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interview AMARO FREITAS"Y'Y":先住民族について話し、それをポリリズムを使って表現することは私の使命

2023年のFESTIVAL FRUEZINHOでの来日公演で多くのリスナーを驚かせたアマーロ・フレイタス。あの日のパフォーマンスはこれまでアマーロのアルバムを聴いてきた人にとってはそれなりに驚きのあるものだったのではなかろうか。いくつかの曲で彼はプリペアドピアノを駆使して、自身の音をループさせ、時にピアノを打楽器のように使いビートを組み立て、時にピアノから神秘的な響きを鳴らし、不思議な世界を作り上げていた。今思えばあれは2024年の新作『Y’Y』のサウンドを先出ししたようなパフォーマンスだったんだと思う。

『Y’Y』はこれまでのアマーロの作品とは一線を画す異色作だ。『Sangue Negro』ではブラジリアンジャズを、『Rasif』ではヴィジェイ・アイヤークレイグ・テイボーン的な現代のジャズピアノをブラジル北東部のアフロブラジレイロ由来のリズムと組み合わせた。そして、『Sankofa』では過去2作を引き継ぎながら、そこにジャズピアノ・オタクでもあるアマーロが研究し、昇華してきた様々なジャズの要素を巧みに組み合わせ、更にアフロブラジレイロでもある自分のアイデンティティをアフリカンディアスポラの文脈に乗せ、より広い世界へとアフリカ系ブラジル人による現代のジャズを届けようとした。その文脈は以下のインタビューに詳しいので併せて読んでほしい。

しかし、ここまでの3作はアマーロにとっての序章だったのかもしれない。それだけ『Y’Y』は突き抜けたアルバムで、アマーロのキャリアを一気に上昇させるポテンシャルに満ちている。

彼は以下のインタビューで語っているようにアマゾンでの先住民との経験をもとに、自身が考えるブラジルらしさを深めるためのプロジェクトの構想を始める。ブラジル北東部のペルナンブーコとバイーアのアフロブラジレイロのコミュニティの音楽のみならず同じマイノリティでもあるアマゾンの先住民のコミュニティの文化までをインスピレーションにしている。そして、そのインスピレーションを具現化するために伝承や昔話に目を向けた。ブラジルに古くから伝わる物語がこのアルバムのカギになった。その世界観を奏でるためにアマーロはプリペアドピアノの手法を使い、様々な響きや色彩、手触りをピアノから取り出そうとしている。アフロブラジレイロのリズムをピアノを使って演奏するために打楽器的な音色を発生させたり、アマゾンを含む、広大で謎に満ちたブラジルという国の文化をなんとか表現しようと実験的な手法を駆使している。本作はアマーロ・フレイタスというアーティストが見せた創造力・想像力とチャレンジの軌跡でもある。

また、この世界観のためにアメリカを中心に様々なアーティストに声をかけ、ミラノでのセッションと、リモートでの共同制作を行った。例えば、イギリスのシャバカ・ハッチングス。アマーロは以前からシャバカへの共感を口にしていた。すでに前作の時点でこの構想はあったのだろう。

今、ロンドンやニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスなどの多数の音楽シーンで世界的なディアスポラが起こっているよね。シャバカ・ハッチングス、クリスチャン・スコット、カマシ・ワシントンなど、彼らの音楽は革新的であるだけでなく、祖先の伝統を取り戻すことでもあるんだよ。それは『Sankofa』のビジョンが“過去”、“現在”、“未来”であることと同じことなんだ。

https://note.com/elis_ragina/n/n5c1aec0a4753

シャバカはこれまでメインの楽器として使っていたサックスを使った活動を休止することを発表し、現在は尺八をはじめ、様々な竹笛やフルート系楽器を使い、メディテーション的な音楽に移行している。『Y‘Y』ではそのシャバカの活動と共振するような音楽をアマーロが奏でている。

