バケツと土下座と。

仕事でかなり困ったクレームがあった。内容までは書けないけれど、お客様がお金での解決を迫っており、それが結構な金額であり、お客様の言葉は乱暴であり・・・とココまで書けば、かなり困ったクレームという意味が、およそ理解できると思う。

昔、あったこんなクレームをふと、思い出した。

どういう状況だったのか、もう、あまり思い出せないけど、確かお客様が店員の何か不手際で、水で背広を濡らされてしまったという出来事があった。

そのお客様は中年男性で、背広が台無しになっている。ただ、どの程度濡れたのかはよくわからないけれど、とにかくその男性が、その店員に対して「どう責任を取ってくれるんだ!店長を出せ!」みたいな言葉をまき散らし怒鳴りつけ、その店員はほとんど泣きながら、店長を呼びに行ったそうだ。

そして、店長はひたすらお詫びをし、何度も頭を下げたが濡れた男性は納得しない。「土下座をしろ!」と男は言ったが、店長はそれには応じない。

「お前なぁ!誠意を見せろや!」というようなことを男は言った。恐らくはこの場合、誠意とはお金のことだったのだろう。

だが、店長は店員を呼んで、水を入れたバケツを持ってこさせた。そして店長はその男に言った。

「これが私の誠意です」

そうしてバケツを自分の頭の上でひっくり返したのだ。

その男よりも全身ずぶぬれになって、店長は男が「もういい」と言うまで何度も何度もバケツをひっくり返し続けた。

その後、男と店長はどうなったのかはわからない。見ていた友人から聞いた話なので、事実は少し異なるかもしれないけれど、大筋ではこんなことが、あったのだろう。

それにしても、なんて熱血な店長なんだ。もちろん、自分もずぶ濡れになることが、その本当の解決策ではない。目には目を、ではいいわけがない。

ただ、気持ちとしてはうれしいものがある。たぶんクレームを起こした店員は、その店長の行動に、驚きながらも守られている優しさを感じたことだろう。

このクレーム対応には、いいも悪いも何もないし、参考にもなりはしない。でも、誰かを助ける想いからの行動は、たとえ、それが滑稽であっても、大切なことには変わりはしない。

日々、私の抱えるクレームも、たとえ私がずぶ濡れになっても、相手には通用しないこともあるだろう。でも、大切なものはこの胸にちゃんと、落ちないように抱えているつもりだ。

さて、私は何をしようか?

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一