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Philip Bailey - Love Will Find A Way:フィリップ・ベイリーがロバート・グラスパーらを選んだ理由

フィリップ・ベイリーと言えば、アース・ウィンド&ファイア(以下EW&F)のヴォーカリストで、名曲「Fantasy」などでの印象的なファルセットでお馴染みだが、新作『Love Will Find a Way』ではロバート・グラスパーに、カマシ・ワシントンクリスチャン・スコットデリック・ホッジケンドリック・スコットと現代ジャズシーンの最重要人物たちとコラボレーションしていて、前情報の時点で驚いてしまった人も多いだろう。ただ、これにはそれなりの理由があり、このコラボレーションが驚きを伴うものでありつつも、自然なコラボレーションだった。その理由をここでは説明していこうと思う。

そもそもEW&Fはジャズと関係が深いグループだったというところから始めたい。まずリーダーのモーリス・ホワイトが元ジャズ・ドラマーなのだ。モーリスはソウルジャズの名ピアニストとして知られるラムゼイ・ルイス・トリオのメンバーとして、ラムゼイが60年代にCadetレーベルに残した傑作の多くで演奏している。ラムゼイの音楽にはジャズやソウルだけでなくゴスペルからの影響もかなり含まれていて、それをキャッチ―なサウンドに消化していたのは彼の大ヒット作『The in Crowd』を聴けば一目瞭然。またCadet期は作編曲家のリチャード・エヴァンスが関与していて、インストのジャズでありながら、どこかポップなサウンドが特徴だった。モーリスがEW&Fで成功する過程で、ラムゼイとの活動の影響がかなり大きかったのは間違いないだろう。

またモーリス周辺のシカゴのシーンにいたミュージシャンによって1971年に作られたPharaohs『AWAKENING』はEW&F前夜の興味深い作品だ。ファラオスはレアグルーヴとしても人気の荒々しいアフロ・ジャズ・ファンク・バンドで、ここにはEW&Fのメンバーが、後にラムゼイ・ルイス諸作やサン・ラ人脈として知られるアフロセントリックなジャズを演奏するフィル・コーラン諸作などにも起用されるジャズミュージシャンが集まっていた(おそらくEW&Fのアフロフューチャリズムはサン・ラのそれと繋がっていたのだろう)。他にもトロンボーンのアレキサンダー・トーマスはジェラルド・ウィルソン・オーケストラやドナルド・バードのバンドだったブラックバーズなどに参加していたりもする。

そう思って、初期のEW&Fを聴くと、かなりジャズの要素を持ったソウル/ファンクのサウンドなのだ。1975年にリリースされたライブ盤『Gratitude』にはその即興性が良く出ている。

後にポップなディスコ・サウンドで大成功するEW&Fだが、モーリスをはじめメンバーのキャリアを追いながら、最初期からその音楽性を見ていくと、ジャズやゴスペルからの影響の大きさが見えてくる。

そんなEW&Fに起用されるフィリップ・ベイリーもまたEW&F並みにハイブリッドな音楽性を持っている。4オクターブとも言われる声域があり、その強烈な歌唱力が売りのシンガーの彼のバイオグラフィーを見ると、

「カントリーやトップ10ラジオ、フォークミュージック、そしてジャズを聴いて育ち、その後、母親の友達のレコードコレクションからマイルス・デイヴィスとジョン・コルトレーンを発見した。」
 http://philipbailey.com/biography/

という記述があり、彼の中には様々な音楽があり、その中でもジャズはかなり大きな意味を持っていたと思われる。

そんなフィリップのソロ作品を追っていくと、その音楽性は変化しているものひとつの傾向が見えてくる。まずゴスペルの重要性だ。1983年のデビュー作の『Continuation』から始まり、翌1984年には『The Wonders Of His Love』『Chinese Wall』、1986年に『Triumph』『Inside Out』、1989年に『Family Affair』、1994年に『Philip Bailey』とコンスタントにリリースしているが、これには傾向があり、ポップ・アルバムとゴスペル・アルバムを交互にリリースしているのだ。

『The Wonders Of His Love』『Triumph』『Family Affair』はすべてゴスペル・アルバム。つまりフィリップ・ベイリーはゴスペル・シンガーなのだ。中でも『Triumph』ではグラミーのBest Male Gospel Performanceを受賞していることからも彼がアメリカを代表するゴスペルシンガーであることがわかる。そして、そのゴスペル・アルバムにはジョージ・デュークポール・ジャクソンJrカーク・ウェイラムと言ったジャズ~フュージョン~スムースジャズのプレイヤーたちが参加しているのだ。

