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私たちの忘れもの。

「どこで忘れたのかわからないのだけど、大切な荷物をなくしてしまったの?どうしたらいいかしら…」

売場でお客様が(50代くらいの女性の方)何か忘れ物をしたらしく、本当に困った顔のまま、私にそう尋ねてきた。

「この売場のあたりでですか?」と私が尋ねたところ「いえ、それさえもわからなくて…」とキョロキョロとするお客様。「と言いますと?」と、とても不思議な気持ちで私。「お恥ずかしい話なのですが、あちこちのお店で買物をしていて気づいたらその荷物が無かったんです」ということだった。

なんだかワケがわからない状況になっていた。とても大事なモノらしくて、とても急いでいるご様子だった。

そんな状況だから、どこの売場を探すあてもないので、とりあえず私は「もしかしたら、サービスカウンターで落し物のお届があるかもしれませんので」と説明して、そのお客さんをそこまでご案内することにした。

そのご案内しているその途中でのこと、なんと、3才くらいの女の子が顔を真っ赤にしながらも、売場の真ん中で泣いていたのだった。

「うわぁぁん、おかあさぁぁぁん!」

女の子はしゃがみながら、どこにそんな力があるのだろうかと不思議に思うほど大きな声で、ずっと泣き叫んでいた。

そのとき、まわりに私のほかに店員は誰もいなくて他のお客さんは、チラッと見て、通りすぎて行くだけだし…でも、私はこちらの急いでいらっしゃるお客さんをサービスカウンターまでご案内しないといけないし、かといって女の子をほっとくわけにもいかないし…どうしようってとても迷っていたら突然、私の隣から声がしたのだった。

「どうしたの?おかあさん、いなくなっちゃったの?」

なんと、その忘れ物のお客さんがその女の子に、声をかけていたのだった。ご自分はとても、急いでいるはずなのに。

「おばちゃんと一緒に、お母さん、探そうか?」なんて言ってる。「おばちゃん、飴玉持ってるからね、これあげるからね、だからね、泣かないで」とも言っている。そのお客さんはまるで包みこむような、とてもやさしい言葉で話しかけていた。

その態度に、”どうしようか”と困っていた自分が、とても恥ずかしく思えた。そうだ、悩んでいる場合じゃなかったんだ。私がすべきことはもう、その時点で決まっていたんだ。今思えばあのお客さんは、女の子を助けてあげようとしながらも同時に、自分(そのお客様)のことで困っている私も、助けようとしていたのかもしれない。とても久しぶりに、誰かのこんなやさしい言葉と態度を、私は見たような気がする。

「私が今から連絡して店内アナウンスで、迷子さんの放送をしますので…」とそのお客さんに話していたところ

そのときだった。
「○○ちゃん!」という女性の声がしたのだ。

どうやらその女の子の母親のようだった。その声に女の子は、自分の母親を確かめると、さらに泣き叫びながら「おかぁさぁぁぁん!」と両手を突き出し涙をこぼしている。きっとずっと、その女の子は、誰にも声をかけられずに、そのままひとりでいたんだろう。寂しくて、不安で、ただ、泣くしかなかったんだろう。

そんな中、その若い母親は、その女の子にこう言ったのだった。「ダメじゃない!ココで何していたの?お店の人に迷惑かけちゃダメでしょ!」その女の子を、母親はそんなふうに叱っていた。

その瞬間だった。さっきまで女の子をあやしていた忘れ物のおばさんが、その母親の言葉に対し、こう言ったのだった。

「ね、あなた、早くその子を抱きしめておやり、ぎゅっと早く抱きしめておやり。今、その子はね、一番あなたにそうしてもらいたいんだよ」

・・・なんというやさしさなんだろう。

その言葉に、私の心がじーんときてしまった。そうなんだ。その女の子は、どんな言葉よりも何よりも先に、母親に抱きしめてもらいたかったんだ。お店の人に迷惑をかけたとかそんなこと、今はどうでもいいことなんだ。まず、ぎゅっと抱きしめてあげなきゃ。

母親はちょっと困り顔で、その泣いてる女の子を抱き上げた。女の子は、母親の右肩に顔をうずめながら”ひっく、ひっく”と泣いている。

「よかったね、よかったね」と忘れ物のおばさんは女の子の頭を撫でている。やがてその女の子の消えそうな小さな笑顔が、母親の肩からそっとこぼれる。

大事な荷物とか急いでいるとか、何かに迷ったり誰かに迷惑かけてるとか、そんなこと…すべてひっくるめて私たちの前には何よりも大切なものが、そこにあった。

「早く、ぎゅっと抱きしめておやり…」

私の中で、その言葉が消えてなくならない。
それは私たちが忘れていた、なんて尊い言葉なんだろう。

やがて、女の子の元気なバイバイのあと
私はあらためて忘れ物をしたそのお客さんを
サービスカウンターまでご案内した。

歩きながら私はそっと、そのお客様にこう言った。
「先ほどは助かりました。ありがとうございます」

そう言うと、そのお客さんは小さくただ、
私に微笑みかけていた。

それはまるで、天使のような笑顔だった。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一