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あえて控える「小過」と「謙虚」の心のお話

こんにちは、Eラボです。今日は易経からの学びより。

ときには「大事より小事」、「上るより下る」ことの方が大切なことがあります。

雷山小過

本来は力がありながらそれを発揮するのをあえて控えることを『小過』と言います。万事控えめに。何事も腹八分目で。下で支えて自分はあえて地の塩となる。その心構えは大いに吉であると。

易経では陰陽のバランスを1番大切にしています。

陽の気は一般的に明るくて力強い印象があるので好まれる傾向がありますが、陽の気が強すぎてもそれはそれでバランスが悪くなり、どこかで人生の歯車が狂いだします。

陰陽のバランスが大切。だから『小過』のように、一歩下がって控えめに生きることは「大いに吉」となるのです。

面白いですよ。易経にはより陽の気が盛んな「大過」という卦もありますが、大過は「吉」ではあるものの「大いに吉」ではないのです。つまり陽の気が勝っているからといっても、過ぎれば「吉」程度にしかならないと。

ここから学ぶこととは。

もし、あなたが陽の気が盛んで人生の勢いがあるなら、その時ほど一歩下がって控えめに。謙虚に。

でもそれはへり降るとかではありません。へり降るとは自分を下げて相手を上げようとする卑屈な心です。

謙虚の謙は自分の能力がお役に立つことを「人として当然のこと」とする心です。どうして謙が出来ないのかというと、自分の能力を他者から認められたい心があるから。

自分ができることを他人のために、この世のために使うことは「当然のこと」。たとえ他人に「凄い」と称賛されても、それは「人として当然のこと」として平然とやり過ごす。

これが本来、易経が意味する謙虚です。

今日も素敵な学びを。Eラボでした。

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