特発性脊柱側弯症手術から7カ月

※側弯症手術後の過去の日記の残す作業。
ほとほと、自分の強さに励まされる。すげーよ……。


長い長い冬休みが終わる。

特発性脊柱側弯症手術から7ヶ月

お互いに迷惑になるだろうと、先月末までは、90%退職することを決意していた。仕事ともっと向き合うためにと最初に働いていた職場に戻り1年後。病気で長期休みとなり、自分の中では不完全燃焼。

今までとは、まったく違う職場への異動の話を貰い、
「あっ、楽しそうかも」の気持ちを信じて来週から職場復帰決定!


この7ヶ月、使えない人間は必要ないだろうと感じられる心ない対応をされたり。痛みでエレベーターを使用すると若いのに…っていう目で見られることもあった。

エレベーターの中で、電動車イスと酸素を使用したじぃさまが動くのを待っていると「どうぞ、お先に」と言われたけれど、病気で早く歩けないんで、どうぞというと、ちょっとしたお互いの病気話をして和んだこともあった。


カフェへの寄り道を前と同じように楽しめる時間
誰かと一緒に同じスピードで歩けるまで回復した喜び
行けないかもと思っていたライブや毎年の恒例行事への参加

行ってみたいやってみたいを、楽しむことができた達成感。

できることがひとつひとつ増えていく。

病気になったからこそ、出会えた場所や人もたくさんできた。

時には、やりすぎたり、遊びすぎて次の日は疲れで1日つぶれることもあるけれど(笑)

「どうにかなる!!どうにかできる!!」

そこにむかえる自分がいることが、何より自信となれた。

楽しいと思うことをまず楽しみ
今の自分に何ができて、何が足りなくて、何がしたいのか

新しいことにどんどんチャレンジし、ひとつひとつを積み重ねて

くそな不安はたくさんあるが、
それすらも楽しむ勢いでNewロボエマ始動開始!!

変わらず日々邁進!!

ぐろいのでポップに編集して載せていた笑


※私が14歳に発症した特発性脊柱側弯症。原因不明。手術が必要な可能性が出てくる40度以上の側弯は0.1%以下 。
その時期の医療は成長が止まれば進行しないというものでした。だが、私は20度も進行した。専門医でなければ、レントゲンを撮っていても手術が必要かはわかりません。若ければ若いほど手術からの回復はもっと早い。自分の変化をみるためと、この病気を持っている人の何かしらのヒントにならないかと1ヶ月毎に近況を書いています。周りに受診せずに放置している人がいれば、専門医にかかることをおすすめしてくれるとありがたい。

伝えたい現実

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