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2023年・東京国際映画祭レポート 終戦直後の闇市周辺で生きる人々を描く、塚本晋也監督の最新作『ほかげ』が第36回東京国際映画祭でアジアン・プレミア。「祈りの映画です」と塚本が願いを込めた。

タイトル写真:フォトセッションにて。(左から)塚本晋也監督、塚尾桜雅、河野宏紀

 10月23日より開催されている第36回東京国際映画祭のガラ・セレクション部門で、塚本晋也監督の『ほかげ』がアジアン・プレミアとして上映された。10月25日、TOHOシネマズ日比谷での上映回後、出演者の塚尾桜雅と河野宏紀、監督・脚本・撮影・編集・製作を務めた塚本が登壇。舞台挨拶と共に、観客からの質疑に応じた。
 2014年の『野火』で第二次世界大戦の激戦地フィリピン・レイテ島の地獄のジャングルを舞台にし、2019年の『斬、』では、迫りくる巨大な暴力の不穏さに包まれる江戸末期を描いた塚本。最新作『ほかげ』が描くのは、民衆の目から見た戦争。終戦直後の闇市と、その周辺に住む人々が戦争の傷にもがき、苦しみながら、毎日を懸命に生きていく。
 本作は、日本に先立って上映された、第80回ヴェネチア映画祭(オリゾンティ・コンペティション部門に出品)で最優秀アジア映画賞となるNETPAC賞を日本人監督として初受賞。第48回トロント国際映画祭のセンターピース部門にも正式出品された。筆者は東京国際映画祭でのプレスら関係者向け上映回で拝見させていただいたが、場内はほぼ満席となり、海外プレスも多く見られた。また、上映後には拍手も起き、いかに塚本映画が世界から注目されているのかを実感した。

『ほかげ』ポスタービジュアル

 空襲で家族を失った子供の目を通し、体を売りながら半焼けの居酒屋をひとりで営む女や、心に深い傷を負った復員兵の青年ら戦争を生き延びた者たちの、新たな魂の争いが描かれる。孤独な者たちを迎え入れる居酒屋の女に趣里、外地から帰還した復員兵を河野宏紀、素性の知れない謎の男を森山未來が、ときに爆発的な感情を見せる姿も含めて自然体で演じた。そして、彼や彼女の魂に触れていく、天涯孤独の少年役に、『ラーゲリより愛を込めて』で映画に初出演し、NHK大河ドラマ『青天を衝け』で渋沢栄一の孫、敬三の子供時代を演じた塚尾桜雅。死んだ目をした大人たちとは対照的な、その力強いまなざしは『はだしのゲン』のゲンを思わせるバイタリティにあふれていた。
 また、利重剛と大森立嗣が、趣里たちとは上の世代の人間として登場し、作品世界に別の視座を与えている。

過酷な戦後を生きる孤児の少年(演:塚尾桜雅)

 『野火』や『斬、』ともつながりを感じさせるテーマを持つ本作が生まれた経緯について、塚本は『野火』を製作した当時からのここ10年間を振り返り、「世界全体がキナ臭く、その中で日本も非常にキナ臭くなっている」と強い危機感を感じたという。「いま作らなきゃと思い『野火』を作り、江戸時代の終わりがいまと似ている気がして『斬、』を作った」と、以前から考えていた企画だったそれらを、キナ臭い時代となったいまだからこそ映画化せずにはいられなかったと説明。続けて、「『野火』で戦場の恐ろしさを描いたんですけど、そのあとの人たちがどのように戦争に影響を受けるのかをどうしても描かなければと思いました」と戦後に生きる人々にフォーカスしたかったと話した。
 塚本には闇市に対する思い入れがあるようで、その原風景は幼少時に渋谷で見た、傷痍軍人と路上で売られているガラクタの光景だったという。「これがいま思えば闇市の名残だと思うんです。その深い原初的なイメージに耳を澄まし、この映画を作りました」とかつて見た、その風景を思い出すように語った。

細部にまでこだわり抜いた闇市の描写にも注目

 誰にも守ってもらえない戦争孤児として、暴力に晒されながらも毎日を生き抜こうとする少年を演じた塚尾。「塚本監督やスタッフ、キャストの皆さんが大好きす」と感謝の言葉を述べた塚尾は、昨夏の撮影当時を振り返り、暑い夏の日に皆でアイスを食べたことが楽しい思い出だったことを笑顔で話し、場内を和ませた。
 塚本が、撮影現場での塚尾に感嘆したエピソードを明かす。塚尾は自らが考えた二つの演技プランを提示し、どちらでいくべきかを相談してきたそうで、その姿勢を「現場に自覚をもって来てくれる」と称賛した。また、「このようなシチュエーションの映画ではあるんですけど、いつも明るくしてくれて、それが救いでした」と塚尾の愛すべき人柄にも触れた。
 復員兵を演じた河野は、塚本に対して「わんぱくな映画を撮られているなという印象があった」と語り、作風のイメージからか塚本と会うのが怖かったそうだが、「実際にお会いしたらすごく優しい、あたたかい方で、この現場に入る前に無茶な減量をしたときも気遣ってくださった」とこの場でもあらためて塚本に感謝していた。
 河野は自身の初監督作『J005311』が第44回ぴあフィルムフェスティバルでグランプリを受賞(同作はカナザワ映画祭2022で、出演者の野村一瑛が「期待の新人俳優賞」を受賞)。監督の立場でもある河野は塚本演出について、「映画監督としても今後、チャレンジしていきたいという思いがあるので、現場で学べるものがあるんではないかと思ってたんですけど、そんな余裕もなくて」とコメント。しかし、それでも演出家としての目は塚本組の本質を捉えていた。「照明ひとつにしても、ものすごく時間をかけてからシーンを撮る印象が常々あって」と細部へのこだわりを見逃さない。「そういうこだわりがすばらしい映画を生み出し続けられる理由のひとつなんだなと勝手に思いました」と結果として、演出家としても学びがあったであろうことが、河野の言葉から感じ取れた。
 500人以上の応募者の中から河野を選んだ塚本はその理由を、「お芝居に嘘を感じない。非常に自然で、役に挑む姿勢のまっすぐな感じ、あとは佇まい。それらが抜群にすばらしかった」と明かした。
 舞台挨拶の後半では、映画を観終わったばかりの観客から質問が投げかけられた。キャストが劇中で見せる”目ヂカラ”が印象に残ったという観客は、”目”に関する特段の演出はあったのかと問う。役者の自然さを重視する塚本は、自分の演出というより「俳優の皆さんの力」だったと答える。加えて、「あえて言うと、シーンをぶつ切りにしないで、そこで起こる俳優さんの自然な力が宿ってくるような撮り方をしています」と自身の演出術を解説しつつ、いかに俳優の力を信頼しているのかを丁寧に語った。
 舞台挨拶の最後に塚本は、本作を「祈りの映画です」と言い表す。そして、この日のアジアン・プレミアに集った観客たちへ感謝を伝え、来月から始まる一般公開にも多くの人々が集まることに期待を寄せた。

  第36回東京国際映画祭は10月23日から11月1日まで開催。
 ※塚本晋也の「塚」は旧字体が正式表記。

『ほかげ』
11月25日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
配給:新日本映画社
©2023 SHINYA  TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER
【本文敬称略】(取材・文:後藤健児)

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