JTNC4_H1修正

《Jazz The New Chapter 4 for Web》カリーム・リギンス『THE HEADNOD SUITE』 ーー Sensory Percussionという新たな武器が生演奏ドラミングとサンプリングの境界を溶かしていく

『Jazz The New Chapter 4』カリーム・リギンスのインタビューが掲載されています。ぜひ併せてごらんください。

コモン『Black America Again』のプロデューサーでもあり、ロイ・ハーグローヴエスペランサ・スポルディングレイ・ブラウンマルグリュー・ミラーなどの作品でも起用されていたジャズドラマーでもあるカリーム・リギンスの新作『THE HEADNOD SUITE』が想像以上にすごい。

ただ、さらっと聴いただけだと、ただのブレイクビーツにしか聴こえないかもしれない。しかもスムースで実に心地よいビート集だ。その完成度はかなりのもの。一見引っ掛かりはない。

ただ、明らかに違和感がある。最初に聴いたときに、音色やドラムの質感がどこかおかしいと感じた。で、かなり繊細に、というか、意識的に虫眼鏡で覗くようにして聴いてみたら、おかしいところが沢山あることに気付く。もうね、確実にいろいろおかしい。とりあえず、生ドラムとサンプリングの境界が不思議なことになってる。

まず、カリーム・リギンスのことを説明すると彼はもともと生演奏ヒップホップ的な人というイメージではなかった。かなりトラディショナルな4ビート系のジャズドラマーで、安定感抜群のステディーなリズムの中で繊細に変化を付けていくタイプだった。その実力を買われて、ダイアナ・クラールのようなメジャーなボーカリストや、オスカー・ピーターソンのような重鎮ともプレイしていた。ヒップホップに全く関心がなくて、トラディショナルなジャズにしか関心がないミュージシャンに実はかなり人気がある。

その一方で、その合間になぜかコモンの作品に関わっていたり、ニコラス・ペイトンが打ち込みのビートを使った作品を作った時にはそこでビートメイクを担当していたりもした。

ちなみにコモンがホワイトハウスでライブを行った際のドラマーもカリーム・リギンスだった。

マッドリブのプロジェクトのイエスタデイズ・ニュー・クインテット『Yesterdays Universe: Prepare For A New Yesterday』にも参加したりしていたし

ビートメイカーのJロックとのコンビでビートと生ドラムとのライブパフォーマンスを行ったりもしていた。

ビートはというと、ツアーの合間に地道に作り上げていたとのことで、カリームは、ジャズドラマーとしての活動とは全く別の場所で打ち込みのビートを作ったり、ヒップホップのシーンで活動したりしていた。つまり、ロバート・グラスパーやクリス・デイヴのように派手にジャンルを横断してみせるようなタイプではなくて、割と地味ではあるのだが、それだけ地道に積み上げてきた人もであるともいえる。

そのカリームが2012年にストーンズスロウからビート集『Alone Together』をリリース。そこから彼のヒップホップ側での存在が大きくクローズアップされ始めたと言ってもいい。「え、これ、オーセンティックなジャズドラマーが作ったの?!」というクオリティに驚いたのは言うまでもない。

そして、2017年、久々に出た2ndがこの『Headnod Suite』だ。

このアルバムでは、カリームが、そのトラディショナルなジャズの世界で培ってきた繊細なテクニックを活かすことができるような、つまり、ピアノトリオのリズムを担う際に、シンバルレガートでスウィングしていた時と同じようなノリのブレイクビーツを作りたかったんじゃないかなと僕は思った。まさにカリーム・リギンスがマルグリュー・ミラーレイ・ブラウンたちとピアノトリオで演奏していた時に見せていた職人芸と同じような感覚を味わえるようなヒップホップアルバムとも言えるかもしれない。前作を遥かに上回る洗練度には驚いた。「Tandoor heat」などではループするようなビートをいちいちワンループごとに組み替えているのか、その場でMPC叩いているのかはわからないが、ループ感は残しながら微妙におかずを入れていて、まるでドラマーが叩いたかのような変化をさり気なく挟んでいるし、終盤の「Never Come Close」や「cia」「Keep It On 」「Fluture」あたりは全て生演奏っぽくも聴こえるが、どこまでが生演奏でどこまでサンプリングなのかよくわからない。「Fluture」は所々で音量も響きも微妙に違うから生演奏のようにも聞こえるが...といった具合。とりあえず、普通に聴いていても何をやっているかわからない。

ところで、カリームは、最近、ドラムセットにセンサーを付けてドラミングの微細な違いを読み取り生ドラムの特性を生かしながらビートを作れるソフトSensory Percussionを駆使している。
※以下の動画でどんなものかを確認してみてほしい。ドラマー必見!

つまり、ドラムプレイの技術をそのまま活かして、サンプラーをドラムのように繊細に叩き分けることが出来るこの機材の使用により、サンプラーやエフェクターをそのままドラムの形のままで、ドラムセットに組み込むことができるようになったことで、生演奏のサウンドとプログラミングのサウンドの境界がさらに曖昧になり、自身がドラマーとして身に着けてきた技術/肉体をそのまま使って、生演奏とビートの関係をさらに追及できるようになった。そして、このドラム型の機材の使用がドラマーに新たな身体的な可能性を呼び起こす可能性もある。このSensory Percussionがカリームのサウンドを別の次元に押し上げたことは容易に想像できる。機材の進化がミュージシャンを刺激している。

『Headnod Suite』(※ここで全曲試聴可 ➡ karriem-riggins.bandcamp/headnod-suite )を聴いていると、あまりにナチュラルで気持よくどんどん通り過ぎてい。ただ、一方で、生演奏やサンプリングの境目がよくわからなくなっていて、聴けば聴くほど不思議な気持ちになる。こんな感覚のヒップホップアルバムって今まであったっけと思う。ここには目に見えて変態的だったり、歪んだりズレたりはしていないけど、そのスムースさの中に驚異的な(手法や文脈における)捻じれが潜んでいて、そのスムースさこそが異常なんだと思う。実はこのアルバムはかなり新しいサウンドなんじゃないかと思う。それはおそらく様々なキャリアを重ねてきたことや、Sensory Percussionという新たなテクノロジーを得たことなどが生んだことなのだろう。カリームの中で打ち込みと生ドラムのブレンドに関する進化や工夫やイマジネーションがこの数年で飛躍的に増幅しているのではないだろうか。

つまり、本作は、前作を遥かに超えてきただけでじゃなくて、かなりすごいものが出来ちゃったんじゃないかと僕は思っている。そして、このアルバムを聴いてから、コモン『Black America Again』を聴くとまた発見がありそうだとも。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

※この後、テキストは何も書いてませんが、この記事に100円の価値があると思ったら、投げ銭をお願いします。おそらく僕のCD代に消えます。

ここから先は

22字 / 1画像

¥ 100

面白かったら投げ銭をいただけるとうれしいです。