他にもジェフ・パーカーブランディー・ヤンガーなどアンビエントやメディテーション的な音楽との接点があるアフリカンアメリカンのアーティストを起用している。またシカゴのAACM周辺との交流やファラオ・サンダースやドン・チェリーとの共演で知られるドラム/パーカッション奏者ハミッド・ドレイクも本作には参加している。『Y’Y』を聴けば、彼らが必要だった理由がすぐにわかるはずだ。

おそらく本作はシャバカ・ハッチングスがリリースする『Perceive its Beauty, Acknowledge its Grace』と並び、2024年のジャズ、もしくはアフリカンディアスポラの音楽における最も注目されるべき作品になる予感がする。まずはその音楽にじっくりと耳を傾け、その後にアマーロの言葉に触れ、そこからもう一度アルバムの世界に浸ってみてほしい。アマーロが込めた様々な意図や願い、想い、意志が聴こえてくるとまた別のものが感じられるはずだ。このアルバムにはそんな深さがあると僕は思っている。

取材・執筆・編集:柳樂光隆江利川侑介 通訳:村上達郎


◉『Y'Y』のコンセプト

――このアルバム『Y’Y』のコンセプトから教えてください。

このアルバムは元々アマ―ロ・フレイタス・トリオの活動がベースになって始まっています。いわゆるブラジリアン・ジャズやアフリカン・ミュージック、そして先住民族の音楽の影響を取り入れた音楽をアマ―ロ・フレイタス・トリオを通じて作っていきたいという思いは当初からあったんです。それに今、先住民族の話題について触れる、話す、そして、それをポリリズムを使って表現する、ということは、いま世界で起きていることに対する、ある種自分の使命みたいなものだと感じています。

◉プリペアドピアノのこと

まず4年ほど前からアマーロ・フレイタス・トリオとして活動してきて、ある程度の達成感を覚えていました。それもあってジョン・ケージが使っていたようなプリペアドピアノというアイデアを意識し始めました。というのも実験性と言いますか、ピアノの可能性や自分の音楽的な可能性を広げていくことの重要性を感じていたからです。ただ、ジョン・ケージのことを勉強していくと、彼はピアノの中にネジなどのボルトやナットなど金属を入れて面白い音を出すような実験をしていたんです。でも、自分はピアノを傷つけてしまうようなものではなくて、もっとナチュラルなものでやってみようと思ったんです。ピアノを傷つけなければ、フェスティバルなどでも問題なく演奏できますしね。例えば木を入れたりと、自分なりの方法で少しずつ実験を始めていったので、これに関してはすごく長い実験期間がありました。音楽ってそういった実験的な試みから自分の音を探していくプロセスがすごく大事なことだと思っています。でも、ただの実験的なアルバムにもしたくない。音楽的にも完成されたものにしたかったのでテクスチャーにもすごくこだわり、長い期間に渡って実験を重ねました。例えばピアノの中に植物の種を入れたり、ギターで使われるイーボウという楽器を使ったり、おもちゃのドミノを使ったり、テープを貼ってみたり、それこそ洗濯バサミを入れたりとか。本当にいろんな実験を通じて自分の音、つまり、このアルバムの音にたどり着きました。

◉アマゾンへの関心とマナウスの先住民サテレ・マウェ族

パンデミック前の2020年4月、私は初めてマナウスのアマゾナス劇場で演奏しました。とても美しい劇場です。その場所に着いたとき、私はその壮大さに驚きました。まずサンパウロやリオ、ペルナンブーコと比べても、そこに住む人々や雰囲気が全く違うんです。ブラジルは広い国なので、場所によって人の顔からして全然違っていて、マナウスには先住民的な顔を持った人たちがたくさんいました。私はライブをした際にもうここから離れたくないと思うくらい、すごく愛着を抱き、マナウスに傾倒し始めました。そこでネグロ川ソロモンイス川といった川について現地の人から話を聞いているうちに、次第に先住民への関心が高まっていって、自分なりに研究したいと思うようになりました。

