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無名のインド人監督が全身全霊をかけて日本映画界に殴り込み! 独学で作り上げた、憎悪と許しがめぐる全編日本語のスリラー・コメディ・ドラマ『復讐のワサビ』が公開!

タイトル写真 『復讐のワサビ』より

取材・文:後藤健児

 インド人監督ヘマント・シンが独学で、さらに全編日本語にて作り上げた日本映画『復讐のワサビ』が公開中だ。インディペンデント製作ながら、うちにこもることなくジャンルの枠を破壊し、ストーリーが進むにつれて世界観を拡大させていく一筋縄ではいかない作品。2月9日、東京・シモキタ - エキマエ - シネマ『K2』での初日上映後、ヘマント監督や主演の小池樹里杏、共演者たちが登壇し、ソールドアウトした客席から大きな拍手で迎えられた。

『復讐のワサビ』ポスタービジュアル

 顔の傷が原因で幼少時からいじめを受け続け、家庭でも貧困に苦しんでいるカノ。成長した彼女は苦役のスパイラルから抜け出すために奮闘するが、母親がトラブルに陥ったことから、より厳しい生き方を余儀なくされる。そして、自身の秘められた”チカラ”を見いだしたカノは、世間に復讐するためについには倫理の境界を越えていく。その行動が周囲を巻き込み、血と暴力の嵐が吹き荒れる壮絶なカオスを生み出してしまう。自らの愛憎と煩悩にのまれていく人間たち。果たして、カノが最後に見つけた答えとは? それは”許し”なのか、それとも……。

孤独と憎しみで魂が壊れる寸前のカノ(演:小池樹里杏)

 監督のヘマント・シンはインドのリアリティ番組に出演したことを機に俳優を目指し、映画の世界へ足を踏み入れる。それから独学で映画づくりを学んでいった。コロナ禍で社会がロックダウン中のあるとき、いじめを受ける子供の動画をネットで目にしたことが本作の脚本執筆へつながるインスピレーションとなった。日本語が不慣れで日本の現場とのコネクションもなかったヘマントは、資金難や相次ぐトラブル(撮影の数日前にヘマントが椎間板ヘルニアを患い、立つのがやっとの状況にも)に見舞われたが、松本悠香プロデューサーをはじめとしたスタッフ、キャストの皆と協力体制を築きつつ、また朝霧と富士宮の人々からのコミュニティサポートも受けることができ、映画を完成させた。

”いじめ”は本作の重要なテーマのひとつだ

 ポスタービジュアルにも引用されているマハトマ・ガンディーの言葉「”目には目を”だけでは、世界は盲目になってしまう」を主題に、いじめと貧困と孤独に苦しむひとりの女性の目を通して、社会の厳しさを描き出す。さぞや世知辛く、暗い物語が続くのだろうと思いきや、主人公のカノが魂を解放して以降、映画に本格的なドライブがかかる。ピカレスク・ロマンの様相を見せ始め、凄惨な暴力描写も盛りだくさん。視点も主人公以外におよんでいき、カノや我々観客の預かり知らぬところで世界は回っていく。それはインディーズ映画が陥りがちな、作り手の独りよがりへの批判精神とも見て取れる。初監督作として、あらゆる描きたいものを詰め込んだと思われ、ストーリーも急転していくものの、”復讐”と”許し”というテーマはブレることなく作品全体を貫いており、観客と物語とのつながりは最後まで途切れずに保たれ続ける。
 ”未知”とは決して、奇をてらうことではなく、暗がりの中でたいまつを片手に探求することだ。ヘマント・シンが独学で完成させた、誰も観たことのない映画『復讐のワサビ』は、そんな当たり前のことに気づかせてくれる作品だ。
 主人公のカノ役に脚本家や監督の顔も持つ小池樹里杏。ヒロ役の野村啓介、ユウタ役の井上雄太、リエ役の河辺ほのかがカノと行動を共にし、彼女に寄り添うキャラクターとして好演。カノを中心としたチームが織り成す連帯感も見どころ。

