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映画舞台挨拶ルポ 娘を失った母の凶暴な愛の物語。田中聡監督『うまれる』が公開。いじめと復讐を扱う重いテーマに「目を逸らさないで」と主演の安藤瞳が強く語った

タイトル写真『うまれる』より

”質問です。あなたの子供がいじめで殺されたら復讐しますか?”
 これは33分の短編映画『うまれる』のキャッチコピーだ。ポスタービジュアルは、顔面に血を浴び、うつろな表情をした女性のアップ。強烈な印象を残すキャッチコピーとポスターの本作を手掛けたのは、CMディレクターとして数々の受賞歴を誇り、『小指ラプソディ』などの短編映画も精力的に発表している田中聡監督。『うまれる』は国内外の映画祭を席巻し、6月23日より一般公開が開始された。皮切りとなる東京・テアトル新宿での初日、上映後の舞台挨拶に、田中監督、主演の安藤瞳、共演の渋谷はるかが登壇。いじめ問題を扱う深刻なテーマに臨んだ覚悟を語った。

『うまれる』ポスタービジュアル 

 理髪店を経営し、女手一つで小学五年生の娘を育てる、シングルマザーの安川良子。娘の裕美は天然パーマの髪型をクラスメイトから嘲笑され、いじめを受けていた。ある日、裕美が近所の崖からの転落により死亡している状態で見つかる。娘がいじめられていたことを知る良子は、事故とされたその死に疑問を抱き、いじめが原因であることを訴えるが誰にも聞き入れられない。だが、ふとしたきっかけから、死の真相を知ることになる良子。そして、彼女は感情の赴くままに駆けだした……。 本作を覆うのは、主人公・良子の”痛み”である。胸が張り裂けんばかりの思いがスクリーンに常に亀裂を走らせ、その痛みが他者に牙を向こうとしたときの暴力性は目を覆いたくなるほど。北野武監督『その男、凶暴につき』を初めて観たときに皆が感じたであろう、鮮烈な凶暴がここにある。
 メインキャラクターは、娘を失った母親と、いじめをしていたとされるクラスメイトの母親6人。7人の女たちが放課後の教室に集まり、死亡した少女の死の真相について激しく言い争い、感情をぶつけ合う。怒号が飛び交い、憎悪で満たされていく教室。血液が煮えたぎるような凄まじい熱量の高さに圧倒される。彼女たちを演じるのは、歴史ある新劇5劇団(青年座、文学座、俳優座、演劇集団円、テアトル・エコー)に所属する同世代の女優7人による演劇ユニット「On7(オンナナ)」のメンバー、安藤瞳、保亜美、渋谷はるか、小暮智美、吉田久美、尾身美詞、宮山知衣だ。自らが舞台を企画、制作し、出演している。また、舞台の他にも映像作品への出演や外国映画、ドラマの日本語吹替などでも活躍しており、この日に登壇した安藤瞳は『アリス・イン・ワンダーランド』のアリス役、渋谷はるかは『ローグ・ワン/スターウォーズ・ストーリー』の主人公ジン・アーソ役で、その声を覚えている人も多いだろう。