※黒っぽい水の色のネグロ川と茶色っぽい水の色のソロモンエス川がマナウスで合流している

2回目にマナウスに行ったのはアマゾナス・グリーン・ジャズ・フェスティバルという音楽フェスです。そこでも改めて凄く感動しました。その時は、前よりも現地の人ともっと深く話したいと思っていたので、マナウス大学の教授とコンタクトを取って、先住民サテレ・マウェ族の集落に行くことはできないかと相談してみました。そして、様々な先住民の方々、例えば先住民のなかでもアーティスティックな活動をしている人や、デザイナーなどモードに関わる人と話すことができて、彼らが持っている地球に関するアイデアや今世界が抱えている問題、それこそ温暖化や自然に対するリスペクトについて、話を聞くことができました。そこで感じたのはバランスをとることの重要性ですね。

それはやっぱり彼らと話していくだけではなくて、儀式や生活にも参加をして、ガラナ・ジュースの元となるガラナをそのまま飲んだり、蟻を使う儀式に参加したり、魚をそのまま食べたりして、彼らのことを深く理解しようとしました。そういった特別な経験をしていく中で新しいアルバムのアイデアや方向性が固まっていきました。

◉昔話や伝承のインスピレーション

今回のアルバムはサンバジャズではないし、そもそもジャズでもない。マラカトゥではないし、ボサノヴァでもない。当初は新しいアイデアを漠然と彼ら先住民の音楽性やスピリチュアル性みたいなものを使って表現したいと思っていました。一方でそういったアイデアを自分で所有したいわけではなくて、自分が黒人であることを意識した上で、彼らの声を表現できないかと考えました。あくまで私のアイデアに到着するまでの一つの手段として先住民の文化を用いてみようと試みました。黒人である私にとって何がベストな方法なのかと考えた時に、先住民が語り継いできた昔話やブラジルで広く知られている伝承を通じて、本当のブラジルもしくは元々のブラジルを表現することを目指すのがいいのではないかという結論に達しました。

アルバムの前半に出てくる曲名は、ほとんどが昔話や伝承に登場するキャラクターに対してのオマージュから作られています。「Mapinguari (Encantado da Mata)」「Uiara (Encantada da Água) - Vida e cura」「Encantados」は昔話や伝承へのオマージュです。

※Mapinguari:伝承に出てくる片目でお腹を空かせた毛むくじゃらの巨人
※Uiara:ブラジル神話に登場する美しい人魚。ピンク色のカワイルカの別名ともいわれる

◉ナナ・ヴァスコンセロスとリア・ヂ・イタマラカ

あと、「Viva Nana」ナナ・ヴァスコンセロスに捧げた曲です。ナナは先住民のアイデアを積極的に取り入れ、彼らに対してすごく理解のあったスピリチュアルな人でした。同時にアフリカ由来の文化や楽器も積極的に取り入れていた人です。そのナナに対してのオマージュとしてこの曲を作りました。

――ナナ・ヴァスコンセロスの名前が出ましたが、ナナ以外にアルバムを作るインスピレーションになったアーティストや作品はありましたか?

影響を受けたアーティストとして真っ先に二人思い浮かびます。まずはナナ・ヴァスコンセロス、もう一人はリア・ヂ・イタマラカという女性のアーティストです。アメリカのギタリストのジェフ・パーカーと一緒に制作した「Mar de Cirandeiras」という曲は、彼女に関する曲です。

ナナ・ヴァスコンセロスに関しては、彼は2016年に亡くなってしまい実際に会うことはできなかったんですが、ずっと好きで追いかけていましたし、尊敬をしていたアーティストです。今度のカーニバルでの演奏は、ナナ、そしてリア・ヂ・イタマラカへのトリビュートのライブとなる予定です。それくらいこの2人から受けた影響は大きいですね。

◉ミステリアスでスピリチュアルな伝承

同時にマラニャン州から受けた影響が大きいです。音楽的な面だけじゃなくて伝承や踊り、魔法・魔術に関することなどブラジル北東部が持つミステリアスな部分にすごく影響を受けました。マナウスにも通じる部分があるんじゃないかなと感じています。「Encantados」の曲名もそこから来ています。そもそもこの”エンカンタードス”とはある種の精霊のことです。特別な使命を持って地上に降りてきたスピリットみたいなもので、社会で起こっている問題を解決するためミッションを持って地上に降りてくるものだそうです。