そして、非ゴスペル・サイドはフィル・コリンズがプロデュースして大ヒットした『Chinese Wall』をはじめ、かなりポップではあるが、1983年のデビュー作の『Continuation』からジョージ・デュークのプロデュースだったり、それ以降もジョージ・デュークにダリル・ジョーンズオマ―・ハキムなど、フュージョン系のスタジオミュージシャンが起用されていて、ゴスペル・サイドとも共通している部分も少なくない。このあたりは当時の一流ミュージシャンを集めただけとも言えるが、彼が自身のサウンドに求める部分を示している気もする。

なぜ、そう感じるのかは、フィリップがゲストで参加している作品を見ていくとわかるだろう。ラムゼイ・ルイスは当然としても、ジーン・ハリスアルフォンソ・ジョンソンロニー・ロウズといったミュージシャンの作品に起用されていて、80年代以降はジョージ・デューク&スタンリー・クラークフォープレイ松居慶子ドック・パウエルジェラルド・ビーズリージェラルド・アルブライトボニー・ジェイムスケニーGまで、スムース・ジャズ系に起用されまくっている。極めつけは2017年のチック・コリア+スティーブ・ガッド・バンド『Chinese Butterfly』にボーカリストとして唯一起用され「Return To Forever」を歌っている。フィリップがフュージョン~スムース・ジャズのシーンでどれだけ高い評価を得ているかがわかるだろう。

そして、これが彼の音楽的な志向があるからこそであることは、1999年の『Dreams』と2002年の『Soul On Jazz』が示している。この2枚はジャズやフュージョン・レーベルのHeads Up Internationalからリリースされていて、テーマはズバリ「ジャズ」。

『Dreams』ではマーカス・ミラーグローヴァ―・ワシントンJrジョージ・デュークカーク・ウェイラムが参加。パット・メセニー「Something to Remind You」をカヴァーしている。

『Soul on Jazz』ではウェザー・リポート/ジョー・ザヴィヌルのフォロワーとしても知られる鍵盤奏者スコット・キンゼイボブ・ベルデンらが参加し、セロニアス・モンク「Ruby, My Dear」ジョー・ザヴィヌル「Mercy, Mercy, Mercy」ハービー・ハンコック「Tell Me a Bedtime Story」フレディー・ハバード「Red Clay」をカヴァーしている。ソロになってからのフィリップ・ベイリーはEW&Fでの活動でも中核を担うようになり、それを継続しながらも、自身の個人の活動ではEW&Fとはゴスペルとジャズを地道に追求してきた、とも言える。

前置きが長くなったが『Love Will Find a Way』がなぜ、こんなアルバムになったのかは、フィリップ・ベイリーのこれまでの活動とすべて繋がっているからであり、『Love Will Find a Way』はその2019年版であり、これまでの集大成的な作品とも言えるだろう。

まず、ジャズミュージシャンが参加していること、そして、彼らはソウルやファンク、R&B、ヒップホップをすべて身に付けたような汎アフロ・アメリカン・ミュージック=ブラックミュージック的なミュージシャンであること、そして、ジャズの要素を巧みに使いつつもポップなサウンドにも仕上げることができるミュージシャンでもあることはフィリップが共演を望んだ理由だろう。

そして、ロバート・グラスパーデリック・ホッジに関してはゴスペル出身で、ゴスペルのサウンドを現代のジャズの中に持ち込んでいるミュージシャンの筆頭だ。その2人とドラマーのケンドリック・スコットがこのアルバムのサウンドに強烈な印象を与えている。つまり、『Love Will Find a Way』はフィリップがこれまで行ってきたジャズとソウルとゴスペルなどのサウンドを現代のトップランナーたちと作り上げようとしたもの、ということになる。

ちなみにプロデューサー的な役割を担っているハーマン・ジャクソンスティービー・ワンダーからノーマン・コナーズ、更にはノーマン・ブラウンデイヴ・コーズボニー・ジェイムスなどのスムース・ジャズまでに参加する鍵盤奏者。スムースジャズの文脈も欠かさず入っているわけだ。

