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「生きている私たち凄いね!」 と でっかい声で褒め讃えよう。

noteのお友達のコノエミズさん(https://note.com/mizukakonoeda)が、『自分で自分を褒める企画』をやってらしたので私もやってみたくなった!

⇩こちらの企画です。

私の古里では昔、「我が身褒めるは一の陀羅(ダラ)、我が子褒めるは二の陀羅」と言われていた。

「自分を褒める人は一番のアホで、自分の子供を褒めるのはそれに次ぐアホ」という意味だ。「天狗になってはいけない」と、謙虚さを推奨する戒めの格言だと思ってきたが、本当のところはどうなのだろう?

せっかく他人が褒めようとしているのに、他人から褒めてもらう前に自分で自分を褒めてしまったら、他人から褒めてもらうチャンスを失うことになる。だから、「他人に褒めてもらえるまで待て」という戒めなのかもしれないとも思う。

ところが、謙虚でもなく、待つことも苦手な私はしょっちゅう「私って凄いわあ」と”自分”を褒める言葉を口にしてきた。そして、その度に、周りの友人から「自分褒めるは一の陀羅」と笑われたものだ。

”自分”を褒めると言っても、”自分がしたことがすごい”と言う意味ではなく、”自分に起こったことが凄い”と言う意味だったのだが、その真の意味を理解してくれる人はいなかったように思う。

私には、「私に起こること」は私が起こしたのではなく、「目には見えない何か大いなるものが私に起こしてくれたこと」として客観的に眺める癖があった。

例えば、外に出ようとしたらさっきまで土砂降りだった雨がピタッと止んだ時や、締め切りに絶対間に合わないと思っていた原稿が、ちょうど間に合うように仕上がった時なんかに、、雨を止ませてくれたり原稿を書き上げてくれた大いなるものに「私って凄いわあ」と言って褒めたたえた。

大いなるものを褒め称えるのに「私って凄いわあ」と言うから誤解を生む。

実は、「私って凄いわあ」は「私」と「大いなるもの」を混同しているセリフだ。

正確には、「私(の周りで私の現実を作っている大いなるもの)って凄いわあ!」だ。

このセリフの、(の周りで私の現実を作っている大いなるもの)を省くと「私って凄いわあ!」となるわけだ。

私の感覚では、雨を止ませたのが私でないように原稿をかきあげたのも私ではない。

「雨を止ませたのはあなたではないけど、原稿を書き上げたのはあなたでしょう。」という声が聞こえてきそうだが、そうではない。

雨を止ませたのも原稿を書き上げたのも同じ存在、「目には見えない大いなるもの」なのだ。

その大いなるものを褒め称えるのに大事なところを省いて、「私って凄いわあ」と言うからそれを聞いた人に、「この人また自分を褒めているわ」と思われてきた。・・・


おっと!「自分を褒める」と聞いて、それについて書こうと思ったら、ついつい昔のことを思い出して前置きが長くなってしまった。

さて、そろそろ本日の「自分を褒める」にチャレンジしてみよう!

今の私の脳裏に私を褒め称えるどんな言葉が出てくるだろう・・・

・・・

・・・

・・・

まずは、

朝、目が覚めて凄い!

息をしてて凄い!

身体のどこにも痛みがなくて凄い!

おしっこがでて凄い!

と、ここまで書いて、

「凄い」のレベルが低さに気がついた。

これでいいのか?

そう気がついても、やっぱり思い浮かんでくるのは、

似たようなレベルのことだ。

「山が綺麗だ」って思えて凄い。

「木の枝が風に揺れてて凄い。」

「みんな元気で凄い。」

「あら! 生きてるって凄いじゃない!」

そう思っていると、

背伸びがしたくなり、

背伸びをすると呼吸が深くなり、

「この空気が吸えるって凄いわあ。」ってことになった。

他のことは何も浮かばない。

そして、気がついた。

私がいつも幸福感の中で暮らしていけてるのは「自分を褒めるレベルが低い」からではないかと・・・


・・・

いや、違う。

そうではない。

そうではないかも。

例え何かを上手にできたとしても・・例えば、世界一上手に絵が描けたとしても、世界一早く走れたとしても、どんなに美人だったとしても、おそらく息ができること、生きていること以上に凄いことなんかないのだ。

生きて息ができていることの凄さに比べたら、その上で成り立っている他の全てのことの凄さはずっと小さくて全部五十歩百歩だ。

そんな気がしてきた。

反対だった。

息ができていることほど、凄さのレベルの高いものはない。


息ができないと、何もできない。

呼吸は当たり前にできているから凄いことだと気がつかないけど、当たり前ではない。

息をしたいと思ってもできなくなる日がいつかは来る・・必ず来るんだ。

そうしたら、呼吸すること以外の他の全てもできなくなる。

私が自分を褒め称えるべき一番は

今呼吸していること。

それを忘れてはいけない。


息をして生きている私とみんな。

息をさせてくれて生かしてくれている大いなるもの・・


「生きている私たち凄いね!」

「生かされている私たち凄いね!」と

まずは、私たちみんなをでっかい声で褒め讃えよう。


※写真は、私の呼吸を深く上質なものにしてくれる真正ラベンダー精油。私が、呼吸をいつのまにか普通に意識するようになり、普通に深い呼吸をするようになったのはのは、この会社のこの精油のおかげです。

ということで、

このカタも褒めます。

ブルーダルジャン社のラベンダーさん、いつも私の呼吸を良いものにしてくれてありがとう。

あなたってやっぱり凄いわ!(^^)


最後になりましたが、この素晴らしい企画を作ってくださった川の森千都子さんに心から感謝いたします。

川の森千都子さん、

ありがとうございました。










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