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ヒトハ、コワイ。

これは、昔、書いたクレーム日記。あの頃、こんなふうにして私の心は壊れていった。それでも今は、懐かしくて、あの頃の私にいろいろと言いたくなります。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

大きなクレームを抱えていた。誠心誠意、その人のために私は尽くしていた。何度も電話をした。何度もお詫びをした。時には深刻になって、時には理解しあって。そのために私はどれだけの時間をかけたのだろう。

その人も私の対応に喜んでくださっていた。私もうれしかった。これで解決したと思っていた。でも、結局うまく行かなかった。どうやらそれが原因ではなかったようだ。人生とは結局こんなものだろう。

その人から電話があった。はじめから怒鳴っていた。さっきまで売場では、あんなににこやかだったのだ。それで解決したと思っていた私は、その電話の人が、さっきと同じ人だなんて信じたくなかった。

そして、その人は私にこう言った。

「お前なんか、生きてるだけで吐き気がする!ボケ!タコ!お前は虫けら以下だ!すぐ壊れるような商品を売るな!このボケが!責任を取れ!アホ!」

この人は二重人格だ・・・と思った。いや、思いたかった。どうやら私は、生きる価値のない虫けら以下になったらしい。というか、ずっと知らなかったけど、私はすでに虫けら以下になっていたようだ。これがさっきと同一人物だなんて信じたくなかった。だって、さっきまでお互いに笑ってさえいたんだ。

哀しかった、ただ、哀しかった。もう涙も出ないほど。お客とか店員とか、そういうつまらないもの以前に人間として。「お前は死んでしまえ!」とその人が言ったとき、私はそのままその言葉を繰返した。

「オマエハシンデシマエ?」

何だろう?この言葉は?意味を無くした言葉の音が響く。私の言葉は疑問形で答えていた。疑問形だったのだ。だって、私にはわからなかったから。生きてることとかそんなこと。その私の疑問形に、その人は数学を解くように答えるわけもなく、さらにその罵声とひどい言葉が増えるばかりだった。

心が瞬時に氷になって、パラパラと崩れてゆく。
人はこうして簡単に壊れるのものなのか。

接客で、こんなことがある度に、私は自分の殻に閉じこもる。誰にも会いたくないし誰とも喋りたくもない。だから、こうして日記を書く。私から言葉があふれて仕方ないから。

普通、こんなクレーム日記は誰も書かない。私はきっと、どこかおかしい。どこか狂っているのかな?どうしようもない? そう、どうしようもないほど。名も知らぬ誰かにこの想いを押しつけてる。キーを叩く乾いた音だけが、私の耳に響いている。

ヒトハコワイ・・・ヒトハコワイ・・・・ヒトハコワイ・・・・その音さえ、そんなふうに聞こえてくる。

結局未解決のまま、このクレームは私から消えてなくなってはくれない。どこまで私は戦うんだろう?どこまで私は戦えるんだろう?相手は最新鋭の兵器を持ち、私はその素手のままで、棒を持った猿のよう。

負けると分かっていながら、私はどうして相手に向って走るのだろう?接客ってなんだろう?店員とお客と、何が違うんだろう?死ねとか、ボケとか言う人に、私はどうして敬語を使っているんだろう?

なんで笑ってるんだろう・・・。

店員はクレームのお客を前にした時、どうして普通の人間になれなくて、なぜ、自分の言葉が言えないんだろう。深い海の底で眠っていたい。目を閉じて、耳をふさいで、胎児のようにまるくなって・・・。

私の殻・・・私の殻。

いつか私は貝殻になって
海の底に沈みたい。
誰の声も届かない
誰の顔も見えないくらいに。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

今の私からあの頃の私へ。

くよくよしてんじゃねぇーよ!
顔をあげろ!涙を拭け!前を見ろ!
それでもお前は走りながら
誰かの助けを借りながらも
そのクレームを解決したんだよ!!

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一