何もしないメソッドの絶大な効果

私たちは小さい頃から努力しなさい、頑張りなさい、怠惰はダメだ、
正しくありなさいというような教育を受けてきた。
もちろん一度きりの人生、限られた時間を無駄にはしたくない。
だけど、それらの教え自体が自分はまだまだだという観念の植え付けになっていることも往往にして起こる。
私の経験上、自分はまだまだだと思っている状態で物事を進めても、永遠に終らないレースの中にいるような感覚になる。
1つ達成しても一瞬の満足でまた自分はまだまだ足りない。という思いがやって来て、自分自身に満たされないまま日々を過ごすことになる。
私は、New Yorkに住んでから、しばらく、自分に何ができるだろう、来たからには何かを形にしなければ。と焦る思いと同時に言語や生活自体に慣れない自分とで無価値感のようなものを感じては苦しい気持ちになって過ごしていた。
それと同時に、ただここに住めている事実、ただ街を歩き、街並みを眺めるだけで幸せな気持ちになった。
きっと両方が必要なんだろうけど、私はどういう心の状態で居たいんだろう?と疑問に思った。
私は、日々を過ごす。ではなく、日々を暮らしたい。と気づいた。
過ごす。というのはどんな状態であれやり過ごす。イメージ。
暮らす。は何気ない生活自体を丁寧に味わい、愛でて楽しみ心を満たすこと。
New Yorkerは切磋琢磨して生きてる人も多いんだけど、日々リラックスして買い物している人、お茶している人、子供と遊んでいる人、ピクニックしている人たちなどが、楽しんで暮らしている姿が本当にキラキラして見えた。
気づいたら私もそんなゆったりとした暮らしが自分にとても合っていて、自分らしくあれているんだとわかった。

私にとって充実した人生って、自分が惹かれる、ワクワクする、満たされる時間を人生の中でどれだけ増やすかだと思う。
それはとてもシンプルで小さなことの中に隠れてたりする。
それを見つけられるスキルをみんな持っているけど忘れているだけだと思う。
それを思い出すためには、何もしない時間を持つこと。
それが習慣化すると、みるみる五感が冴えてくる。
毎日同じコーヒーでもこんなに美味しかったかと気づいたり、
小鳥の声がとてもおもしろかったり心地よかったりして、心が満たされてずっと聴いていれたり。
匂いにも敏感になって、ただ何も持っていなかったはずの自分が、こんなに永遠楽しめるんだと気づく。
もちろん生きていくめにはやらなければいけない事があるけど、何もせずゆっくり過ごすことってこんなにも生き生きとできることだと。
もはや何もしてないというより感覚と遊んで自分を満たす重大な作業かもね。
多くの日本人には意味のわからんことだと思うけど、こんな視点もあると知って欲しい。
きっとゆっくりしたい人は少なくないはず。
病気というのは、それをしなさすぎた時に強制的にさせるために起こることだったりすると思う。
私は何もしないを自分に許して、日々するようになってから、人生がとても彩豊かになりました。
心も安定し、体も健康。”何もしない”の効果だと思ってる。


写真は最近撮ったHawaiiでの風景。
Hawaiiの人たちも何もせず五感を使って日々楽しむことが本当に上手😚


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