ブラジルには『ボイ・ド・マラニャン』(Boi do Maranhao)という昔話があります。奴隷として連れてこられたアフリカ系ブラジル人の間で、妻が妊娠した時に牛の舌を切るという風習があったんです。それに対して彼らを支配していたヨーロッパ系の白人たちが怒って、奴隷たちにひどい仕打ちをしました。白人たちは牛をなんとかするために先住民を呼んだのですが、魔術を使っても回復させることはできなかった。その時に精霊エンカンタードスの一種のカズンバ( Cazumbá) が降りてきてその場を収めてくれた。という伝承があります。それを題材にこの曲を作りました。

――昔話や伝承ですか。今、世界中でそういうものを参照している音楽家が増えている気がします。昔話、伝承、神話などなど。

そもそも私たちミュージシャンは伝承の中の精霊に通じるような存在なんじゃないかと思うんですよね。ミュージシャンはステージで演奏している時、ただ人間として演奏してるわけではなくて目に見えない世界というか、精神的に繋がるものを音楽を通じて人々に伝えているような感覚があるからです。それはエンカンタードスと同じような役割なんじゃないかと感じます。私が演奏をしている時はもう憑依状態のような感じなんです。その時、普段は自分たちの目に見えないスピリットの世界に人々を接続しているような役割をしている気がします。先祖やスピリットや精霊などのいろんなものが音を通じて繋がっていると感じるんです。それはある種の治癒的な作用だったり、人々の心を豊かにしたり回復させたりするような作用だったり、乱れているエネルギーを調整するような役割だったり、そういうことを音楽によってやっている気がします。そういう特別な体験に関しては、精霊の伝承と似通った部分があるんじゃないかと思っています。

――さっきカズンバという言葉が出ましたが、前のアルバム『Sankofa』にも「Cazumba」という曲がありました。前作とも繋がっている部分があるんですね。

そうですね。2枚目のアルバム『Rasif』を作って、そのツアーを終えた時に今回のアルバム『Y’Y』の漠然とした構想が生まれました。というのも初めてのマナウスでの演奏やそこでの経験はすでに終えていたからです。さきほどのカズンバボイ・ド・マラニャン、ネグロ川やソロモンイス川の話もそうですが、マラニャンに伝わる食事、北東部やアマゾンの食事といった、そういった経験からの影響がこのアルバム『Y’Y』にはダイレクトに反映されているのですが、その経験自体はもう2枚目のアルバムのツアーを終えた時から始まっていたのです。プリペアドピアノなどの技術的な鍛錬も長い時間をかけたもので、それも『Rasif』のツアーの頃から意識的に続けていたので、『Y’Y』と『Sanfoka』に通じる部分があるのは、そんな理由ですね。

◉『Y'Y』におけるブラジル文化の解釈方法

――今まであなたが作ってきた音楽は、北東部に伝わるアフロ・ブラジレイロの音楽、つまりカンドンブレなどのアフロ系ブラジル人たちの儀式と強い関係があったと思います。そこではリズムが大きなトピックだった。でも、今作ではリズムとは違うところにもフォーカスされたサウンドだと感じました。それはマナウスの先住民の儀式や生活が反映されているから、音楽的にも違うものになった、ということですか?

