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図書館のヒロイン

いつものように図書館へ本の返却をしに行った。

ここの図書館は2週間借りられて、私はだいたい7、8冊の本を毎回借りている。今回、あと1冊だけどうしても読みきれなかった本があるので、貸し出し期間の”延長”をお願いしたのだけど「あぁ、この本は予約が入っているのでダメですね」とあっさりと断られてしまった。

この市立図書館の受付の女性はとても厳しい。

メガネの似合うインテリ風の若い女性なのだけど、返却が一日でも遅れようものなら、厚くとがったメガネを光らせながら嫌味がふたつ三つ返ってくる。

「ずっとこの本を待っていた人がいたのにねぇ可哀想にねぇ」とか「あらあら、1週間も遅れるなんてすごいですねぇ」とか、ちょっと信じられない言い方と言葉が、弾丸のように胸に打ちこまれる。その被害者は数え切れないほど。

そういうのを私はずっと見て知っているので今回も「そこをなんとかお願いしますよ」と言いたいところを、「どうもすみません・・・」と愛想笑いを浮かべながら、私はまた自宅までブツブツ言いながらも読みかけの本を取りに戻ったのだった。(延長できると思ったのに・・・)

やれやれ、なんてことだ。先に読んでおくべきだった。でも、この厳しい受付の女性の方のおかげで、わりと話題の本も読めるのだ。感謝しなくてはと(ちょっとは)思う。

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図書館で本をじっくりと選んでいたら、中年男性がいきなり大声でこう言った。「なんてみすぼらしい図書館なんだ!これが本当に市立図書館なのか?」あの受付の女性が、そんな言葉の攻撃を受けていた。

「せまいし、本は少ないし、え!どうなってんだ!」どこか虫の居所が悪かったのか、まるで男のその言い方は、ただ自分の憂さ晴らしに怒鳴っているような感じだった。挙句の果てに「責任者を出せ!俺は市長に訴えるぞ!」とまで言って怒鳴っていた。

おいおい、別にここで怒らなくても勝手に訴えればいいじゃないか!と思った。そんな汚い言葉を聞いてる私達は、とても不愉快な思いがした。だいたい受付の女性に怒鳴ったって「わかりました。直ちに改築工事に入ります」なんて言えると思っているのだろうか?

図書館中が、とてもイヤな雰囲気に包まれてしまった。それまで時を止めたような静けさの中で、私は楽しく本を選んでいたのに、また、こうして静かに本を読んでいる人たちもいるというのに。

そんな時だった。あの受付の女性が男性をメガネの奥からじっとにらむと静かにこう言ったのだった。

「私もあなたにお願いしたいのですが”図書館はお静かに”って書いてあるのは読めますよね。ちゃんと平仮名も打ってますし。大声を出すなら、外でどうぞ思う存分にして下さい。あと、これが市役所までの道順です。決意が鈍らないうちに、どうぞ今から市長に直訴に行かれてください。私も広くてきれいな図書館で仕事ができるとうれしいですから」

その言葉に、私も含めたまわりにいた人達は(たぶん)心の中で拍手喝さいだった。私はじろっと男性をにらんだ。私の隣にいた子連れの女性もにらんでいた。(気付けばみんながにらんでいたように思う。)

そんなまわりの雰囲気に、男は”うへぇ”って感じで逃げるように去っていった。我々の勝利だった。

受付の女性は、ちょっとだけ笑みを浮かべると、またいつもの仕事に戻っていた。そのヒロインのおかげで、この図書館にまた、静寂という心地よいメロディに包まれていった。まるで何事もなかったかのように。

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私はまた、7冊の本を借りた。
貸し出しの窓口で、あの受付の女性が、いつものように無表情で私の借りる本をチェックしていた。「はい、次回は○○日に返却してください」とこれもまた、いつものように無機質な口調で言った。

いつもは会釈程度なのに、私は「ありがとう」と彼女に言った。

その言葉には、別の意味があったのだけど、それを知ってか知らずか、受付の女性はいつものように、苦虫をつぶしたような顔で仕事をしていた。

みすぼらしくても小さくても
私はこの図書館が大好きだ。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一