このアルバムのジャズ志向を示す1曲としてはマーヴィン・ゲイのカヴァー「Just To Keep You Satisfied」だろう。フィリップ自身はストリングスが美しいバラードだった原曲の歌唱を極力なぞりつつも、バックのサウンドに関してはアコースティックのピアノトリオに変えて、スウィングするウッドベースとブラシを使ったドラムを印象的に聴かせている。ストリングスに合わせてホーンを加えているのもジャズを意識してのことだろう。この曲は本作を象徴するアレンジと言っていい。

ただ、このアルバムの最大の聴きどころは「Billy Jack」「We’re a Winner」「Brooklyn Blues」「Sacred Sounds」でのグラスパー、デリック、ケンドリックのトリオだろう。フィリップがゴスペル系譜なのに、ドラマーにクリス・デイヴでもマーク・コレンバーグでもジャスティン・タイソンでもなく、ケンドリック・スコットを起用しているのが本作の狙いを明確に示している。本作にはブレイクビーツもネオソウルも聴こえてこない。つまりフィリップがヒップホップやネオソウルのテイストを取り入れたアルバムでは決してない。あくまでヒップホップやネオソウルを理解したプレイヤーたちによるジャズ~ソウル/ファンク的なサウンドなのだ。ケンドリック・スコットはスウィングそのものを叩くだけでなく、ソウルやファンクの中にもジャズのスウィングの欠片を込めている。それはプレイだけでなく、ドラムのセッティングにも表れていて、ジャズドラマー然とした音色が鳴っている。それがデリック・ホッジのベースラインと絡み合う。ただ、それらがフレッシュに聴こえるのはディアンジェロ『VooDoo』コモン『Like Water For Chocolate』ロイ・ハーグローヴ『Hard Groove』を手掛けたラッセル・エレヴァードがミックスを担当しているからだろう。近年だとディアンジェロ『Black Messiah』カマシ・ワシントン『Heaven and Earth』などが彼の仕事だ。シンプルなリズムでもドラムが立体的に聴こえるし、ドラムがかなり前面に配置された大胆なミックスでケンドリック・スコットのドラミングのテクスチャーの美しさが生々しく聴こえて、それがそのままアルバムの魅力にもなっている。その中ではロバート・グラスパーもジャズ・モードでソロを弾いているのが面白い。

ネオソウルと言えば、EW&Fは2004年にネオソウルやヒップホップに接近したアルバム『Illumination』をリリースしている。ここではラファエル・サディークマーシャ・アンブロージアスウィル・アイアムブライアン・マックナイトヴィクター・デュプレなどとコラボしていた。本作はそことの接続もできるかもしれない。ちなみにブライアン・マックナイトとは1994年のオーガニックなソウル/ファンク寄りな『Philip Bailey』でも共演していたりもする。

またチック・コリアのプロジェクトのリターン・トゥ・フォエヴァー『Light as a Feather』収録曲のカヴァー「You’re Everything」チック・コリアスティーブ・ガッドリオネル・ルエケらによるバンドでのフュージョンサウンドを。原曲ではアイアート・モレイラが叩くサンバのリズムの上をフローラ・プリムが歌うブラジリアン・フュージョンだったが、アレンジも歌唱もソウルフルにしたらスティーリー・ダン的なAORになったような面白い1曲に仕上がった。これは2017年のコリア=ガッド・バンドへの参加から繋がったものだろう。ちなみにEW&Fはブラジル音楽にも取り組んできたグループで1973年の『All 'N All』ではミルトン・ナシメント「Ponta De Areia」トニーニョ・オルタ「Beijo」「Brazilian Rhyme」という名のインタールードとしてカヴァーしていて、そこではフィリップのファルセットが炸裂している。ブラジリアンはフィリップのキャリアに紐づいているのだ。

「Stairway To The Stars」はヒップホップ畑からブラック・アイド・ピーズウィル・アイアムが参加。彼はEW&F『Illumination』に参加していた縁だろう。生音の使い方やオーガニックなアレンジも得意なプロデューサーで、セルジオ・メンデスサンタナなどにも起用されていて、ベテランをフレッシュに聴かせる職人のようなプロデューサーでもある。ウィル・アイアムによるアフリカンなビートとクリスチャン・マクブライドの極太のベースの上で、クリスチャン・スコットがスピリチュアルなソロを吹く。

