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Freshman 15

英語に"Freshman 15"という言葉がある。大学1年生が実家を離れて寮生活をすると、1年で15パウンド(7kg)増える、ということ。寮の部屋にはキッチンはないので、学食か外食ばかりで高カロリーな食生活になる。

わたしも留学してすぐ、見事にFreshman 15、いや院生15になった。部屋にミニ冷蔵庫と電気コンロは揃えたけれど、水を使えるのがバスルームだけだったので、洗い物がものすごく苦痛だった。そして悪いことに寮の隣においしい中華のキッチンカーとクレープのキッチンカーがあった。

課題に追われて、部屋にこもってばかりいるうちに音を立てるように太った。食事は必要なことで、その間だけは勉強が中断しても仕方ない、という逃避行動だったのだと思う。日本から持ってきた服もブーツも合わなくなって、ますます外に出たくなくなった。

どんよりしてゆくわたしに、同じく留学生のペギーがどうしたのか聞いてくれた。太って自分が嫌になっていく。でも忙しくて運動する暇もないんだ、と言うと、今晩ジムに一緒に行こう!とペギーは言った。読まなきゃいけない本がたくさんあるんだよ、と抵抗すると、そんなの皆同じ。皆ジムで勉強してるよ、と言う。

夜8時ごろ大学のジムへ行くと、確かにかなりの学生がエアロバイクを漕ぎながら、クライマーを踏みながら、教科書を開いていた。何か聴きながらローイング(ボート漕ぎマシン)をしている人も勉強しているのかもしれない。

それからペギーは、ほぼ毎晩わたしをジムへ連れて行った。ペギーの教会の集まりがある晩以外は、隙あらばさぼろうとするわたしを絶対に連れて行った。行けば1、2時間は運動してしまう。そのうちにジムに持っていけるようにこれを読んでこれをまとめておこう、と考えるようになって生活にリズムが生まれた。ジムに満ちる前向きな空気や、ペギーの真っ白な歯の笑顔に元気をもらった。

短期間でついた脂肪は、割と落としやすいのかもしれない。4か月もすると体重は戻った。ペギーは看護学部の学生だったので、だんだん病院実習が増えて、会えなくなっていった。そのうちにわたしにはボーイフレンドができて(今の夫)、寮を出て彼と暮らすことになった。

卒業して数年後、結婚式の招待メールが来た。ペギーの故郷のマレーシアでの結婚式。前撮りをしたウェディングドレスの写真つき。小麦色の肌と真っ白な歯の笑顔に白いドレスがよく似合っていた。行けないけど、お幸せに。わたしも幸せだよ。お腹が大きいわたしの写真を送ります。これは太ったんじゃないからね。



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