ふたりの嘘。

これは少し昔のこと。サービスカウンターから呼び出しがかかり、とても忙しく食品の商品補充をしていた私は、ブツブツと心の中で文句を言いながらも、行ってみた。すると、そこには30代くらいの若い奥さんと思われるお客さんが、子供を連れて立っていた。

「すみません、うちの息子が500円玉を落としたんです」

聞いてみると、小学4年生くらいのお子さんが、店のゲームコーナーのいくつか並んでいるガチャガチャ(カプセルトイ)の下に落としたらしい。

その小学生の子供は、何か難しそうな顔をしている。やがて、そのゲームコーナーに着いた私たち。「本当にココに落としたの?」その奥さんが聞いている。その男の子は、うん、と声に出さずにうなずいている。

”さてと”と、気持を切り替えつつ、私は床にハイつくばって、そのガチャガチャの下を覗き込んだ。暗くてよくわからない。仕方ない・・・ 私はゲーム機そのものを動かしてみた。床にたまったホコリがすごいことになっていて、その掃除もするはめに。なんてことだ・・・でも、なかなか見つからない。

奥さんの声が、次第に苛立ちに変わり始める。「ねぇ、本当なの?本当にお金を落としたの!」小学4年生の男の子の顔がどんどん歪んでゆく。あぁ、早く、私が何とかしなきゃ。早く見つけてあげなきゃと、変な使命感に私は燃えた。

すると、ホコリに混じってキラッと光る1枚の硬貨が・・・

「あぁ、あったよ!ボク、これだよね!」思わず私の声が大きくなる。男の子は、どういうわけか素直に喜べないのか、ちょっと顔を上げただけで、ちっともうれしそうな顔じゃない。

どうしてだろう?と思いつつも、男の子にお金を渡してみる。すると、それはよく見てみると、500円玉じゃなくてゲームのコインだった。思わず私の口からため息がこぼれる。

それにしても・・・この男の子は最初から、私が見つけたものが500円玉じゃないって、わかっていたのだろうか?

「どうしたの?お友達のお金なんでしょ?どうして見つからないの?本当にココに落としたの?どうなのよっ!」

なんだかとても複雑な事情があるみたいだ。その母親の苛立ちが、ひしひしと伝わってくる。これが店に対してのクレームならば、”もう少し詳しくお話を・・・”と、私は聞くことが出来たのかもしれないけれど、今の私は、子供のなくしたお金を、ただ、探しているにすぎない。でも、私は思っていた。たぶん、母親もわかっているのだろうと。その男の子が嘘をついていることを。

どんなことがその男の子に、起きたのかはわからないけれど、唇を噛みしめ、泣き出したいのを我慢しているその姿を見ていると、私もかつて子供の頃、絶対にその理由を言いたくなくて、あんなふうに、ただ、黙っていた頃のことが、なんだかとても懐かしく思えた。

私はやがてゆっくりと、彼と同じ目線にしゃがみながら、その男の子に静かに言った。「ごめんね・・・」と。母親は不思議そうに、私達ふたりのことを見ている。

「きっと、この床の隙間から、君の大事なお金が落ちてしまったんだね」

そう、私がポツリと言ったとき、男の子はやがて、わんわんと大きな声で泣きはじめた。母親は何も言わないで、その頭をゆっくりとなでている。

それでよかったんだと
そのとき私は思っていた。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一