のおもちゃ・置き物です。古くは木くずなど、水分を含むと伸びたり膨張したりする素材を使った造花で、水の中に入れるとその花びらがゆっくりと開いていく、という仕掛けです。実物や使用感については出だしやこの記事の各所に置かれた写真をご参照ください。

 観賞用のものなので、生活必需品ではないし、別に用途もない。さらに特段動きもない。他の季語と比べたとき、水中花の消極的な特徴として浮かび上がるのがこの点です。例えば、「金魚鉢」。金魚を観賞するための器ですので、観賞用ではあるが用途はある。「風鈴」の場合は、水中花同様に用途はないですが、明らかな動きがある。

どこに咲かせる水中花

 こうしたことから、水中花という季語を作るときの難しさの一つに、どんな情景を読むか、どこに置かれた水中花の情景をベースにするか、の悩ましさが挙がります。

 『角川俳句大歳時記』(角川学芸出版 2013)によれば、次のような説明があります。

水中花【すいちゆうか・すいちゆうくわ】

水の入ったコップに造り物の花・エンゼルフィッシュ・金魚などを入れ開かせるもの。江戸・明治期は紙であったが今はシルキで作られている。シルキとは服の裏地の絹のような薄い化学繊維。江戸期は酒中花ともいった。

『角川俳句大歳時記』(角川学芸出版 2013)

 これを読むと、水中花がどんなものかと、その歴史的経緯はなんとなくわかります。ここまでの情報で、水中花を主題とする一物いちぶつの句は作れるかもしれません。しかし、どんなところで、どんな気分で、特に現代において、どんな人が見ているものなのかは、この説明では全然わかりませんね。そこを悩んだ結果、ゑひ[酔]の2人の水中花の句には、さまざまな場所や状況が登場しました。

上原温泉の句
下りて行く店下りて行く水中花
丸椅子に小さき背もたれ水中花
部屋すこし傾いてをり水中花

若洲至の句
砂町の人が買ひたる水中花

 上原は、酒席のイメージから、バーのような場所を想起するような2句を最初に置いています。3つ目の句は、水中花という造り物感・あるいは手頃感がフレーズに影響しているようです。若洲は具体的に「砂町」という東京都江東区の地域名を詠み込んでいます。これらがどれほど「水中花」という季語のイメージに即しているかは、正直なところ私たちにもよくわかりません。

一般イメージ?

 これでも、わからないではまずいと思って、ちょっとリサーチをしてみた段階です。しかし一般的な「水中花」の感慨と、俳句の季語としての意味合いは、あまり重なり合わない印象でした。

 1980年代に流行した「水中花シフトノブ」というカー用品。マニュアル車のためのカスタムグッズで、アクリルのノブの中に造花が埋まっているという商品です。正式名称でも、本当の意味でも水中花ではないのですが(「アクリル中花」です)、これをイメージする方はいらっしゃるかもしれない。

 それから、上の商品のネーミングに影響を与えた、「愛の水中花」という歌。基本的に乾いた水中花を心にたとえた歌詞ですので、俳句の中で詠まれる水中に浮かんでいる状態とは一致しませんでした。演歌「細雪」の歌詞の中にも水中花が出てくるようですが、「水中花春になったら/出直したいと心にきめて」とあり、季節の感覚が違う。もちろん、水中花ってきれいだよね~というだけで、良い俳句にたどり着けるわけでもない。俳句の世界の外には、水中花に抱く一般的感慨を知る拠り所がありませんでした。

 では俳句の世界ではどうか。今までに詠まれた水中花の有名な俳句を見てみると、心情を絡めず写生したもののほかは、水中花そのものが擬人化されて詠まれているものや、人生や死生観に絡めた作品が妙に多い。私たちはこの事実の裏を読んで、水中花とは「人生を考えさせるものである・・・・・・・・・・・・・」と言い切ってしまっても良いのかもしれません。つまり水中花とは、人生など大きく漠然としたことを考えることができるような場所、例えば家に置かれていて、ぼんやりしている夕方や宵の口に、未来や過去のことを取りとめなく考えさせる触媒となるような、そんなものだと思えば良いのかもしれません。だからそれで作られる俳句も、自然に概念の方によってしまうのでしょうか。

 だとすればこの季語で俳句を作るのは非常に難しいと言えます。俳句の中で抽象的なことを言うことは、具体的なことを表すより遥かに困難を伴います。それは俳句が「写生」を良しとしていて、抽象概念の取り扱いが、あくまで後発的なものだからです。ただし初学の頃や一般的な俳句の作り手にとっては、自分の言いたいことを俳句で言えていたほうが楽しいので、句会などでは非常に人気のある季語になるのでしょう。