フォトセッションの様子。(左から)渋谷はるか、安藤瞳、田中聡監督

『うまれる』が制作されるに至った発端は彼女たちによるものだった。この日が人生初の映画の舞台挨拶だったという渋谷が、本作の制作経緯について話しだす。「コロナ禍で舞台が中止になっていた時期に、お祭りみたいな元気が出る企画をやりたいねと。誰かがコロナになっちゃうと舞台が中止になってしまうので、短編の作品を何編か作れば、どちらかで感染者が出ても、互いを補い合える。さらに映画もやれたら、お祭り感が出るんじゃないか」とコロナ禍における厳しい演劇事情が始まりだったことを明かす。
 田中との出会いについて、渋谷がバウムちゃんねる映画祭(バウムアンドクーヘン所属俳優のプロモーション映像という主旨の下、制作された短編作品群の映画祭)で観た、田中の短編『あの娘の神様』がきっかけだったという。これは新興宗教を扱ったブラックユーモアあふれる13分の短編。「そういうコメディみたいな、女優7人がわちゃわちゃするコメディを作っていただけませんか、と監督にアタックして」と振り返るも、「そこから、作品のコンセプトがだいぶ……」と苦笑い。
 田中は「普段、僕はCMディレクターをやってまして、面白おかしいものが多かった。自主制作で作っていた短編映画もCMの延長線上で、コメディみたいなものでした。それを観ていただいて、コメディをお願いされたら、こんなものが(笑)」と彼もまた苦笑しつつ、「ゴリっとしたものをやりたかった」とコメント。ちなみに、舞台のフェスでは、『うまれる』が始めに上映され、そのあとにメンバーたちのコミカルな舞台が上演される構成だったため、あまりに暗い『うまれる』の上映後に、ミュージカルコメディの芝居が始まったことで、観客たちは相当に困惑していたという。

娘を失い、憔悴しきった良子(演:安藤瞳)
良子と対峙する母親たちのひとり・花枝(演:渋谷はるか)

 物語の主題は、子供たちのいじめ問題と、それに向き合う母親たちの葛藤だ。田中は「その当時、いじめの事件がすごい多くて。いじめで殺されたとかいうニュースを見たときに、この子の親はどんな気持ちなんだろうと。僕も人の親なので。ちょうど、女性7人だったから、お母さんというのを演じていただけるんじゃないか」と女性たちによる演劇ユニットだからこそ描けるテーマだと思ったことを述懐。

子供たちのいじめが、大人も巻き込む悲劇の連鎖を生んでいく
もう訪れることのない、娘・裕美との日常

 キャスティングについて。誰が、どの子供の親を演じるか決まる前、親たちの会議のシーンを、即興で監督に見せてみようということになったそうだ。その際、役をクジで決めることになり、マルが付いた主人公の安川を引いたのが安藤だった。田中はそれを運命的だと言う。「初めて見たものがすごい印象的で。そのあと、役を変えてやってみたけど、最初に見た印象を持ち込みたかった」と語る。安藤が演じる良子は、一部の回想シーンを除いてほぼすべてのシーンで、悲しみと怒りと狂気に支配された状態で登場する。相手が子供であろうと容赦のない凶暴さで問い詰め、娘の死の真相を追究するその姿は、まるで韓国映画の復讐ノワールものを見ているかのようだ(パンフレットに収録されたオンライン座談会で、田中は『親切なクムジャさん』のようなものをやりたかったことが明かされていた)。
 しかし、現場では、問い詰められる子供たちを演じた子役の方が一枚上手だったようで、安藤が当時のことを振り返る。「読み合わせをしたあと、(子供たちから)いまの5倍から10倍、怖くしてください。でないと泣けないんで」と言われたそう。安藤は「すいません! 一生懸命やらせていただきます!」と子供たちに恐縮しきりだったという。田中は「テアトルアカデミーの子供たち、すごいですね(笑)」と笑いを交えながらも子役を称賛した。