そこからロバート・グラスパーが手掛けた「Brooklyn Blues」へと移行するが、ここではケンドリック・スコットの音響的とも言えるほぼパーカッションのようにドラムを使ったプレイと、ロバート・グラスパーが(ライブでも時折使う)カリンバのような音色のシンセでカリンバそのもののようなフレーズを重ねる。ちなみにカリンバと言えば、EW&Fが多用していたことでも有名だ。

そしてその後にはニューウェイブ期のロックバンドのトーキングヘッズフェラ・クティアフロビートにインスパイアされて作った「Once in a Lifetime」へと進んでいく。この曲はアフロポップの女王アンジェリーク・キジョーが2018年に発表した『Remain In Light』の中でピノ・パラディーノを起用してネオソウル化してカヴァーしている。

このアルバムに裏テーマがあるとすればそれは「アフリカ」だろう。ロバート・グラスパーとのコラボのオープニング「Billy Jack」の原曲はカーティス・メイフィールドによるスロウなファンクだが、これをフェラ・クティ系譜のアフロビートをジャズよりアレンジにしたような曲で、ここからアルバムが始まるのは象徴的だ。カーティスの原曲のパーカッションに含まれるアフリカ性を拡張したものとも言えるかもしれない。


アビー・リンカーンの名唱で知られ、マックス・ローチもカヴァーしている「Long As You’re Living」もデューク・エリントンのジャングル・サウンドを思わせるアフリカン・テイストのビッグバンドのようなアレンジだ。これはケニー・バロンアダム・ロジャースクリスチャン・マクブライドが参加していて、オーセンティックなジャズを志向している。ケニー・バロンのソロやヴォイシングが珠玉だし、クリスチャン・サンズからソニー・ロリンズまでに起用される若手ドラマーのジェローム・ジェニングスのドラムがジャズドラマーならではのアート・ブレイキー的なレイドバックしたグルーヴなのも見事だ。

そして、最後に収録されている「Love Will Find A Way」ファラオ・サンダースが1977年にアフロアメリカンによるハードコアなインディペンデント・レーベルのインディア・ナビゲーション(India Navigation)からリリースした『Pharoah』に収録されている。原曲はアフリカ的なパーカッションとドラムの上でひたすら繰り返されるギターのフレーズが瞑想的なアレンジで、それをパーカッションがベースになっているアレンジは引き継ぎつつ、ケイシー・ベンジャミンのヴォコーダーを効果的に使い、メロウ且つチルなサウンドに仕上げている。

これらを深読みするとすれば、アフロフューチャリズムをポップなファンクやディスコの中で追求してきたEW&Fの活動へのリスペクトであり、同時にアフロアメリカンとして自身のルーツへの意識ということになるだろうか。アメリカでの黒人の人種問題をテーマにしたカーティス・メイフィールド『There's No Place Like America Today』収録曲から始まるのもそれを示しているし、これらをひたすら美しいフィリップのファルセットを駆使したボーカルによりスロウでメロウな楽曲として表現しているのも重要だ。こんなに美しく、同時にやさしく、穏やかな中にアフリカを思わせる要素が宿るジャズのアルバムを僕は知らない。

フィリップ・ベイリーはこれまでに素晴らしい作品は残してきたが、ここまでのアルバムは作っていないと思う。しかも、このアルバムは普遍性と同時代性を兼ね備えている。それはロバート・グラスパーをはじめとした現代のミュージシャンたちが作り上げるサウンドが、ジャズでもソウルでもファンクでもなく、もはや汎アフロ・アメリカン・ミュージックとして機能できるまでに進化し、洗練されたことは理由として挙げられるかもしれない。そして、そんなサウンドの中で自在に歌を乗せることができ、ビラルのような脂ののったテクニカルなシンガーと並んでも自身の声を主張できるフィリップ・ベイリーのその歌の確かさがあるからこそそれが可能になるのだろう。

フィリップ・ベイリーはボストンのバークリー音大から名誉博士号を授与されている。

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Philip Bailey - Love Will Find A Way:フィリップ・ベイリーがロバート・グラスパーらを選んだ理由

柳樂光隆

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柳樂光隆

79年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。『MILES:Reimagined』、21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など

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音楽評論家 柳樂光隆によるディスクレビューです。 即興的にディスクレビューを書いた「Disc Review without Preparation」が多めで、たまに長文のレビューがあります。
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