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たまちゃんの思い出

この写真の猫、昔、私の実家で飼っていた猫のたまちゃんに似ている。

私が大学に行ってて実家から離れていたとき、うちの両親が親戚から子猫を預かっていて、その子猫に情が移ってしまい、そのまま飼うことになったという。

◇◇◇

大学時代、夏休みに帰省したら、うちに猫が居たので、私はものすごく驚いた。

うちの家族の仲間になったその猫は、玄関をがらりと開けた私を見つけて、何処からともなく突然飛びかかってきた。

「ギャー!」と私が悲鳴を上げると、奥から出てきた母が「あら、たまちゃん、飛びついたらダメよー」と小さな子供に諭すようにその猫に語りかけた。

「え?たま…?」

それが私とたまとの出会いだった。

その後、夜、私が布団に入ると、たまがまた何処からともなく部屋に入ってきて、しばらくじーと私の方を見ていたけど、すぐに低姿勢になってお尻を振り振りし、布団から出ている私の頭部めがけて「フンギャー」と飛び掛かってきた。

爪で引っかかれて、怖いし痛いし、思わず「ギャー!」と私がまた悲鳴をあげると、母がすっ飛んできて、

「たま!いけません!おねえちゃんが寝ているのに、飛び掛かったらダメでしょう!」と、やっぱり子供を相手にするように真剣に叱り、たまを抱きかかえて居間へ連れて行った。

きっと、当時のたまはまだ子供だったから、私を相手にして遊んでいるつもりだったのだと思う。

でも、この時の印象があまりに強すぎて、それから私はたまを恐れるようになった。

◇◇◇

やがて大学を卒業して実家に戻ってきたら、たまはすっかり大人になっていた。

以前のように私に飛び掛かることは無くなり、所作もずいぶん落ち着いてきた。こうなると、私もたまを恐れる気持ちが徐々に薄れていった。

この頃の私は、ほどよい距離感を保ちながら、たまと共存共栄して暮らしていた。

たまは時々、玄関の下駄箱の上で、まるで置物のようにポーズを決めて座っていたり、また、仕事の休憩で居間に戻ってきた父の膝の上に乗り、父に顎の下をナデナデしてもらっていた。

また、冬になると炬燵の中で寝ている時があり、知らずにうっかり足を炬燵に突っ込んで、たまにがぶりと噛まれることが何度かあった。

日本の猫…典型的な姿である。

居間でくつろいでいると、たまは私の膝にも時々乗っかってくるときがあり、そのまま放って知らんぷりしていると、「おい!ナデナデしろよ」と言わんばかりに私の手を噛んでくる。(甘噛みだけど)

すると、私は何だかたまに叱られているような気分になり、私は父のまねをして、たまの顎の下をよく撫でてあげた。

ところが、その撫で方が気に入らないと、たまはイラッとした表情になり、「しっかり撫でろよ」と言わんばかりに、やっぱり私の手をがぶりと噛んでくる。

甘噛みなので、傷にはならないけど、それでも痛いので、「ごめんなさい」と謝って、たまが満足して私の膝から出て行くまで、ずーとナデナデし続けたのだった。

この時の力関係は「たま」だった(汗)。

最初の出会いから、私は完全にたまより下の立場だった。

◇◇◇

その後、私は今の夫と出会って、結婚することとなった。

ところが、夫は猫が怖くて苦手な人だった。

初めて私の実家を訪れたとき、この家の主のようにデーンと構えて堂々と座っているたまに恐れを感じたらしい。

ちなみに、夫が猫嫌いになったのは、夫の母親(私の今の姑)のお影響らしい。なんでも、姑がまだ子供だった頃、近所で猫に憑りつかれて狂ってしまい、猫のような言動をするようになった人がいたそうな…。(←昭和初期の戦前の話)。姑曰く、その人は成人した人だったそうで「猫のようにミャーミャー鳴いて、しぐさも猫そのものやった。あれを見たら、猫に憑りつかれたらどうしようと怖くなり、猫が嫌いになった」とのこと。