安藤と子役たちの迫真の演技により、緊迫のシーンに仕上がった

 国内外の映画祭で軒並み高評価を受け、13冠の快挙を成し遂げているが、田中は当初、「凄惨な内容だし、映画祭向きじゃないのかな」と感じていたとのこと。だが、そんな田中の方向性が間違ってはいないと訴えたのは、自身もショック描写で世界を戦慄させた、あの映画監督だった。「山形の映画祭(山形国際ムービーフェスティバル2021)に出したとき、観客賞・審査委員特別賞をもらったんです。その日の打ち上げで、清水崇さんが”よかった”と言ってくださった」という。実は、映画祭側では、『うまれる』を上映することについての議論があったそうだが、清水から「こういうのを流さないで、自主映画の映画祭と言えるのか」と強い推薦があったのだとか。そして、山形での受賞後、他の映画祭でも快進撃を続けた。
 本作は、いわゆる”ホラー”のジャンルには当てはまらないものの、第4回広島こわい映画祭でグランプリを受賞するなど、恐怖映画に見られる演出が随所に現れている。子供たちの無邪気な悪意には、実際に起こった事件をもとにした、内藤瑛亮監督『先生を流産させる会』を彷彿とさせる。『先生を流産させる会』では、良心的存在として登場する教師の葛藤が描かれたが、『うまれる』にそのような教職者は出てこない。ここにも田中の気持ちが込められている。渋谷は、劇中で教師が、学校内における責任者としてあるまじき行為をする場面について「分かるっていうか……でも、先生! みたいな」と特に印象的なシーンだったと語った。田中にとって、そこだけは描きたかったシーンだった。いじめ問題には、直接の加害者だけではなく、学校側の対応にも酷いものがあると憤りを見せながら、「こういうのを観ることで、もっと子供のことをケアして、見ていかないといけない、そうなるといいな」と願った。

映画は、子供ゆえの残酷さを冷徹に描き出す

 また、スタッフロールの中で注目したいのが、アクション監督としてクレジットされているハヤテだ。ハヤテ(真青ハヤテやHAYATE表記も)は、古式剛柔流空手の免許皆伝を取得し、パルクールも習得したその身体能力を駆使し、アクションのコーディネーターとして様々な映像作品や舞台に携わり、『KARATE KILL/カラテ・キル』への主演など俳優としても活躍。自身の企画・脚本・監督のヒーロー映画『ファーストミッション』では、多人数が入り乱れる複雑なアクションシークエンスを長回しのワンカットで見せきり、観客を驚愕させた。
『うまれる』の後半、ハヤテの指導によるアクション演出に「On7(オンナナ)」のメンバーたちは果敢に挑戦。阿鼻叫喚の壮絶なクライマックスシーンを完成させた。

咆哮する良子。血まみれの彼女が見つけた答えとは?

 舞台挨拶もそろそろ終盤。田中が”復讐”について語る。「復讐するかどうかは、個人でいろいろあると思うんですけど。法律では絶対やっちゃいけないんですが、やりたい人はいるだろうなということはあるし。怒りってちょっとしか持続しなくて、それが過ぎていくと段々、許す方向にいく機能が人間には備わっているらしいし。やっぱり、復讐っていうのはどうなんでしょう、難しい話です。自分がやってみないと分からないですよね」と映画を作り終えたいまでも、悩み続ける田中。簡単に答えを出せないテーマの重さをあらためて感じているようだった。
 渋谷は「もう二度、三度と観ていただけたりするのならば、最後まで観てからもう一度、最初の母と娘の顔を見てほしい」と本作がまさしく”顔”の映画であることを伝えた。
 安藤は「すごく、やるにあたって勇気が要った作品。役づくりをするのに時間がかかったし、悩みました」とプレッシャーがあったことを明かす。続けて、「賛否両論、本当にある作品だと思っています。皆さんにどういうエネルギーがこの映画から伝わってるんだろうなっていうのを、心配しながらも、重いテーマではあるんですけど、子供だけではなく、大人にもいじめは存在し続けてますし。人間のすごい嫌な部分も見たり、それを復讐する人の気持ちも醜くあったり、美しくあったり……それは皆さんによって違うと思いますが、是非、目を逸らさないで、観ていただいて自分の心に出た感情がどんなものかと感じてみるのも、この映画の面白さじゃないかと思っています」と真摯に語った。
 最後に田中は「宣伝、広告費もかけられず、普段はCMディレクターをやってるのに、CMをかけることもできません」と厳しい状況下で作られた作品であることを吐露。そして、「賛否両論あっていいと思うんです」と言いつつ、「SNSやツイッター、フィルマークスとか、皆様のつぶやきから、この映画がたくさんの人に観てもらえるようになったらいいな」と観客の力で作品が広がっていくことに願いを込めた。【本文敬称略】
©2021 On7
『うまれる』は、東京・テアトル新宿で上映中。ほか全国順次公開。
(取材・文:後藤健児)

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