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わかりやすさという底知れなさ【月刊 俳句ゑひ 卯月(4月)号 『無題1』を読む〈前編〉】

 こちらの記事は、月刊 俳句ゑひ 卯月(4月)号の『無題1』(作:若洲至)を、上原温泉が鑑賞したものです。まずは下の本編をご覧ください!

https://eisince2023.com/2023/04/30/haiku-2023-04/

空港の椅子に笠置く春日かな

空港の椅子に笠置く春日かな

 ゑひの読者になってくださる方々にまず共有していただきたいのは、このユニットにおいて俳句の「良心」を担当するのは主に、我が相棒である若洲至のほう、という役割分担のことである。掲句はいわばその入場のファンファーレとして味わって欲しい。

 まず、空港のロビーの椅子に座っていると、横に置いた笠に、大きなガラス窓から春の日差しが差し込んで来るなぁ、というような句意は簡単に伝わるだろう。これから俳句を作ってみようかなという方の参考までに説明を続けると、空港(場所)+椅子(場所の絞り込み)+笠(具体的なモノ)+春日(季語)+かな(詠嘆の切れ字)という構成は、俳句作法の基本が全部入りであり、且つ、五七五の字数にぴったりと合わせた言葉の区切り=句のリズム(くうこうの・いすにかさおく・はるひかな)を初見の体に染み込ませれば、いわゆる俳句の「定型感覚」まで身についてしまう。(お時間許せば舌頭千転してみてください。)
 俳句は、興味を持つことさえできれば、間口が広く垣根の低い文芸で、それは何といっても字数の少なさによるところが大きい。空港の椅子に笠置く春日かな。簡単。実に簡単。日本語がわかる人なら誰にでも作れそう。……そうかな……どうかな?


 掲句のフックは「笠」ということになるし、それがすべてと言ってしまってよいと思う。日本の拠点空港では、笠を見かけることはあまりない気がする。実際、筆者は最近羽田空港に居る機会があったけれどひとつたりとも見かけなかった。地方管理空港、それも南の、離島にある空港などであれば状況は少し違ってくるかもしれない。そんな場所を思い浮かべてみても良いだろう。
 筆者が思い浮かべたのは国外、アジア圏のどこかにある空港だった。「笠」から立ち上がるアジアの匂い、湿度高めで、空港内だから空調管理はされているのだろうが、それでも日本とは違う空気。ではその笠の持ち主は、いったいどんな人物を思えばよいのか……その鍵となるのが季語(春日)。出番である。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「春日」は、歳時記の時候と天文の項目の両方に載っています。

時候
春の日・春日しゅんじつ春日はるひ
春の一日をいう。明るい日差しが感じられる。
天文
春の日・春日はるひ
うららかな明るい春の太陽、あるいはその日差しをいう。

『合本俳句歳時記』第五版 角川書店編

ちなみに、春日を「しゅんじつ」と読ませると、時候の項目としての用い方のみになります。

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 掲句の春日はどちらだろうか。作者に確認したところ「読み手に委ねます」とのことであったので、筆者は空港で過ごす時間的なスパンを考えて、春の一日(時候)ではなく、春の日差し(天文)として読むことにした。
 春の日差しが差し込む季節に、空港でフライトを待っている笠の持ち主。これが夏なら観光客のニュアンスも含むだろうが、バカンスの時期にはまだ少し早い。それで浮かんだのは、笠を日頃から使っているような、高齢の、地元の人だった。空港は一気に国内線のローカルな雰囲気を纏う。仕事かもしれないし、誰かに会いに行く休日なのかもしれない。春の柔らかい日差しのイメージから、穏やかな国民性を読み取ってみたりもした。その人は小柄で、痩身のようにも感じた。

 このように一見、誰にでも作ることができそうな、わかりやすくて優しい作風は、若洲至の持ち味のひとつとしてある。そして自分でも俳句を作り進んでいくとわかってくるのが、「わかりやすさ」は「底が知れない」ということ、それが実はかなりの鍛錬を必要とする作業ということである。笠という地味なモノひとつ、春日という何気ない季語ひとつから立ち上がった光景とそこから想起した情報を示すために、筆者はすでに1000字以上を使って書いているが、この拙文はこの一句に比してはるかに面白くない。俳句の面白さとは、まずはそういうことであり、削って削って削って、たったひとつのモノや動詞を探し当てる、または探しあぐねるその苦しみが……敢えて言う。楽しいです。

月刊 俳句ゑひ 卯月(4月)号 『無題1』を読む〈中編〉はこちらから

https://eisince2023.com/2023/05/20/haiku-2023-04-wakasu-02/

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