愚連隊のように練り歩くカノ軍団。(右端の)カノのバキバキな目つきに注目

 この日のチケットは完売となり、満席で迎えた上映初日。終幕後、ヘマント・シン監督、小池樹里杏、野村啓介、井上雄太、河辺ほのかが登壇した。ヘマント監督が真摯な口調で話しだす。「この映画のテーマは”いじめ”です。わたしが脚本を執筆しているときにニュージーランドの少年のいじめに関する映像を見て、夜も眠れないくらい引っかかるものがありました。それをきっかけに、いじめをテーマにした映画を作ることにしました」と着想について語る。続けて、「映画の中ではカノという少女が顔の傷のせいでいじめを受けますが、それが原因で社会からつまはじきにもされてきたし、彼女はそれによって復讐の権化のように変わってしまう」とタイトルにもなっている”復讐”へ言及。「自分がいじめられてきたからといって、復讐という形で社会に憎しみの心を返していいのか、というところを自分は描きたいと思ってこの映画を作りました。英語のことわざで”Hurt people hurt people”(傷ついた人が、人を傷つける)や、”Two wrongs do not make a right”(誤りに誤りを重ねても正しい結果にはならない)とありますが、最終的にはマハトマ・ガンディーの言葉『”目には目を”だけでは、世界は盲目になってしまう』にあるように、”許し”という心が大事です」と結んだ。

貧困家庭などの社会問題も目を背けずに描く

 物語のテーマを背負うカノを演じた小池が当時を思い返す。「プロデューサーの松本さん、ヘマント監督とゼロから一緒に作りました。日本に友人もコネクションも少ない中、日本で映画を作りたいというヘマント監督のために今日まですごく準備をしてきました。お客さまがいま、ヘマント監督のメッセージを聞いて、うなづいてくださっているのを見て……」と途中、涙で声を詰まらせる小池。少しの沈黙のあと、再び口を開く。「……うれしくて、やってよかったなと思い、いまここに立てているので、作ったこと、カノを演じられたことを誇りに思っています」と心情を吐露。それから、自身が演じた役柄へ思いがおよぶ。「いじめを受けてしまって世の中や社会に対して復讐する感情がまさってしまい、彼女は間違えてしまう」とカノの置かれた状況に触れる。演じる上で客観的になってはいけないと考えて役づくりに励んだ結果、「撮影が終わってからもなかなか役が抜けなくて大変でした」とキャラクターへの思いを語った。

ノワール風味を帯びていく展開にも驚かされる

 ヒロ役の野村は「この映画はヘマント監督が頑張って作った自主映画です。現場はスタッフも多くないですし、いろんなところに手が行き届かないところは確かにあったんですけど、皆といろいろ話をしてきたりするうちに、チームワークが強くなっていきました。僕はメインキャストの中では、やくざ役の真柴幸平さんの次に年齢が上だったので、ヒロ役の優しさというか、お父さんみたいな感じが待機してるうちからどんどん育っていきました」と現場の状況が役柄に与えた影響について話した。
 ユウタ役の井上は「覚えているのは、とにかく楽しい現場でした。皆で長く生活しながら、夜遅くまでやって、朝からやって。ここ最近の中では本当にこれほど楽しかったことはなかった」と彼もまた、現場のよさが思い出深かったようだ。
 本作で本格的な演技を経験した河辺は「脚本を読んでもどういうシーンになるんだろう、どういう感じなんだろう、と。そういうわからなかった部分が映画になって実際に感じられました。わたしはこの映画が初めての役のある作品。(オーディションのときに)ヘマント監督が”もうリエだった。そのままでやってほしい”みたいな感じで、声をかけてくれました」と笑顔で語り、その表情は映画の楽しさに目覚めたかのようだった。
 ここで、サプライズゲストの登場。極道者マツモトを演じた真柴幸平が客席から立ち上がり、壇上へ。つい先ほどまで観客を震え上がらせた真柴だったが壇上では、はにかみながら「皆さんあと、十回くらい来てください」と茶目っ気を見せて話し、場内を沸かせた。

フォトセッションにて。(左から)真柴幸平、野村啓介、ヘマント・シン監督、小池樹里杏、井上雄太、河辺ほのか

 最後に小池があらためて思いを語る。「わたしは脚本や監督、女優をしながら普段は活動しているのですが、この作品は初めて映画を通して本物の仲間ができました。ヘマント監督には恥ずかしくて言えないんですけど、そう思っています。本当に観てくださってありがとうございます。夢を諦めないで、絶対に叶うから、というメッセージもわたしの中でカノに託しています」と晴れやかな表情で観客に気持ちを伝えた。

小池の思いが託されたカノの物語、その果てに待つものとは?

 本作はシモキタ - エキマエ - シネマ『K2』にて元々2週間の上映予定だったが、3週目の延長決定がこの場で告げられた。さらに大阪のシアターセブン、名古屋のシネマスコーレと拡大公開されていくこともアナウンスされ、観客は拍手で映画の門出を祝福した。
『復讐のワサビ』は2月9日より、シモキタ - エキマエ - シネマ『K2』他、全国公開中。
【本文敬称略】©2024 Hema Films

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