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REVIEW 「MOOSIC LAB 2023」で唐田えりか主演『朝がくるとむなしくなる』が先行上映。石橋夕帆監督が静かな映画に込めた強い思いを語った


『朝がくるとむなしくなる』主人公の希(演:唐田えりか)と、同僚のコンビニ店員・彩乃(演:安倍乙)

 音楽と映画の祭典「MOOSIC LAB 2023」が東京・K's cinemaで開催中だ。本映画祭のMOOSIC EYE(特別招待作品)として、唐田えりか主演の『朝がくるとむなしくなる』が、2023年の劇場公開を前に先行上映された。12月6日の上映後、監督・脚本を務めた石橋夕帆が舞台挨拶に登壇した。

主人公の希(演:唐田えりか)

 『朝がくるとむなしくなる』は、ある一人の女性・希の物語。会社を辞め、コンビニでアルバイトをしながら独りで暮らす彼女は、静かだが心穏やかとは言えない日々を送っていた。ある日、中学時代の友人・加奈子と再会したことから、その日常に変化が生じていく。
 コンビニのバイト風景、自宅でインスタント麺をすする姿、友人とたわいのない会話を楽しむ様子、そのどれもが何気ない日常のようでいて、それでも希は常に”心ここにあらず”の状態だ。そして、ある瞬間、希が動く。そのアクションがもたらすカタルシスは、ベルギーの映画監督シャンタル・アケルマンが1975年に発表した『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(英国映画協会が10年おきに発表している企画「史上最高の映画100」の2022年最新版にて第1位)を思わせる。石橋夕帆がSNS上で「表面上静かに、でも内側ではすごく何かが起きているのが大好き」と発言していたとおり、映画は一見、何も起きないようで、だが常に何かが脈動し、時折に小さな衝動として弾ける。劇的なものを巧みに回避しているように見えても、観客は唐田たち登場人物の表情の微細な変化を感じ取り、静かにうねる物語に引き込まれていく。新しい”日常系映画”だ。

希の中学時代のクラスメイト・加奈子(演:芋生悠)

 石橋夕帆は、2012年にNCW(ニュー・シネマ・ワークショップ)クリエイターアドバンスコース脚本選考会に選出され、『フレッケリは浮く。』を監督。2015年には、『ぼくらのさいご』が田辺・弁慶映画祭でコンペティション部門の映画.com賞を受賞。「MOOSIC LAB 2018」長編部門作品として、自身初の長編監督作『左様なら』(原作:ごめん)を発表。同作は第14回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門に入選し、全国20館以上で公開される。その後、初の舞台演出作『川澄くんの恋人』を手掛け、テレビ東京の連続ドラマ『北欧こじらせ日記』を全話監督するなど、幅広いフィールドで活躍中だ。
 そして、長編二作目となる『朝がくるとむなしくなる』では、自身のオリジナルストーリーで、物言わぬ孤独な主人公の心の機微を繊細に描いた。唐田えりかが主役を演じ、『左様なら』で主演を務めた芋生悠が主人公を導く友人役で出演。二人の息のあったバディ感も見所の一つだ。また、安倍乙、石橋和磨が主人公に引き寄せられる同僚役を好演し、フレッシュな魅力を放った。

舞台挨拶に登壇した、監督の石橋夕帆

 上映後、舞台に上がった石橋は、自身の新作を受け取ったばかりの観客を前にして「今日、世に出すのが初めてで」と照れくさそうに笑う。それから、制作経緯を話しだした。「ちょうど1年くらい前に撮影しました。AFF(文化庁による、コロナ禍を乗り越えるための文化芸術活動の充実支援事業「ARTS for the future!」)の補助金を活用して映画を作ろうという企画が、制作会社のIppoさんと唐田さんの事務所のフラームさんで持ち上がっていて、”監督をやりませんか?”と声をかけていただきました。フラームさん側からのキャスティングで何人か提案があった中で、唐田さんとご一緒してみたいなと思いました」と明かした。
 企画内容は自由と言われていたという石橋は「唐田さんとやるならどういう企画にしようかなと考えたときに、包み隠さず言うと、いろいろ報道のイメージとかが世の中的にはあると思うんですけど」と唐田をめぐる報道による世間の印象に言及しつつ、「ただ、『左様なら』を撮る前くらいの時期に、主演の芋生悠さんから、唐田さんと友達だというのを報道以前に聞いていて。私の中では”芋生さんの友達の人”というイメージだった」と語る。続けて、「芋生さんとの関係値的なところをベースに、やっぱり唐田さんが置かれた状況を私の中では無視できなかった。そういったところも企画に絡めて作った物語になります」と一連の騒動に対する自身の思いも組み込んで、物語を作り上げていったことを真摯に説明した。
 音楽と映画の祭典「MOOSIC LAB」であるからには音楽の話題も欠かせない。本作の主題歌は、関西を拠点に活動する4人組ニュースクール・ポップバンド「ステエションズ」による書き下ろしだという。劇判も、ギターとボーカル担当のCHANをメインに作られたそうで、石橋が「透き通った感じ」とコメントしたとおり、唐田演じる主人公の消え入りそうな佇まいと、劇中で印象深く映し出される川を感じさせる、透明感のある曲が作品を包み込んでいた。
 最後に、映画に込めた思いが、あらためて観客に伝えられる。「長編一作目の『左様なら』では芋生さんに主演を務めていただいて、今回が二作目。『左様なら』をご覧いただいた方なら、感じ取っていただけるものがあるかなと思うんですけど、私、基本”外野うるせー”精神がすごいみたいで(笑) 自分の出来事じゃないのに周りがとやかく言ったり、誰かを傷つけたりするということにすごい違和感を感じながら生きているので。そんなことで人って傷ついたりするけど、それでも許されたいし、ちょっとでもいい自分になりたいし、ちょっとでもいい明日が来てほしい。そう思いながら人は生きてるんだろうなって思いながら作った物語。もし何か感じ取っていただけるものがあれば、嬉しいです。本日はありがとうございました」と来場した観客へ感謝の言葉を述べた。【本文敬称略】

 『朝がくるとむなしくなる』は2023年、劇場公開予定。
(取材・文:後藤健児)

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