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世界の終わり #1-7 プレミア

 三日後の深夜、ぼくらは中国州の玖波漁港から漁船に乗って海上を進み、沖合で船を二度乗りかえて、九州東部に位置する小さな港から九州上陸を果たした。
 港の近くには古びたワゴン車が用意されていたが、これは前回の上陸時に近くの民家から盗んで、荒木が修理したものらしい。船で運んだガソリンを給油して、余ったぶんの携行缶は荷物入れに積み、ぼくと荒木と板野の三人で、ワゴン車に乗りこんだ。
 荒木は過去に何回も九州に上陸してレアなフィギュアの収集――というか窃盗を働いてきたらしく、上陸後の行動は迅速冷静で手際がよかった。藤枝店長からはクズと罵られた荒木だが、頼りがいのある行動派で、持参しておくべき品々や注意すべき点などをリストアップして教えてくれるといった気の利く男でもあった。不安で仕様がないぼくが矢継ぎ早に繰りだす質問には嫌な顔を見せずに答えてくれたし、藤枝店長の元で働いていたとは思えないほど、親切な態度で接してくれている。それでいてリーダー面して威張ることもない出来た人間である――というのは、少々褒めすぎだろうか。
 ぼく自身、これまで出会ってきた人たちがみな極端な性格ばかりだったから、荒木の見せる好ましい面に過剰反応しているのかもしれないが、荒木には尊敬の意を持って接するべきだろうとは思う。
 しかしながらぼくは初対面時に交わしたタメ口状態を持続して、生意気な口を利いている。
 一度だけ敬語で話したことがあるのだが、「フランクに話してくれ。状況に応じて喋りかたを変えるのは面倒だろ」といわれたこともあって、それっきりだ。
 一方で板野は、終始遠慮ないタメ口を利いている。
 荒木に限らず、もちろん、ぼくに対しても。

 最初の目的地として考えている福岡市の南区へ着くには、九州の真ん中にある九州山地を越えるしかなかった。大分、別府、小倉と海沿いの道を通れば移動は楽だが、大通りの移動は自衛軍の車両と遭遇する確率が高いので、否が応でも山越えという手段を選ばざるを得なかったのだ。
 五ヶ瀬川沿いに作られた見通しの悪い旧道を走って、高千穂、高森、南阿蘇を通過する。途中、土砂崩れが起こっている危険な場所があったが、無事に通り抜けることができたのは幸運といえるだろう。
 自衛軍が使用している熊本空港や自衛軍駐屯地周辺を避けて福岡入りしたころには太陽が完全に沈んでいたので、山道にワゴンをとめて車内で一夜をすごすことにした。漆黒の闇の中のヘッドライトほど目立つものはないから、夜間走行は避けて然るべきなのだ。
 ところで、ここまで自衛軍はもちろんのこと、九州内に蔓延っているグールの姿すらぼくらは一度も目にしなかった。窓の外の風景に注意を払っていたものの、人のかたちをしたものは、古びた看板に描かれたイラストの類いだけだった。危険極まりない旅を想像していただけに物足りなさを覚えてしまったが、人のいなくなった土地なのだから、まぁこんなものかもしれない。
 予想外に平穏だった九州。
 遭遇したのは群れをなした野犬と、野生化した黒毛和牛くらいで、本当にグールの脅威は蔓延しているのだろうかと疑いの念を抱いてしまったほどだ。
 ただし翌日の早朝、自衛軍小郡駐屯地を避けようと筑後平野を横断して佐賀方面に向かう途中で、路上を歩いているグール数体と遭遇した。
 遠目ではあったが、一目見てそれが人でなくなったグールであるのがわかった。
 禍々しくて忌まわしい。グールの姿は醜く、とてつもなく恐ろしく感じた。
 噛みつかれるとあのような姿になってしまうのだ。
 無事に目的を果たし、無事に九州からでられますように――と、無宗教ながらも目を閉じて空を仰ぎ、神様にお願いをしたのは、荒木たちには内緒である。

 半日かけて、ようやく到着した福岡市内。途中、荒木が理由を告げずにワゴン車をとめてひとり降車し、とある住宅の中へ入って行くという出来事があったが、戻ってくるなり、トイレを借りたんだよと説明して、すぐさま車を発進させた。姿を消していた時間は五分にも満たなかったので、嘘はついていないのかもしれないが、怪しいことこのうえない。
 しかしぼくはあえてなにも尋ねなかった。
 人それぞれ事情や理由ってモノがあるだろうし、なによりもその場、その状況で、揉めたくなかったからだ。
 自衛軍が多いと聞く市内の道を車で走る度胸はなかったので、ワゴン車は郊外に建つ病院の駐車場にとめた。病院からは、盗んだ自転車にまたがり、一時間ほどかけて峰岸邸へとやってきたわけだが――まさか最初の訪問先で、家主と遭遇するなんて思ってもいなかった。

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