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あの頃の笑顔と不良品と。

あの頃、なぜかその人が買うと、不良品になってしまうというとてもやっかいなお客様がいらっしゃった。私が電器売場の店員だった頃のことだ。

別にそれは意図的なものではなくて、どういうわけか、いつも、そうなってしまうものだから、最初の頃は不思議でならなかった。

これはもう昔のこと、そのお客さんが随分と久しぶりに店に来られたときのことだ。(30代後半くらいの女性のお客様だったと思う。その頃はお互いに顔見知りになっていた。)

「こんにちは、いらっしゃいませ」と私は明るい笑顔で挨拶をした。ほんの少しだけ驚いてはいたけれど、笑顔のないそっけない態度は、あの頃とまったく変わらなくて、やっぱりさりげない挨拶にすればよかったと、ほんの少しだけ後悔をした。

そんな中、あの頃のいろんな出来事を私は思い出していた。

あるとき、電球を5個まとめて買って下さったのだけど、そのうちの3個が不良品だったとクレームを申し出られた。普通、電球の不良品なんてめったにないことなのに・・・と思いつつ店のテスターで調べてみたら、ちゃんと点いて問題はなかった。

どうみても不良品とは思えなかったのだけど、そのお客さんは「絶対に不良品だ!」と信じて疑う余地はなかった。

ワケもわからず、ほとんど仕方ないような状態で丁重にお詫びして交換したのだけど、お客様が帰られてから、もう1度念の為にとテストしてみたら、やっぱりちゃんと点いている。「ハテナ?」と悩んでいると、またさっきのお客さんから電話があった。

「また、切れてるわよ!どうなってるの!」

そろそろ”蛍光器具のほうが悪いんじゃないか?”と自分で疑ってもよさそうなものなのに、そういう発想はなかったようだ。結局のところ、蛍光器具が古すぎて、本体そのものの故障だったのだ。

それ以外にも、扇風機もミキサーも炊飯ジャーも、またまたテレビ、ビデオに至るまで、不良品騒動はずっと続いた。

そのお客さんの申し出る不良品度の確率は買われた商品に対して(私の記憶にあるところでは)ほぼ50%と言ったところだったか。実際に不良品だったのはたぶん、ほんの数パーセントだったと思う。(今思えば、それでもこんなに買って下さっていたのがとても不思議だ。)

そのほとんどが間違った使用方法だったり、もともとリモコンは付いていないのに”リモコンが入ってない!”と言うものであったり、「動かなくなった!」って言われるから「電池を調べましょう」と言ったところ、その電池そのものが入ってなかった・・・なんてことは、まぁいいとして、説明書を無視した強引とも言える感覚的なその扱い方は、個人的には好きだけど、店員としては頭を悩ませる一方だった。

まぁ、あの頃のそんなことを思い出しながらも、久しぶりに私はその方の接客をした。そしてヘッドホンステレオを買って下さった。

「一応、テストしましょうか?」と、あの頃みたいに、つい、私は言ったのだけれども、それは嫌味でもなんでもなくて、でも、そのお客さんにしてみれば、あの頃、不良品度50%の頃を、そのまま思い出させてしまったのかもしれない。

「え?」と言いかけたような表情に、やはり、私の言い方がまずかったか?と一瞬とてもあせってしまった。しかし、そのお客さんは、私にこうゆっくりと話してくれたのだった。

「あの時は、ごめんなさいね。結局、壊れてもいないのに、いろいろと苦情を言ってしまって・・・」

あの頃から、随分と時間が過ぎていたけれど、人はこうも変わるものなのだろうか?

最初に買った家電製品が、たまたま不良品だったショックが大きくて、つい、ちょっとした点が気になって、店に苦情を言ってしまって・・・と私にはじめてそんなことを、打ち明けて下さったのだった。

「いえいえ、私どももお客様に、納得して買っていただきたいですから、ちょっとでもおかしかったら、どんどん言ってくださいね」と照れるほどの優等生的なそのセリフは、ただ、単純にうれしかったからだ。

その人の笑顔をはじめて見た。どんな幸せがその人に、あの笑顔を与えたのだろう。その笑顔が、こうして私にもその幸せを、両手で手渡すように与えてくれる。たったひとつの幸せは、きっと千の幸せに続くのだ。

その日の夕方、一本の電話が鳴った。
あのお客様からだった。

「あのぅ、今日買ったヘッドホンステレオが・・・そのう・・・うまく動かないんですけど・・・」

あのとき、電話で苦笑いしながらも、それでも懸命に対応する私がいるのだった。(結局、故障ではなくて一時停止ボタンがオンになったままだった。)

昔のこと、なぜかその人が買うと、不良品になってしまうというとてもやっかいなお客様がいらっしゃった。

それでも、こんなふうに思い出として、今も心に忘れない、あの頃の大切なお客様だ。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一