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【創作小説】すみれ色のレジスタンス

「その意見、間違っている! 」

私は、大声で発言した。
根岸中学1年A組36番。境めぐみ。私は、この学級ではクラス中に知らない者もない論客だ。

正義感の強い、前期の学級委員長だった。
議題は「給食係」について。
私は、重いメイン食運搬係をいつも林田さんに任せているのに反対の意見をだした。

林田さんは、クラスでも背が高く、一部クラスの者の中では、「背が高いから」と、一方的に1年近くもメイン食運搬係を任されていた。

メイン食は、1番重い。

このカラクリの首謀者はいる。黒田さんだ。黒田さんは、以前から林田さんを虐めていた。林田さんが一学期、黒田さんより上の成績をとってからだ。

林田さんは、今日、熱を出し早退した。

「皆に推薦されてなっているんだから、皆に任されている、ということだよ。それだけ、信頼されてるんだ」
虐めの仲間に加わっている岩中という男子が、手を挙げずに発言する。

「それ、わけ分からない理屈ね。背が高いから、必ずしも力持ち? 背が高いから信頼して重いもの持たせるの? なんの関係があるの? それに、他の背が高い人たち、重いメイン食を持ってないわね? 男子の方が普通、力があるのに。男子も持たない、ってのは何? おかしくない? 」
私は、斬り込んだ。

男子の中でも人気者の桐原充は、へらへら笑っている。
「そんな大した問題じゃないじゃん。これまで通り、皆で楽しく過ごせばいいんだよ」
「楽しくですって!? 」
私は、睨みつけた。
「この一年、あなた達は楽しくても、林田さんは、楽しかったとでもいうの? 皆が楽しく過ごしてる間に、林田さんは辛くなかったというの? 仲間外れにされて、辛く当たられて。そうやって、笑ってる人はいいけど、それは、林田さんみたいに重いもの持ったり、耐えている人がいるからでしょ? 」

皆は、私の剣幕にビックリ。

「1日のごみ捨て当番も大抵林田さんじゃない。そういう風に人に任せて『事なかれ』してるのを卑怯者っていうんじゃない!? 」
私は、さらに机を平手で叩く。
「境さん、落ち着いて。今、給食係の話し合いだから」
と、今の学級委員長が抑える。

「……はい」

私は、取り敢えず引き下がった。けど、もうやめたくなった。正しいことを言うのも、議論を戦わせるのも。

私は、これまで正しいことを言ってきた。けれど、言えば言うほど、人は遠のく。女なのに気が強い、と敬遠される。正しいことを言っても受け入れられない。私は孤立する。

(もう、やめよう……)

その学年はしばらくして終わった。

次の学年。2年になると、私は普段の授業でも、クラス会でも、もう意見を言うことは無かった。
不思議とその途端に、私は陰でモテ始めたとか。
数少ないクラスの友人の談だった。
私は、余計に男子への失望を募らせた。

(大人しそうなコだといいって訳?)

5年程経った。

私は、浪人して予備校にいた。
倫理・哲学の分野に惹かれ、できるだけ難しい大学で、それらを学びたかった。
私は、程々の大学の文学部へは現役で受かっていたが、どうしても上のレベルの大学へ行きたかった。
それが、もう既に私の心の支えになっていた。
私は、世の中に失望していた。倫理や哲学を学んで、まともに人の道徳について、学んでいる人たちの間に居たかった。

予備校で、あの桐原充に再び出会った。

出会いたくもなかったが、同じクラスだった。
桐原は、毎日の英単語の小テストを毎回赤点ギリギリで通っていた。

私は、横目で見て、桐原を無視していた。

ある日、偶然、予備校の自習室で一緒になった桐原が話しかけてきた。
「よっ! 境。中学以来だな」
「あなたが、SELECTコースに入れるなんて知らなかったわ、桐原くん」
私は、嫌味たっぷりに。
SELECTコースは、いわゆる選抜クラス。今、私と桐原が所属している。
「俺、M大学目指してるんだ」
「家が、近いわね。通うのに無理ないところ。貴方らしいわ」
ますます、スパイスをぴりりと効かせて。
「俺、法学部に行くんだ」
私は、ノートにペンを走らせる手を止めた。(法学部……? らしくない。ちゃらちゃらと遊べる学部へ行くのかと思った)。
「俺、弁護士になりたいんだ」
なんとはなしに、私は、桐原のほうをじっと見た。
「俺、*国選弁護人を主にやる弁護士になりたいんだ。ウンと勉強して困った人の強い味方になりたい。金持ちの味方じゃなくて、弁護士も雇えないような貧乏な人たちの強い味方にね。中学のあのとき、境が言った一言が効いてるんだ」
私は、面食らって桐原をじーっと見ていた。
桐原は続ける。
「林田の給食係の話のときさ。
あれは、効いた。俺は、卑怯者になりたくない。境みたいな強い正義の味方になりたいんだよ」
私は、桐原をじっと見た。まさか、あれを覚えているとは。
「『卑怯者』。あの一言はホントに効いたよ。俺は『卑怯者』には、なりたくない。そう思ったんだ」
「……よく、喋るわね。弁護士、……向いてるんじゃない? 」
私は、柄にもなくお世辞をいった。窓の外の景色はきらきら輝いていた。
初夏の浅い緑が、木漏れ日を勢いよく反射していた。



               おわり



©2023.12.17.山田えみこ

*国選弁護人
ーー貧困などの理由により、弁護人を雇えない被告が、国が費用を負担して、裁判所や裁判長、裁判官の指名により、弁護士をつけてもらう制度による弁護人。

トップ画像は、メイプル楓さんの
   「みんなのフォトギャラリー」より
    お世話になっております。


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