『Y’Y』は前作『Sankofa』より、もっと複雑でもっとクリエイティブでいろんなレイヤーが混じり合って作られたアルバムです。その域に到達するまでたくさんの勉強をしましたし、とにかく時間を費やしていろんな実験をしてたどり着きました。そして、アマーロ・フレイタスという人間が持ついろいろな側面を複合的に取り入れました。

例えば8曲目の「Gloriosa」は母に対してのオマージュです。元々私はペルナンブーコの地方にある小さな町で育ったのですが、母がブラジルの中でもポピュラーなキリスト教の福音主義の信者だったので、母や家族と一緒によく讃美歌を歌っていました。そこで学んだのは、歌を通じて人々と一緒になり、人々が繋がること。精神的な部分も含めて繋がることで、皆で団結していくということでした。また、賛美歌には母との絆を含めた温かい思い出があります。今回はハープ奏者のブランディー・ヤンガーに参加してもらい、音が持つ温かいフィーリングを入れることで教会や母を思い出すようなサウンドにしました。同時にブラジルの先住民から受けた影響も入っています。 オーストラリアでライブをやった際には観客にこのメロディーを歌ってもらいながら演奏しました。人々と一緒に歌って団結するような教会から受けた影響が強い曲ですね。この曲について語るだけでも、アマーロ・フレイタス・トリオでのこれまでのアルバムや活動とは全然違うというか、もっと色んな層が深く混じっているアルバムだってことがわかると思います。

――他の曲はどんな感じかも話してもらってもいいですか?

4曲目の「Dança dos Martelos」に関してもポリリズムを使っているとはいえ、沈黙の使い方についてかなり考えて制作しています。マラカトゥをベースに考えている曲ではありながらも、いわゆるブラジルの伝統音楽としての既存のマラカトゥへの理解を反映しているわけではなくて、ブラジル音楽の持っている伝統や由緒正しき部分を壊していくというか、伝統的なものをオリジナルな方法で解釈していくことを目指したら、こんな曲になりました。とても静かに演奏している部分もあるし、対極的に攻撃的な演奏をしている部分もあります。すごく速く演奏している部分もあれば、対照的にゆっくり弾いている箇所もあります。マラカトゥや伝統をそのまま理解するのではなく自分の中で1回消化した上で全く違うサウンドとして作っていきました。例えば、洗濯バサミをピアノの中に入れて弦を挟んだ状態でマラカトゥの主旋律を表現したりしています。

9曲目の「Encantados」は即興的な音楽です。その場でしか生まれないもの、一緒に演奏しているときに複合的に表れるものを題材にしたいと思いました。私はセロニアス・モンクから強い影響を受けていて、モンクがほとんどの曲をファーストテイクで録音していたということにすごく共感しているんです。「Encantados」に関しては1度だけさらっとテーマをおさらいしてリハのようなものをした後、2回目の録音でこのトラックを完成させました。なので皆さんが聞いているこの9曲目はほとんどファーストテイクのようなものです。

7曲目の「Mar de Cirandeiras」はギタリストのジェフ・パーカーと共にリモートで時間をかけて制作しました。北東部地方に伝わるシランダという伝統音楽が持つカルチャーやリズムをそのまま理解・演奏しているのではなく、シランダという感覚がどういうものなのかを一回消化して、シランダを演奏しているときの感覚を表現したものがこの曲の形になっています。アルバムに総じて言えますが、文字通りや型通りに音を理解するのではなくて自分の中で消化してから新しい方法で作っています。

アルバムはオープンでいろんな面のアマーロ・フレイタスが表現されていて、いろいろな種類のブラジル音楽が語られているんですが、その中で1つラインとして繋がっているのはやはりブラジルとアフリカが繋がっていること。それをキーワードに世界と自分が繋がっていくような感覚があります。なので、日本やオーストラリアなど他の国に演奏に行った時も、現地のバンドを見たり、世界の音楽に常に興味を持つようにしたり、実際に現地に行った時にどういうコネクションを持つことができるのかを考えることも大事にしています。アマーロ・フレイタスという大きい目で見た時にいろんな面の色んなレイヤーの自分と世界が複雑に重なり合ってできているのがこのアルバムなんじゃないかなと思います。

◉ブラジル北東部の伝統音楽シランダに宿る意味

――シランダのシンガーのリア・ヂ・イタマラカの名前が出ました。ここでは彼女の音楽そのものというよりは「輪になってみんなで踊りながら歌うシランダの文化」や「シランダを取り巻く背景」がインスピレーションになっている気がしました。

