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思い出のアメリカン・フード (7:アメリカの名もなきスイーツ)

第7章 アメリカの名もなきスイーツ

 外国文化、特に食文化や服飾雑貨など、目に見えるモノの伝播にはある種の法則性があるように見える。まず、「高級」とされるものは国境を越えやすい。昔の言葉で言えば「舶来物」と呼ばれるようなものや、「○○王室御用達」などの能書きのついたもの、また希少価値があるとされるもの。日本料理を取ってみても、海外では寿司や天ぷらが先に知られるようになり、庶民の味の代表格であるラーメンがブームとなったのは近年だ。
こうした現象の背景としては、「高級」とされるものには文化の壁を越える普遍性があるとか、外国のものに触れようという知的好奇心のある人々のアンテナに引っかかりやすいとか、単に商売になりやすいという理由もあるだろう。

 逆に、庶民的なもの、ローカル色の強いものは、なかなか国や地域間の壁を越えていかない。これらはその土地の外では入手困難な材料を使っていたり、土地の気候や条件を離れては価値が維持できないものだったりする。また、商売になるかという点でみれば、現地では非常に安いもの、ありふれたもので、わざわざ外国で売って利益が出るとは考えにくい、という理由もあると思う。

 スイーツに絞ってみると、日本で早くに普及し、今も主流になっている西洋菓子はフランス式の生ケーキや焼菓子だろう。これまでに、いろいろな海外発祥スイーツのブームが仕掛けられてきたが、アメリカで日常的に食べられているパンケーキやドーナツにスポットが当たったのは比較的近年だった。もちろん、いわゆるホットケーキやチェーン店のドーナツは何十年も前から日本に存在しているが、ここでは専門店が次々にオープンするようなブームを指している。

 しかし、パンケーキにしろドーナツにしろ、日本でメディアを賑わしているものには、これじゃないんだよなあという気持ちを抱くことが多い。写真に撮って映えることを重視する昨今の流行もあって、いわゆる「盛り過ぎ」に見えるのだ。輸入されたものを工夫してより良いものにするのは日本のお家芸なのと、また他の店との差別化という動機付けもあって、あれほどクリームやフルーツ、トッピングで飾ることになるのかと思う。

 アメリカン・スイーツで一番新しく仕掛けられたブームは「スモア」だろう。これは、アメリカに住んでいた子ども時代の認識では、「キャンプやバーベキューの時に作るアレ」だった。古いアメリカの料理本を取り出して確認すると、Picnic some-mores という名前が一応付いていた。これはグラハムクラッカーにミルクチョコレート(高級なものではいけない)を乗せ、マシュマロを金串に刺して直火で焼いて焦げ目が付き、中が熱くとろけたところをもう一枚のグラハムクラッカーで挟んで金串から抜き、サンドイッチ状にしてチョコレートが溶けたところをいただく。つまり、「その場で食べる」ことが何よりも大事なので、日本で箱に入ってお土産になっていたりすると、「うーん、それはもう違うものなのでは?」と首をひねってしまう。

 前置きが長くなってしまったけれど、今回のテーマは、本当に名前のないスイーツである。似たようなものは売っているのかもしれないが、基本的には自分で作る。アメリカ版の「おこし」と言えばいいだろうか(昔は雷おこしが東京土産の定番だったが、今や小学生の娘などは、「何それ?」という反応である)。
 材料はライスクリスピー(米のシリアル)、マシュマロ、バターそれぞれ適量。インターネットで検索してみると、ケロッグ社のレシピがあり、Rice Krispies Treats という名前でTM(トレードマーク)が打ってある。しかし、ケロッグ社以外のシリアルでも同じようなものがあれば使えるだろうし、treatsというのは単に「オヤツ」くらいの意味なので、名前はあってないようなものだ。
 ケロッグ社のサイトで分かるように、通常はプレーンな米のシリアルで作る。しかし、これが日本ではなかなか入手できない。夫がイギリスに出張した時に買ってきてもらったことがあるが、「こんな大きな箱でこんなに安いものを??」という反応だった。
 というわけで、今回は札幌の近所のスーパーでも買えるチョコクリスピーで代用している。

1.鍋にバターとマシュマロを入れる。分量は写真を見て実験してみてください。マシュマロは明治屋のものを使っています。

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2.火にかけてすっかり溶かします。

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3.ライスクリスピー(ここではチョコクリスピー)を入れて混ぜます。

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4.バットに平らに伸ばします。バットに油を塗っておけば出しやすくなります。ここではサボったので、バリバリとはがす感じになりました。

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5.固まったら取り出して、適当に切ります。これで出来上がり。
 チョコ味も悪くありません。

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 このお菓子には思い出がある。東京での大学時代、プレーン味を作って(どこで材料を買えたのか憶えていない)、アメリカ人の一般教養英語の先生宅へ持っていったことがある。大学の先生の中ではあまりアカデミックな感じのしない、庶民的な雰囲気の男性だった。英会話の練習がてら遊びに来ていいよと言うので、クラスの男子と二人で訪問した際にお土産にした。もう、その時に何の話をしたのかは覚えていないのだけど、先生のそのお菓子の食べっぷりに驚いた覚えがある。長く口にしていなかった故郷の味に思いがけなく再会した様子がありありとして、一人で外国に暮らすしんどさみたいなものを、おぼろげに感じ取ったのを憶えている。

 アメリカ料理でも、高級ステーキなら東京で簡単に見つけることができるだろう。けれども、アメリカの近所のドラッグストアやスーパーで売っている材料で、お母さんがちょっとキッチンに立って作ってくれたようなもの、そんなものこそが懐かしく、また手に入れづらいものなのだ。
 

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