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金がない!と私に問うお客様。

「わしは今、金がない。だがわしは今、テレビが買いたい。さぁ、どうすればいい?答えてみろ」

いきなり売場でそう言われた。

これは私が昔、電器売場で働ていた頃の話だ。あの頃、本当にいろんな変わったお客様がいらっしゃった。これはそのほんの一つのエピソードだ。

それは白髪の老人だった。

その風貌はまるで、カンフー映画の師匠のようだ。その老人が、テレビ売場で、じっと商品を見つめていたものだから、私が何気なくいつものように「いらっしゃいませ」と軽くにこやかに声をかけたら、いきなりさっきのセリフだったのだからたまったもんじゃない。

”なんなんだ、それは?”

私は言葉につまってしまった。というか、それは当然のことだろう。こう言う場合、普通、二通りのことが考えられる。この老人は、私をからかっているか、または、少し頭がどうかしてしまったか。しかし、その老人は、どれも当てはまらないような気がした。

なぜなら、じっと見つめるその表情に、なんの一点の曇りもなく、また、その風貌が私にそう思わせたのかもしれないけれど、まるでそれは、この深い人生の真理を私に追求しているような・・・そんな気がして。

それでも私は思いつくままに、ありきたりな答えを老人に言った。

「そ、そうですね・・・クレジットカードと言う手もありますが・・・」

そういう私を老人は、少しだけ目を細め見つめ続ける。

「本当にそれが、お前の正しい答えなのか?」

その老人の力ある言葉が、まるで砕けたガラスのように私に降ってきた。その小さな体が、とてつもなく大きく膨らんだように見えた。

私は言葉を失ってしまった。そうなんだ、私に人生の真理なんてわからない。わかるわけないじゃないか!そんなワケのわからないことを考えていた。

そうじゃなかった。現実に戻らなきゃ。
一体この老人は、私に何を望んでいるのか?

「えぇっと、でも、クレジット以外となると・・・えぇっとそうですね・・・現金以外で・・・」

私がそう言いながらも、しばらく考え悩み続けていると、師匠は、いや、老人は私に渇を入れるように、こう答えたのだった。

「・・・えない」

「は?」

ぼんやりしていて、よく聞こえなかった。さっき、なんて言ったんだ?私が不思議そうな顔をしていると、老人はまた、つぶやいた。

「かえない、だ」

「はぁ?」

なんのことだ?
私はまた、聞き返した。

「バカモノ!買えないと言っているのだ!何も悩むことなどないだろう!金がなくて、モノを買えるわけがない!そんなアホなヤツに、売ろうとしているお前がだいたい間違っている!」

「はぁ・・・」

そうか、私は間違っていたのか・・・
ってなんなんだそれは?

「わかればよろしい。それでは金が出来たらまた来る。さらばだ!」

そう言うと老人は、ひとり静かに消えて、いや、去って行ったのだった。

それにしても、すべてにおいて、よくわからない老人だった。一体、何が言いたかったんだろう?私の中で、謎は深まるばかりだった。

ええっと・・・でも、待ってくださいよ、お師匠様!

アホなヤツって・・・あなたですか??

そして私は、ようやく気づくのだった。

単純にからかわれていたことを。

やれやれ。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一