リア・ヂ・イタマラカからの影響は9曲目の「Encantados」ですね。より具体的な話をすると、みんなで輪になって手をつないで歌うことはアフリカの文化からの影響とは切っても切れない関係だと思うんです。今作に参加してるミュージシャンもアフリカを起源に持ちながらも、いろんな形で世界各地に散らばっている人たちです。ここではアフリカの文化が世界中に広がっていったことをどういう風に表現するのか、世界中にいるアフリカ系の人たちとどんな風につながることができるのか、ということに焦点を当てました。1人はアメリカ(ハミッド・ドレイク)にいるし 、1人はイギリス(シャバカ・ハッチングス)にいるし、 もう1人はキューバ(アニエル・ソメイラン)にもいる。母なるアフリカに共通の起源を持つ人たちがどう繋がれるのかということから出発したいと思ったんです。そんな時にシランダのことを考えたら、手を差しのべる精神、人々に手を出す心の余裕、そして、自分から手を差し出す感覚、心をオープンにした時に人々が繋がっていくコネクションみたいなものを感じたんです。そして、そこは自分の音楽性と繋がる部分があるんじゃないかと思ったんですよね。

今作はある種の数珠繋ぎのようにアーティストが繋がっていった部分もありました。だから、アルバムを作りながら、自分が世界とつながっていくような感覚がありました。シランダの文化はある種のシンボルなんです。元々の起源がアフリカにあるというDNAに刻まれている記憶から、ブラジルに至って現在の記憶まで、つまり1人の人間としての記憶を超えた部分までを朧げに意識しながら、みんなで手をつないで歌う習慣・カルチャーはこのアルバムと通じると思います。長いスパンで見た祖先や過去に対しての理解やリスペクトを、シランダはシンボル的に持っていると私は理解しています。それに今回のアルバムでは世界中のアフリカン・ディアスポラと、しかも様々なジャンルが違う人たちと繋がっていったことがすごく面白かったんですが、それもまた人と繋がって輪になっていくシランダの持つシンボル的な部分に通じると思いますね。

◉シャバカ・ハッチングスとハミッド・ドレイク

――アフリカン・ディアスポラや自分たちのアフリカの祖先、アフリカ系の人たちが語り継いできた伝承や神話といったことに対して、シャバカ・ハッチングスはすごく詳しい人だと思います。だから、『Y’Y』には誰よりも適任だなと僕は思いました。シャバカとのエピソードも聞かせてもらっていいですか

私は元々シャバカのファンだったんです。YouTubeで NPR のライブを見て「本当にクレイジーだ、やばい!!」と思って、ずっと追いかけてきたアーティストなんです。彼との出会いのきっかけはロンドンのジャズカフェで私が演奏していた時に、シャバカのパートナーがライブに見に来てくれていたんです。ライブの後に「シャバカって知っている?私の夫なんだけど是非繋がってほしい」と言ってくれたので、是非繋げてほしいと答えました。それからしばらく連絡はなかったんですが、次にヨーロッパに行った時に連絡が来て「2日間、この日に録音があるんだけど来れない?」と言われました。シャバカがロンドンでレコーディングをしていた時のことで、私はイタリアにいたのですが、すぐにチケットを買ってロンドンに飛び立って、2日間の録音に参加しました。

――繋がるべくして繋がったんですね。そして、行動力すごい!

はい。では、これから言うことはすごく大事なことなので、よく聞いておいてください(笑)。私がスタジオに到着して「はじめまして」と挨拶をした後すぐに「じゃあこれから下に降りて録音しよう」となりました。「テーマさえ決まってないんだけど、とにかく30分間、録音するから、みんなで演奏しよう」とシャバカは言いました。「誰かが面白いアイディアを出したら、それについてってほしい。もしアマーロが面白いことをしたらみんなついていくから。大事なのは、みんながみんなを聞いて、集中してみんなのそれぞれの音に感覚を研ぎ澄ますこと。とにかく面白いアイデア、天才的なアイデアがあったらそこについて行ってくれ」と言われて、ほとんど何もわからないままスタジオに入って30分演奏したら、そこで感じたエネルギーが素晴らしかったんです。みんなが笑いながら一緒に演奏していて、自分が面白いリックを弾いたらみんながそこについてきて、どんどん曲として完成していきました。みんなでアイ・コンタクトしながら笑いながら、すごくいいエネルギーを感じながら録音が行われました。その30分の録音をすぐにスタジオで聞いたらシャバカが「素晴らしい!すぐにもう1曲やらない?」と。私とシャバカとの関係はこういった形で始まったんですよ。