ゑひ[酔]の水中花

 ゑひ[酔]の2人はその意味では「水中花」の場所設定に苦心して挑戦したと言えます。上原の場合は照度を抑えた空間で柔らかく開いている姿が思い浮かびます。ここには酒中花からの伝統に立脚しようとする意志を感じ取ることができます。若洲の場合は「水中にない水中花」を読んでおり、これが季語として妥当かは議論が分かれるところでしょうが、生活感の中に水中花をわざと位置づけています。これが私たちの水中花の解釈です。

 しかし、これが作例の1つとして広く合意を得られるかは、世界に出してみないとわからない、というのが俳句なのです。以上「水中花」が置かれた場所で咲くかわからない花、だということを時間をかけて解説しました。概念の中から出して、作りやすい季語として解説しようとして、やっぱり難しかった、というお話でした。

上原の場合(出題者)――水中花奮戦記――

 上原は、水中花を持っている。季語研究に余念の無い俳人からの頂き物である。私の手元にあるのは「都の水中花」という商品だが、調べたら2015年に製造中止になっていた。くださった俳人は、作家のねじめ正一さんが経営していた、東京・阿佐ヶ谷の「ねじめ民芸店」で手に入れたと言っていたが、2019年に閉店してしまった。今となっては貴重品だ。 

 以下実況、この時代に生きる人間としてあり得ない撮影のクオリティの低さを、どうしぞお楽しみください。

 さて手持ちのグラスに水を入れ、まずはひとつを選んで入れてみたら……

https://eisince2023.com/wp-content/uploads/2023/07/20230705_135802-%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC.mp4

 グラスと水中花のサイズが合ってない!
 
 入れる前に考えるだろうがふつう。ついでにピントも合ってない涙。最終的には、この最初の水中花の開き具合がいちばん良かった。無念。
 
 撤収。作業を中断して100円ショップへと走る(細長いコップが無かったので)。

では再チャレンジ。

https://eisince2023.com/wp-content/uploads/2023/07/20230705_161206-%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC.mp4

 一度水を吸ってしまったので開かず……慚愧ざんぎの念に堪えない。

気を取り直して。

次は小振りな花(薔薇を模したっぽい)を、たくさん付けたこちら……

 今度はあまり開かないタイプの形が地味なまま、少しは変化するのではないかと4分も粘って動画を撮ってしまった。途中で見るのやめてもらってかまわないです……

https://eisince2023.com/wp-content/uploads/2023/07/20230705_161550-%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC.mp4

 しばらく置いておいたらひらいてきた。写真で。

 赤い水中花は、小さいので見くびっていたがさにあらず、意外なほど存在感がありました。

https://eisince2023.com/wp-content/uploads/2023/07/20230705_162918-%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC.mp4

 はじめにグラスのサイズを間違えてしまった紫もだんだんひらいてきて、いい感じになってきた。

あとは最後のひとつを残すのみ。

 じゃーん! ラスボスの登場です。ひときわの大きさ。これは期待させる。

 しかし。人生はままならない。

 ラスボスの悲劇をご覧ください。

https://eisince2023.com/wp-content/uploads/2023/07/20230705_182808-%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC.mp4

 ぎゃあぁぁぁぁぁ~ !!
 取れてもうた~~~!!!!!!!!!!!!!

 撮影中断! 救助にかかる。しかも救助の際、茎も取れた。ピンクよ! 大丈夫か! 逝くな! 逝くなピンクよ!

 手術した。後の写真がこちら。

 撮影再開。

https://eisince2023.com/wp-content/uploads/2023/07/20230705_184101-%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC.mp4

 はじめと同じく一度濡れた水中花は激しい動きを見せぬまま。現場からは以上です。


 以下の写真はしばらく経ってから撮影したもの。水に入れてからの経過が楽しそうで、ここまで追ってしまったのだが、終えてみて水中花は、開ききってからの静かな佇まいこそが美しく、それを落ち着いて鑑賞するのが嗜みと知った。それから、レイアウト大事。ごちゃごちゃしてきたので、入れ替えました。

 術後のピンクも、こんなに綺麗にひらいてくれた。照明を変え、傷が目立たないよう気を遣って撮影した一枚。早くよくなりますように(ならないか)。

 さて。はじめて自身で浮かべてみたので、体験を活かした水中花の句を、改めて作ることにした。水中花に対する印象は、連作に発表した時点から少し変わったように思う。なんというか、淫靡いんび(上原の従前のイメージ)なばかりではないのだなと。水中に浮かぶ水中花は、それは機嫌が良くて幸せそうに見えた。以下の句に反映されているなら、奮闘努力の甲斐もあったというものです。

最中にサイレン過る水中花
音楽のぼんやり聞こえ水中花
紫の水中花には広き部屋
鳥をらぬ天の涼しさ水中花
あと一夜手放し難く水中花
水中花引き上げてよく拭いてやり
水中花もつとも似合ふ夢の中

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