欠落した心。

「あなたには、心の中の決定的なものが欠落していて、その不完全さが、あなたと周りの人間を不幸にしている」

「なんだって?私の何が欠落していると言うんだ?」

「それはあなたの・・・・」

それから先の言葉が、どうしても思い出せないでいる。

その彼女が指摘する私の欠落した部分は、あまりにも的確すぎて、自分だけの封印された悩みごとが、まるで安いコピー紙に大量に印刷されたみたいに、みんなに知れ渡っていて、そして、私だけがその事実を知らないでいて・・・そんな虚しさが漂っていた。

彼女に対して、殺意の気持を少しでも抱いたこの自分が恐ろしかった。よく見ると、手が小刻みに震えている。足も同調するかのように震え出す。でも、どういうわけか、うまく体が動かない。

どうしよう・・・どうしよう・・・
私という人間のすべてがダメになってしまった。
明日から、どうしたらいいんだろう?
どうしよう・・・どうしよう・・・

だんだん記憶が曖昧になってきた。それから私はどうしたんだろう?見知らぬ彼女は、小さく笑みを浮かべている。薄く淡い口紅が、また何かを言い出そうとしている。時計が時限爆弾のように、不安に時を刻んでいる。なぜかそこには、もう誰の影も見つけられないでいた。でも、私は何かを言わなければならないでいる。

どうしよう・・・どうしよう・・・もうあまり時間がない。
未知の恐怖に、心が張り裂けてしまいそうだ。

どうしよう・・・・・・
どうしよう・・・・
どうしよう・・

やがてすべてが真っ白になった。
とても静かな朝が目の前に広がっていた。

それが夢とわかるまで、随分と時間がかかったような気がする。何かの拍子に、夢と現実の境目が消えてなくなってしまったみたいだった。果して今は夢なのか?それとも現実なのか?それさえ、自信が持てないでいた。

金縛りにあっていたような感覚が残っていた。その恐怖が、あんな夢を私に見させていたのだろうか?それにしても不思議なのは、確かに夢の中の見知らぬ彼女は私に決定的なダメージを与える言葉を言ったはずなのに、私はどうしても、それが思い出せないでいる。

あまりにひどく残酷すぎて、脳が慌ててデリートしたみたいだ。かすかに分かってきたことは、夢に出てきたあの彼女はかつて私に苦情を言ったお客さんだったような気がすること。

何てことだ。
夢の中まで、仕事でのことで私を悩ませるとは。

私は一体どうしたというのか?
心は何に怯え、そして何から逃げて
いるのだろうか・・・。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一