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柿と懐かしいあの日の声と。

街中で、美味しそうな干し柿を見つけて、思わずシャッターを切った。その時ふと、何か声が聞こえたような気がした。

思い出した。たぶん、父の声だ。

私の父は、とっくの昔に亡くなった。その声は、恐らく私の心の中から聞えてきたものだろう。

もう遠い昔のこと。私の実家には1本の立派な柿の木があった。私の父は、果物や野菜の栽培がひとつの趣味で、家の庭には父が作った小さな畑があった。

その畑の中に大きく立派に育った柿の木があった。私が物心つく前からあったような気がする。毎年この時期に柿が実ると、兄たちと父と一緒になって、よく柿を取っていたものだ。本当にその柿は、甘くて大きくてとても美味しいものだった。父が育てた自慢の柿だった。

でも、その柿が大きく育ちすぎて、いつしか家の前の道まで、枝が少しはみ出すようになってしまい、柿が実ると、いつくもの柿が道側にぶらりと枝からぶら下がり、誰もが手に届くようになっていた。

あれは私が小学5年の時だっただろうか?ある日のこと、うちの家の前の道を、小学生たちが歩いていた。私の知らない小学3年くらいのわんぱく坊主たちが、驚きながらも声を揃えてこう言っていた。

「すげー、見ろよ!うまそうな柿がある!」

「これ、手に届くよね。どうする?」

そんなふうに、ぼそぼそと話している。

たまたまそのとき、私と父はすぐ近くの庭にいて、柿を取っていた。ブロック塀と柿の木で小学生たちの顔は見えない。声だけが聞こえている。そして小学生たちも、すぐ目の前の庭に私たちがいるなんてことに気づいていない。

そしてどうやら、柿を勝手に何個が取り始めている様子だった。しかも、その場で食べている感じだった。それに気づいた父がひょこっと、ブロック塀から顔を出して、小学生たちにこう言ったのだった。

「おい!坊主たち!うちの柿はうまいか?!」

その声と顔(?)に驚いた小学生たちは「うわー!勝手に取ってごめんなさいー!」って言って、一目散に走って逃げたのだった。

それを見た父は慌てながらも「おーい!もっと食べていいんだぞー!ほら、この柿もやるぞー!」なんて大声で言った。でも小学生たちは、そのまま走って行ってしまった。

「しまったなー!驚かせちゃったか!」

なんて父は言って、頭をかきながら大笑いしていた。小学生たちが勝手に柿を取って、普通は叱ったりするのだろうけど、父は怒るどころか、自分が育てた柿を”美味しい”と思って取ったことが、実はうれしかったのだ。そんな父がおかしくって、私も大笑いしたものだった。

不思議だなぁ。
こんなにも昔のことを思い出すなんて。
それにしても、なんて優しい風景なんだろう。
あの頃がとても懐かしい。

父が亡くなってからは、いつしか柿の木もなくなっていた。畑もいつしか、うちの駐車場になっていた。時はどうしても流れていって、いろんなものを変えてゆくけど、変らないものは確かに心に、いつも、ずっとあるんだなって思った。

ふと、シャッターを切ったとき、あの笑顔と一緒に柿から
あの日の声が聞こえたような気がした。

「おーい!もっと食べていいんだぞー!」

私にとって、それはずっと変わらないものだ。

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最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一