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2023年1月22日 主日

下記は2023年1月22日(主日)に書いた日記です。


教会の舞台に肘をつけ、跪いて祈った。涙がポロポロ溢れてきた。「神様あなたに感謝します。」「神様は、私に全てを与えてくださいました。もう、求めるものはありません。私の全ては、あなたが与えてくれました。」その気持ちが溢れてきた。神様に、こんなにも感謝している。私に、失うものはもはや何もない。そういう祈りだった。涙がぽとぽとと落ち、誰かが私の肩に手を当てて祈ってくれていた。でも、本当は、誰の助けもいらない、祈りだった。その人に私が何を祈って欲しいか聞かれた時、私は泣きながら「I got everything from God. 」それがありがたくて、ありがたくて、と話した。すると、「Gratitudeなのね」と言って祈ってくれた。



礼拝の後、Garath(牧師)が声をかけてくれた。彼の奥さんMich、そしてAZと私を囲んで話をした。「なぜAu-Pairを辞めるのか?」「住むところは決まったの?仕事はあるの?」私は答えた。「住む場所も仕事も決まっていません。もしそれが、神様の御心ならば、私は従います。もし、私がSelfishなことを言っても良いのなら、私は、もうこれ以上Au-Pairをしたくはないのです。」と答えた。また続けて、「でも私はこの決断をする前に神様に祈っていないのです」と言うと、Michが「そうならば、尚更、神様のタイミングを待つ必要があるわ。私たちのタイミングが神様のタイミングとは限らないもの。神様はあなたをNaomiの家に送った。それには意味があったのよ。あなたにはあなたの役目がまだ残っているかもしれない。もう少し、次のところが決まるまではNaomiの家でAuーPairを続けたらどう?」


「・・・」

どこから話そうか考えた後、私は泣いて訴えた。「もうやりたくない」、「Au-Pairもちゃんとした仕事。でも、前は日本や中国で立派な仕事をしていた。」「私は自分のプライドがあるのです。」「もちろん、分かっています。」色々言った。


それでもMichは「子どもの世話は大変。自分の時間が削られるのは私も経験しているからわかる。でも、全ては子どものためになっている。」


私は泣きながら訴えた。「私は、Au-Pairなんだ。家族は、家族。私はAu-Pairの他何でもないんだ。」私が涙をポロポロ流しながら話していると、二人の男性牧師(一人はトレーニング中)は席を立った。Michは私の肩に手を当てて聞いてくれていた。

「家族の間で何かあったの?」

「いいえ。家族はとてもLovelyです。」


でも、なぜ家を離れるかと聞かれた時、私は泣きながら言った。

「子どもの世話をするとき、子どもはなんでも言えるんです。」

「あなたに失礼な態度をとったってこと?そしたら、Naomiに言えばいいじゃない?」

「子どものお母さんは、子どものお母さんなんです。私のお母さんではないのです。私は子どもに叫び怒られて、子どものお母さんに叫び怒られるんです。私は、間にいるんです。」

この間、いっぱい泣いた。


そして二人の牧師が戻ってくると、皆で祈った。私は泣きながら祈った。Garath, Mich, Azが次々に私のために祈ってくれたあと、私はNaomiさんのために祈った。私だけの祈りではなく、三名の先輩方に祈ってもらい、乞うた。

祈ってる間も、涙がぽたぽたと零れ落ちていった。そのとき、自分の自己中心に決めてしまった決断が、神様に赦しを乞うことで赦されたのだ、と感じた。私が自分中心に決めてしまった決断を、今回は後からになってしまったのだが、神様に謝り、そして今回は私の願いを聞き入れてくださったのだ、と感じた。


祈りの後、GarathとMichの家にお邪魔して自分で作ったサンドイッチを食べた。一緒のものを一緒に食べるのと、違う感じだが、同じ時間を共にした。


Garathは私に、9月からの教会のトレーニングに申請するのではなく、9月からSt Mellisに行った方がいいといった。でも、9月までもう少し時間があるので、祈ってみようと思う。


家に帰ってからも悲しくなって、泣いた。ここでは詳しく書かないが、私をAu-Pairとしてではなく、ただ、彼ら(この家に住む人々)と同じように見て欲しかった。私だって、忙しい。私だって、自分の人生がある。私だって。。。それが、Au―Pairという家のために働き、同じ家に住んでいる人にとっては、その権利が侵害されやすいということを学んだ。


