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平面からはみ出す光の彫刻 土門拳、細江英公、佐藤時啓–山形の写真家

人の名前は一番短い「詩」だと誰かが言ったが、山形出身の3人の写真家の名前はどこかポエティックでロマンティックな響きがする。土門拳(どもんけん)、細江英公(ほそええいこう)、佐藤時啓(さとうときひろ)。おそらく何世紀経っても、写真史に名を残す人たちだ。2019年の9月、初めて山形の酒田市を訪れたので、その写真も交えながら山形の写真家について語ろうと思う。

リアリズムの鬼才、土門拳と写真美術館

日本初の写真専門の美術館は山形にある。1983年に開館した土門拳記念館だ。(東京都写真美術館は1990年に一部開館、1995年に全体が開館。)一人の名前を冠につけた美術館としてもレアなケースで、それが存命のうちに出来てしまうのだから世界的に見ても稀だろう。この美術館には友人のイサム・ノグチや亀倉雄策も関わっており、彼らの尽力を見ることができるのも楽しみ方の一つになる。

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土門拳記念館ホームページよりhttp://www.domonken-kinenkan.jp/information/

土門拳記念館の上の写真を見て、既視感を感じた人はとても勘がいい。晴れの日には建物が湖面に反射する演出は、1980年代以降に数多くの美術館を手がけた建築家谷口吉生(たにぐちよしお)だと分かる。

2019年8月に私が「あいちトリエンナーレ」で訪れた豊田市美術館と比較してみよう。空が青すぎて気を取られたので、湖面をしっかり写していないが美術館の水面に対する反射は谷口吉生の特徴だ。

豊田市美術館

話を戻すと、私が土門拳記念館を訪れたとき、ちょうど草月流の初代家元である勅使河原蒼風(1900-1979)のいけばなの写真展があっており、以下のような写真を見ることができた。もちろん撮ったのは土門拳。

土門は蒼風のいけばなの作品を写真に残しているが、自分が気に入らなければ決してシャッターを切らず、蒼風も作品を壊してすぐに生け直したという。撮影はまさに二人の巨匠の戦いであった。

勅使河原

勅使河原2

勅使河原3

草月流と言えば、2019年10月16日〜12月15日に東京オペラシティギャラリーで開催されたカミーユ・アンロ『蛇を踏む』展でコラボしていた前衛的な生け花の流派だ。

この根から切り離してしまった植物、いつかは朽ちて腐ってしまいそうな木材を用いた芸術作品はどこか緊迫感がある。

土門拳は、勅使河原蒼風と亀倉雄策(1915-1997)と親交が深く三兄弟と呼ばれるほどだったらしい。

その勅使河原蒼風の息子、勅使河原宏も以下のような庭を作品として残している。川で水切りができそうな平たい(しかし水切りに使用するには大きすぎる)石を穏やかな川に見立てて、敷き詰めた庭。緩やかな坂になっており、時間が経てばこちら側に流れてきそうな不思議な感じだった。来館者は椅子に座り、椅子に座るまでの人生を振り返る。

庭

庭《流れ》勅使河原 宏 (草月流家元・映画監督)

昭和の芸術史を詰め込んだような写真家、細江英公

森山大道さんや細江英公さんというのはそれはそれは長い間第一線にいらっしゃるので、「写真界のレジェンド」だと思う。歴史上の人物のような方が令和の時代までご活躍されているのだから驚きを隠せない。

細江英公については、私はまだまだ知らないことがありすぎるので、多くは語れない。しかし、細江が三島由紀夫や澁澤龍彦と近かった人物であったことはこの週末で残されたインタビューや記事で知ることができた。細江について知るには、生前の三島由紀夫の裸体を撮った『薔薇刑』は絶対に外せないだろう。私も一度だけ見たことがあるが、モノクロに輝く三島の筋肉が凶器のように感じられて、死に向かう彼のナルシシズムにゾワゾワしてしまった。

もう一冊挙げるとするならば『鎌鼬』。1960年代の安保闘争で混迷を極める時代に、アングラ文化の寵児として名を馳せていた舞踏家の土方巽(ひじかたたつみ)を主人公に撮った写真集だ。

東北の原風景に奇怪なムーブをする土方巽が唐突に投げ込まれ、絶妙なコントラストが生まれている。

(下のアマゾンのリンクに掲載されている写真は普及版だが)この写真集は、装丁を田中一光、ポスターを横尾忠則、宣伝文を澁澤龍彦が担当しておりその当時のトップアーティストが細江に協力していることが分かる。

余談だが、土門や細江のような人物は、同時代にあれだけ活躍していた岡本太郎とは少し距離があったのだろうという想像を膨らませながら文献を読むと面白い。

蛍の光を集めたような現代アート、佐藤時啓

私は佐藤時啓の写真が好きだ。2019年9月1日〜12月27日に六本木のフジフィルム・スクエアで開催された『覚醒する写真たち』展で彼の作品を初めて見て恋に落ちた感覚と同じで頭が彼の作品で一杯になった。

これだけ多くの写真家たちが、様々な表現方法を試してきて、もう誰かの真似にしかならないのではないか。そう思いかけていた時に、初めて佐藤時啓の作品を見て、これだけ強烈な作家性を持った写真家がいるのかと心が震えた。

佐藤は下のような大きなペンライトを筆のように使って、闇の中に一定のリズムで蛍の光のような、幻想的な光の集合体を作っていく。

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まだこの写真集は見ていないのだが、次の誕生日には買いたいなと思っている。

山形には、前例を疑い、壊し、創造する写真家がなぜ多く生まれたのか。平面をはみ出すような光の彫刻とも言えるような写真を残すことができたのか。3人の写真家について知るとまた新潟駅から「特急いなほ」に乗って山形に行きたくなった。



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