公共交通ってなんなんだろう
部誌に寄稿するため、「少子高齢化時代の鉄道の在り方」というテーマでいろいろ考えていました。
結局たどり着いたのは一つの問いでした。
そもそも皆さんは公共交通ってなんだと思いますか?
僕は、はじめ単純に公共交通は住人の足として機能する移動手段だと考えていました。
至極あたりまえな考え方だと思います
つまり、住民が居て利用する必要があるからこその公共交通だという訳です。
しかし、一部の地域では公共交通を残すことが目的化している例があります。
これは、つまり使って残そう運動などに当たる訳です。
ただ、積極的に使わないと残る事が出来ないような公共交通はもはや公共交通としての役割を果たせてないのではないのではないでしょうか?
利用者が少なくても使う人がいるなら残すべきだという意見もありますが、これは結局その公共交通が住民の需要に対して見合ってない訳ですから、無理に現状の形の公共交通を残す必要はありません。
場合によってはより簡素な公共交通でもいいのではないでしょうか?
極めて大雑把活雑な話ですがおおむね筋は通っているかと思います。
しかしながら話はそう単純ではないことが様々な本を読んでいて気付いてきました。
というのも公共交通が街の誇りやシンボルとなっている場合です
ある本には以下の様な記述がありました
つまり、公共交通が街から無くなったり形を変えることは街の活気を奪うことになるのです。
さて、公共交通はただの地域の足ではないことが分かってきました。
公共交通は時に地元住民のよりどころや活気になっている場合があるのです。
近年の鉄道の廃線の議論は経済的な事をもとに決められてはいるものが多いものの、地域の経済面では見えない公共交通の効果まで含めて判断されている例は少ないように感じます。
以後、公共交通の議論をしていくには地元住民のミクロな視点も交えて深い議論が必要になるんは必至でしょう。
次の投稿ではこの公共交通問題を複雑化している要因についてみていきます。
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