シンちゃんは小人がいると僕に言った。

シンちゃんは、ビー玉の中に、小人がいると僕に言った。

小学3年生くらいだった私は、簡単にそれを信じていた。もちろんシンちゃんは、それ以上にそれが当たり前と思っていたし、当然、その青いビー玉は、シンちゃんの一番の宝物だった。

だからシンちゃんは、小人が見えるといいながらも、僕には1度も見せてはくれなかった。僕が何度お願いしても、シンちゃんは「見せるもんか!」とひどく怒るばかりで、そのたびに僕は悲しくて、ひとりぼっちになったような気がした。

夕暮れの帰り道、シンちゃんの家の近くにはススキがたくさん生えていた。オレンジ色の太陽がまぶしくて、僕はシャツで涙を拭きながら、そのススキの輝きを不思議な気持ちで眺めていた。今もあの光景が、僕の心に焼き付いている。

ある日、僕はシンちゃんの宝物を盗んだ。
ただ、小人が見たくてどうしようもなくて。

でも、小人は見えなかった。いくら目を凝らしてみても、キラキラ輝く砂金みたいなものが、海の底に浮かんでいるようにしか見えなかった。

嘘だったんだ。

そう思ったとき、僕はひどく悲しみ、怒った。盗んだこと、そして嘘だったこと、いろんなことが頭をかけめぐり、誰にも言えずひとりきりで、僕はシクシク泣きながら悔しく思った。

「なくなったんだ」

翌日、シンちゃんも泣いていた。僕は一緒になって探し、そっとポケットから取り出して「見つけたよ」と平気な顔してシンちゃんに言った。そのときのシンちゃんのうれしそうな顔が、今も心から離れない。

シンちゃんは、青いビー玉を太陽にかざし
「小人は元気だ!」と僕に言った。

僕にはそれが許せなかった。

「そんなの嘘だ!」と思わず言った僕の言葉にシンちゃんは何か、言い返したはずだけど、その大事な場面が僕の、心からスッポリと抜け落ちていて、何も思い出すことが出来ない。あのとき、盗んだことがバレてしまったのか、それともただ、彼は笑ったのか、それとも怒ったのか、無性に知りたいはずなのに、心はそれを許さないみたい。

その二日後だったか、突然の出来事に、僕の心が止まってしまった。

シンちゃんは、お父さんと夜釣りに出かけて、交通事故で死んでしまったのだ。(そのためか、記憶の一部が私の中から消えてしまっている。)

新聞の片隅に、小さな笑顔が載っていた。日曜日のとても陽気な朝の中、驚いた顔で母から教えられた僕は「そう・・・」と小さく返事をすると、大急ぎで布団に戻って、枕に顔を押付けながら、声を殺し枯れるまで泣いた。あれは、こんな秋だった気がする。

シンちゃんには、確かにあのとき小人が見えて、僕にはそれが見えなかった。きっと、僕には見えなかっただけのことで、シンちゃんには見えていただけなんだ。

彼が嘘つきだなんて、どうして僕が言えるのだろう。本当に嘘をついていたのは、この僕のほうなのに・・・。

この季節が来るたびに、私はススキの輝きを見つめる。もしかしたらあの小人が、まだ、そこにいるような気がして。

もしかしたらシンちゃんも、
そこで笑っているような気がして。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一