――その話だけで他は説明してくれなくても『Y‘Y』のことがわかった気がします。ちなみにハミッド・ドレイクも参加していますよね。

ハミッド・ドレイクに関しては、2023年にピアノ・ソロのツアーでヨーロッパに行った際に、たまたまシャバカと一緒に(ミラノで)録音する機会があったんですけど、ハミッド・ドレイクも運よくオフだったので、ハミッドとも(ミラノで)録音できました。もともと彼とはマケドニアのジャズ・フェスティバルで知り合ったんです。自分のステージが終わった後に、誰かに肩を叩かれたので振り返ったらハミッドがいました。お互いもちろん認知していたので、思わずハグをしたのですが、1分間何も言わずにハグをしていたぐらい、特別なコネクションを感じたんです。シャバカとハミッドの2人との関係は本当に特別で、お互いに強い愛を持って接している関係なんですよね。

◉アマゾン、植民地主義、環境問題、人種差別

――ところで、今回のアルバムでの最大のトピックはブラジルの先住民のことです。今、アマゾンや先住民のことを語ると、それはそのまま植民地主義や環境問題や人種差別についても語らざるを得ないと思うんです。あなたは前回のインタビューでブラジルの先住民の活動家アイルトン・クレナッキのことも話していたので、そもそもあなたの中にはずっと先住民やアマゾンを通じて、植民地主義人種問題環境問題について考える問題意識があるんじゃないかと思います。

そうですね。短い期間とはいえアマゾンの先住民たちと過ごしたことですごく大事だなと思うのは、地球のバランスや調和について考えることです。

アマゾンや環境問題の研究をしている人たちが口をそろえて言っているのは「アマゾンに対する侵略や搾取が限界を超えている。そういった負の歴史はもう終わりにすべき」ということです。アマゾンには水を生産する植物を含む豊かな生態系が絶妙なバランスで存在しています。緑の集中量も世界中の地域の比率で見ても最大だし、水の生産量に関しても最大です。でも、アマゾンで生産される水の量とブラジルの南部、サンパウロやミナスなどで消費される水の量とのバランスが全く取れていないんです。需要と供給のバランスが崩れてしまっているのが現状です。ヘルシーな地球の環境を作るためには、新しい方向に取り組まなければいけないんです。環境汚染をしないこと、水や空気のことを考えて行動すること。

私は短い期間でしたが先住民との交流で感じた彼らの「自然に対するリスペクト」に強く触発されたんです。彼らと一緒に生活しながら、川で取った魚をそのまま食べたり、水の源泉に行って水を汲み取ったりしながら、彼らの習慣・生活にすごく 影響を受けました。

そして、我々は先住民から多くのことを学ぶことができるんじゃないかと思ったんです。人類はどんどん発達していって、テクノロジーも進んだ一方で、地球や未来の人類が持つ根本的なものに対してのリスペクトを失ってしまっているような気がします。それは今の自分たちの世代に対してだけでなく、今後の世代 、これからの子供たちの世代に対しても考えていかなければいけないことだと思います。人類はいろんなフェーズを経験してきたわけですが、今の私たちが抱えてる環境問題は今後の人類の存続に関わっていく問題なので、もっと真剣に考えることが大事だと思いますね。

※2021年のアマーロ・フレイタスのインタビュー

※2023年のアマーロ・フレイタス来日公演後の記事

※アマーロ・フレイタス『Y'Y』LP&CD

※アマーロ・フレイタス、6月に来日!

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