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薄氷と薄氷

さむい。

朝、起きて窓を開けると白い息がでるようになってきた。

空気が澄んで高くなった空に冬の訪れを知る。

冷え体質のわたしとしては寒さはかなり身体に応えるが、冬の濃く、真空されたような空気が好きだ。

寒さで身体が丸くなるように、気温の低さに比例して、空気までもがぎゅっとちぢこまって密度が濃くなっていくような気がする。


寒い。起きたくない。いやでも。といくばかりかの葛藤を繰り返し、熊のようにのそのそと起き上がった身体に冬の空気を吸い込み喝をいれる。


一瞬シャンッとなるものの、やはり寒いものは寒い。はやく春にならないだろうか、と毎年思うことだけれど、やっぱり思う。まだ冬が始まったばかりだというのに。


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薄氷(うすらい) という季語がある。

薄氷とは、春先に寒が戻り、水たまりや桶などにうっすらと張る薄い氷のことを指す春の季語だ。

ずっしりと根があるように厚みのある冬の氷とは対照的に、そっと触れただけで壊れてしまう儚い春の氷。

その淡い儚さに歌人たちは美学を感じ、歌を詠んだ。

「 佐保川に凍りわたれる薄ら氷(び)の
     薄き心を我が思はなくに 」  大原櫻井真人
(佐保川にうっすらと張りわたっている氷。
  そんな薄っぺらな気持ちで私があなたを思っているわけではないのに)


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雪の深い北陸富山。

春が訪れる前の雪解けの時期、いっそう寒い朝に、水溜や水田に薄氷が一面に張る光景は目を見張るほどの美しさだと言う。

宝暦2年(1752年)、五代目五郎丸屋八左エ門がその美しい景色をお菓子に映し、『薄氷』を創製した。

五郎丸屋の薄氷は、熟練された職人の手によって一枚一枚丁寧に作り出される。富山特産の新大正米を使用し精製した薄い煎餅に、阿波特産の高級和三盆の糖を独特の製法で刷毛塗りする。

見た目だけではなく、スッと溶けるような口どけはまさに薄氷のようなお菓子だ。以来、宮中や加賀藩主前田公より幕府に献上し、明治以降は宮内省の御用や茶道界などから人気を博したという。

1752年というと江戸時代後期だが、まだ全国に砂糖の普及が十分にはされておらず、和三盆の出現さえも曖昧な時代だったはずだ。そのようななかで、富山県小矢部市という地で(当時は石動といった)後260年もの間、五郎丸屋の看板を支えた『薄氷』というお菓子とその伝統を守ってきたことに敬意の念を抱かずにはいられない。


そんな伝統ある五郎丸屋十六代目渡辺克明氏が、薄氷をベースに「現代に愛される一品を」と生み出したのが「T五」だ。国産の天然素材を使い、5つのTONE(色合い)とTASTE(味わい)を表現した。

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(写真は北陸限定の加賀棒茶&紅茶)

「生涯一品」。生きた痕跡を菓子にして刻みたい。
16代目である私の菓子作りの根底にはいつもこの想いがあります。
菓子には作り手の技量、生き方などその人の今が現れてしまう。「T五」は、今までの私の記憶や思い出を菓子にとどめたものです。
思えば、五郎丸屋260年余りの歩みとは、そうやって作り手が悩みもがき、一品を残そうとした挑戦の連続でした。そしてこの挑戦にきっと終わりはないのだと感じています。

(出典:五郎丸屋HP)

伝統を守り続けるということはどれくらいのプレッシャーと苦悩があるのだろう。そして土地に根付き、愛されてきた老舗和菓子屋の看板商品に手を加えるということは容易なことではないだろう。

十六代目の苦悩と想いが文章から感じとれる。

「T五」は、観光庁が9品選出した「世界にも通用する究極のお土産」に選定され、他多くの賞をも受賞している。

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「T五」の存在は知っていたが、実際に口にしたことはなかった。

胸を弾ませながらモダンで可愛らしい包みを開くと、「真綿」が出現し驚いた。壊れものを扱うようにそっと真綿のをひらき、加賀棒茶味をいただく。

ぱりっと音を立てたあと、芳醇なお茶の香りにふわんと包まれる。香りを残しながら口のなかでお菓子がすうっと溶けていく。

繊細で儚く、そして実直な味のするお菓子だと思った。

「そんな大げさな・・・」とついつい思ってしまった真綿の包みも、実際にお菓子を口にすると、そのあまりの儚さにうなずける。


木林(キリン)という和風メレンゲのお菓子もとても美味しかった。

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味は、桜(塩味) 抹茶(苦味) レモン(酸味) 和三盆(甘味) ココア(滋味)と、それぞれに特徴のある5種。

食べやすいスティック状で、サクサクと空気のように軽やかな味わい。子どもと一緒に香りと見た目を楽しみながら食べれるのがとても良い。

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十六代目の言葉はこう締められている。

ただ美味しい菓子を作りたい。その理想の菓子は、自然の造形と通じるものがあります。太陽を浴び、葉を広げ、花を咲かせる。ひたむきにこつこつと己の命をまっとうする、その姿がうつくしく、私たちの心を揺さぶるように、ただ美味しい菓子で食べる人を感動させたい。
そんな一品を生きている間に作ることができたら、これ以上の幸せはありません。

五郎丸屋 16代目 渡邊克明

この言葉を読んで、涙してしまった。

その姿形から季節や風情を感じさせることができる和菓子。

茶の湯も武士の嗜みであり、砂糖が希少で高価だった時代には庶民には手の届かないものが多かっただろう。

今や和菓子もネットで容易に手に取れる時代へと変化した。

移ろいゆく時代の変化のなかで、代変わりしてもぶれず、伝統の味へと昇華させていった偉業のその根底にあるのは、「ただ美味しいお菓子を作りたい」この思いに尽きるのではないかと思う。

今日初雪の可能性があると言われている東京で、まだ遠い春の薄氷を待ちわびながら、伝統あるものについて思いを馳せた。



【このお菓子をもっと美味しく食べるなら】
「T五」は薄く、上品な味わいのお茶を用意すること。(濃茶だとお菓子の味わいが上手く感じられない)誰かとよりも、静寂な場で儚さをかみしめながらいただきたい。年配の方への贈り物にも良さそう。


*Twitterでもお菓子についてつぶやいてます。



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