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菜の花が風に。

春のような青空の下。
少し急いでいたせいか、見知らぬ道に迷い込んで
しばらく車を走らせていたら
公園に菜の花が一面に咲いているのが見えた。

そのあまりの美しさに、しばらく私は呆然となって
そして心がじんわりと、やさしさに満ちていた。

そのとき私は、とても不思議に思っていた。
どうして人はこんなふうに
美しいものに出会ったとき
幸せな気持ちになるんだろう。

こんな小さな菜の花で
お腹が満たされるわけでもないのに
こんなありふれた菜の花を見て
お金が増えるわけでもないのに。

日頃の忙しさのせいか、ついそんなふうに
メリット、デメリットをその花に
見つけようとしている私に気づいて
ほんの少し苦笑いした。

子供の頃なら、きっと私は
ただ、その美しさにうれしくて
そして誰かに教えたくて
夢中になって叫んだんだろう。

「ねぇ、こっちにおいでよ」って。

とても静かな昼下がり
私は車の窓を開けて、小さな風を感じていた。

遠くで小さな女の子が指をさして
遠くの誰かを、大きな声で呼んでいる。
そして小さな男の子が、その声に駆けてゆく。

そしてその男の子もまた
遠くの誰かを、大きな声で呼んでいる。

風のいたずらなのか、私にもあの頃みたいに
そっとその声が届いていた。

「ねぇ、こっちにおいでよ」って。

取引先には、ちゃんとあとで謝ればいい。

私はドアをゆっくりと開けた。
菜の花が風に、微笑んでいた。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一