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マッチングアプリで爆速恋愛した話⑩「おやすみ」なんだ

【前回までのあらすじ】
マッチングアプリで年下の純也さんとすぐに交際成立した私。だが、クリスマスデートがきっかけで気持ちは冷めきってしまっていた。

***

”あの日”の翌日。純也さんから連絡が来た。

実は今朝からずっと胃の調子が悪くて。病院行ったら軽い胃腸炎だった。

え!大丈夫?お大事にね。

大丈夫。だけど俺に牡蠣は向いてなかったみたい(笑)

チリチリッと、ほんのわずかな怒りが胸の角を焦がした。
牡蠣が向いてない?違う。あの日は前日から胃の調子が悪かったはず。そんなコンディションで生ものを食べれば胃や腸を痛めてしまうのも自然に思えた。

どうして気がつかなかったのだろう。私にも落ち度がある。連帯責任だ。だけど何故だろう。心配よりも反省よりも怒りが湧いてきてしまうのだった。

きっともう、私が純也さんに苛立ったり嫌悪感を抱いたりするのに理由はないのだろう。生理的、あるいは本能的に、彼の全てを受け入れられなくなっていた。これは蛙化現象とはまた違うものだろう。


それからの日々は、言うなれば四方八方に背中を差し出す日々だった。
誰かに背中を押してほしかったのだと今なら分かる。

友人、姉、また違う友人と、あらゆる人に連絡をしては純也さんとのことを相談した。相談とは名ばかりの、愚痴まみれの言葉が口から漏れる。

「別れた方がいいのか、もう少し様子を見た方がいいのか、迷ってるんだよね。」

そんなことを言いながら、本当のところは誰かに背中を押されるのを待っているだけだった。その気持ちがきっと表情や声に表れていたのだろう、傾聴してくれた友人や姉はこぞって別れを勧めてきた。

「年内にすっきりした方が良くない?」と姉が言い、経験豊富な歳上の友人が「別に直接会って言わなきゃいけないなんてこと無いんだよ。」と言ったのが決め手となった。

私は純也さんに別れを告げる電話をかけることにした。


言いたいことをメモに書き留め、頭の中で何度もシュミレーションをする。
まだ付き合ってから日が浅いし、謙遜せずに言うと純也さんは私のことがすごく好きそうだからゴネられるだろうなと思い、その場合の返答まで用意した。

電話は4回目のコールで繋がった。純也さんの声は明るい。そういえば、私から電話をかけるのは初めてだなと気が付いた。これが最初で最後の電話になるんだ。

まずは雑談で少し温めてから話を切り出そうと思っていたのに、いざ純也さんの声が聞こえるとすぐに伝えた方がいい気がしてきて、すぐさま本題を切り出した。

「実は、最初の頃に抱いてた印象と実際の純也さんにギャップがあって、それについていけなくなってしまったから別れたいと思ってるんだよね。」

「あー…うん。」

純也さんの声は、先ほどとは打って変わってとても冷たい色になった。初めて聞くその声色に、恐怖を抱くほどだ。

「私が悪いんだけど、もうどうしようもないから…私たち、合わないかもって思ってる…。」

「そーーー、だね。おんなじようなこと俺も思ってたから…まぁ、はい。」

えっ。

同じようなこと?「はい」って?

本当に身勝手だとは思うが、私は拍子抜けしてしまった。
少しもゴネられたりしない。理由を深掘りされることも食い下がられることもない。
私は何を思い上がっていたのだろう。彼が私のことをすごく好き?勘違いも甚だしい。

「短い間だったけど、好きだった気持ちも楽しかったのも本当だから。今までありがとうね。」

そう言っても、もう純也さんからは相槌しか返ってこない。

もう少し応酬がほしい。そう思って言葉を吐き出し続ける自分がいる。あぁ、私って本当に自意識過剰。これじゃあゴネてるのは私の方じゃんか。

「最後に何か、…私が一方的に言っちゃったからさ。純也さんも私に言いたい不満とかもあると思うから、言っていいよ?」

こんなことを言うのは、悪あがきでしかなかった。私から別れを切り出したのに、まるで振られたみたいに胸が痛かった。

「言いたいこと……。いや、特にないかな。」

純也さんはそう言った。
何もない。その事実がグサリと私の胸を刺し、致命傷になった。

「じゃあ、ね。」

こういう時、どんな挨拶が正解なんだろうと悩みながらそう言った私に、返ってきたのは「おやすみ」だった。
もう私たちに一緒の明日は無いのに、大袈裟に言えば永遠の別れなのに、そんなことは微塵も気にならないような平坦で冷徹な響きが耳にこびりつく。

「おやすみー。」

ティロン−

終話を告げる音が鳴る。
スマートフォンでの通話だから、いつもその音は一定のはずなのに、乱暴に切られたことがはっきりと分かる音だった。

こうして、私たちの交際は1ヶ月間であっけなく終わった。


マッチングアプリを始めてから、恋人と出会いそして別れるまではたった3ヶ月。私の恋は爆速で起承転結を駆け抜けていった。
アプリで速攻出会えたことも、悪い面も含めて色々と経験できたことも、そしてすんなり別れられたことも、とても幸運なこと。

恋人ができても何も満たされなかった。
だけどこの虚しさは、真正面から受け止めなければならない気がした。

幸運への感謝と、虚しさを伴う自省を携えて、これからを生きていくのだ。

今度は一人だけど。

【マッチングアプリで爆速恋愛した話 完】


***


ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
最後はあっさりになってしまったかもしれませんが、如何せん実話(をもとにしたフィクション)なのでご容赦ください。

次回もマッチングアプリにまつわるお話を書く予定ですので、よければフォローの継続をお願いします。

えくぼ



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