そんなことってあるのか?…と私は驚いたけど、昔の日本には、そういう猟奇的なことがあったのかもしれない。

そりゃあ、猫に憑りつかれて、精神が完全に猫になってしまった人を見たら、子供ならトラウマになってもおかしくない…。

そんな母親の影響を受けて、夫も猫が怖くて苦手になったそうだ。

◇◇◇

そんな夫と結婚し、時々、私の実家に行くと、母がごはんを準備してくれることが度々あった。

ちょうど今頃の季節、秋の休日に夫と実家に行くと、お昼ご飯を準備してくれていて、おかずが焼いた秋刀魚だった。

大きな秋刀魚がまるごと一匹、一人一人に与えられ、「わー美味しそう」と皆で食卓についた。

うちはテーブルではなく、座卓で正座してご飯を食べる。

その日も、当然、昔のホームドラマのように皆で正座してごはんを食べていた。

すると、そこにたまが登場。

皆が秋刀魚を食べているのを見て、自分も食べたくなったらしい…。

たまはぐるりと家族の顔を見て、なんと夫に狙いを定めた。(従順そうに見えたのかもしれない)

たまは夫の横にピタリとついて、可愛い声を出し、頭を夫の足にスリスリと擦りつけて甘え、秋刀魚をおねだりした。

ところが、夫はたまのこの行動にビビってしまい、身体が硬直している。

どう対処していいか分からず、固まっている。固まりながらぎこちなく、ごはんを黙々と食べていた。

そんな夫の様子を見て、しまった!と感じた母が、「こら!たまちゃん!こっちにきなさい!」とたまを叱り、「私の秋刀魚を分けてあげるから、こっちにおいで!」とたまを呼んだ。

しかし、たまは夫から秋刀魚を分けてほしいようだった。もう夫の横から離れない。

何度もおねだりするのに、全く秋刀魚を分けてくれない夫に業を煮やしたのか、たまは夫の腕に爪を当てて、(軽く甘噛みだけど)腕を噛んだのだった。

「・・・・・!!!」

そんなたまの暴挙?に、声にならない声を挙げて、目を白黒させている夫。

恐怖で顔が引きつっているが、両親が可愛がっているたまのことを悪く言うことができず、一生懸命に平静を装っていた。

母はそんな二人のやりとり(正確には一人と一匹)を見て、慌てて

「あれー。〇〇さん(夫の名前)、ごめんね。怖かったでしょう…。」

「こら!たま!お行儀が悪い!お客さんになんてことをするの!」

…と大きな声を上げ、夫に謝り、たまを厳しく叱って抱きかかえ、自分のところに連行していった。

その後、たまは母に抱きかかえられて動けなくなり、私たちは穏やかに食事を済ませることができた。

◇◇◇

とまぁ、こんなこと(秋刀魚事件)があった日の夜、夫は、その日、私の実家であった出来事を姑に話していた。

夫の話によると…

「たまが秋刀魚が欲しい…と言って、俺をじーと睨みつけてきてなぁ…。たまにじーと見つめられて、俺も体が硬直してしまい、怖くてたまらなかったよ。」

「そのうちにたまが俺の横に来て、身体をスリスリしてきたと思ったら、突然、俺の腕をひっかいてきてガブリと噛みついたんやさ!」

…と、夫は姑に語った。

私は、(…ん?ちょっと大げさに言っていないか??)と思ったけど、

そんな夫の話を聞いて、姑は

「ひゃあー怖い!怖い!そんな恐ろしいこと、私には絶対に無理!!猫はやっぱり恐ろしい生き物やー!」と叫び、恐怖におののいていた。

夫も、「そうやさ、猫は魔物や…。俺もものすごく怖かった…」と言っていた。

たまの話で、真面目に真剣に恐怖を味わっている姑と、実際にたまと触れ合い怖い思いをした夫。

おいおい、こんなところで意気投合してどうするんじゃ?

あほらしい…。私は呆れてしまった。

それにしても…。

ここまで猫嫌いな親子も珍しいのではないか?

私も衝撃的な出会いから、若干、たまが怖いと感じているけど、でも器量は良いし、自分の意志をしっかり持って生きている猫だと思うし、そう悪くはないと思うけどな…。

いつか夫もたまと心を打ち解ける日が来るかもしれない。

そんなことをふと思ったのだった。

◇◇◇

こうして、たまは長いこと、私の実家の大切な家族の一員であった。

つづく

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