仕事とプライベートを分けにくい。いつどんな時も頼み事ができる。家族の誰からも。そのような環境の下で、本当の自由を手に入れられる時は尊く、難しい。そのもどかしさに涙がポロポロ流れてくるのだ。私を、一人のあなたと同じ忙しい、プラベートの生活のある人としてみてほしい。それだけを私は望んでいるのだ。今までこのようなポジションにいたことのなかった私は、果たして周りの方々全てを尊敬できていたか、考えさせられた機会でもあった。どんな職業についている人も、尊い。あなたと同じように忙しい。あなたと同じように、プライベートの時間があるし、必要。それを簡単に侵害することは、たとえあなたが雇用主であっても、そうでなくてもあってはならないこと。人から自分の自由の権利が侵害される時、泣けるほど、辛かった。悔しかった。Au―Pairは私の今の肩書きかもしれないが、私の全てではない。私は、えみだ。えみなのだ。


人の権利を奪うということは、こんなにも簡単にできてしまい、目に見えないほど気づきにくいということ。あからさまな暴力でもない。でもこれは確実に暴力の一つだと思う。7歳の子どもでさえ、その立ち位置から、私をいじめることだってできるのだ。そのことがどんなに私を失望させ、傷つけ、涙を流させたのだろう。


朝着替えさせる時、7歳の子どもに意味もなく怒られ、叫んで怒られ、私は何でこんなこともできないのかと叱られ、そんな朝、私は涙を静かに流しながら、彼女の部屋で窓の外を見つめていた。「いつかきっと」「いつかきっと出ていける」そう願っていた。


プールの個室で着替えさせる時、椅子の上に立ち私より背の高くなった彼女は私の頭に濡れたタオルを投げ捨てる。濡れた足を見せて、拭いて靴下を履かせてという。朝はトイレの中から私の名を呼び、お尻を拭いてという。私は、「従う」。私は、自分が何なのか、考えない日はなかった。積もり、積もり、それは先週私はこの仕事を辞めるということに至った。


他にも、プールの個室で、「あなたに関係のないことを言っている時はあなたは笑ってはダメ。」「なぜ?じゃあ私はずっと笑ってはいけないの?」「笑っていい時しか笑ってはダメ。あなたが笑う時じゃない時は笑ってはダメ。」「どうしたらそれがわかるの?」「そんなの知らないよ!」

その日は流石にその言葉を許すことができず、7歳の彼女を問い詰めた。「ハナがわからないなら、お母さんに聞いてみる」そういうと「だめ」と言って泣き出した。「なんで聞いちゃいけないの?」というと「お母さんが私に叫ぶから」という。「もしあなたが間違ったことをしていなければ、お母さんも叫ばないでしょう。」彼女は家に着くまで泣いて機嫌を悪くしていた。自分のしていること、言ったことが間違っていると分かっていながらも、それを受け止めることができないようだった。私はその日、本当にお母さんに起こったことを言おうと思ったが、やめた。次の日また、ハナを起こすために部屋のドアを開けた。


辛い。そして、可愛い7歳のこともに言葉で傷つけられる私は、惨めで、でも怒り返すこともできず、ただただ、耐えることしかできなかった。お母さんに言っても、お母さんはあくまでも子どものお母さんであり、最終的には全てAu-Pairである私が悪いのだ。私はあくまでも、家族「外」の人。それが、辛かった。辛くて、辛くて。誰にも話せなかった。教会の人にも。地元の教会なので、お母さんのことを周りの人にいうことはよくないと思った。そして一応守秘義務というか、家族内部、家の中で起こったことを他の人に話すのはよくないと思った。前職で学んだ守秘義務がなんだかこんなところでも身についている。


だから、誰にも話せなかった。辛い気持ちは積もり積もって、先週の金曜日私はこの家を出ていくとNaomiさんに伝えたのだ。もうこれ以上やっていけない。限界だった。


でもそれは神様の合図を待たずに決めてしまったことだった。


そして今日祈った。神様は私の過ちを赦してくれた。私が家を出て引っ越すことを赦してくれた。教会の方々は私と共に祈ってくれた。


私は、涙脆いかもしれない。でも、神様の前で何も繕うものはなく、ただ弱い自分をお見せして、赦しと神様の御心を知ることを乞うことしか私にはできない。そしてその祈りが、今日聞かれたのだった。





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