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「メイドインジャパン」アパレルの現実とこれから

「メイドインジャパン」の服、着てますか?
高品質のイメージはあるけどそう言えば最近あまり見ないかも……という人が多いのではないでしょうか。

実はいま、「メイドインジャパン」が危機に瀕しています。

ユニクロやZOZOが躍進し、日本の次世代アパレル企業が注目を浴びていますが、彼らが発注するのは中国や東南アジアの工場。カジュアル服の生産はほとんど海外に主戦場が移り、国内の大規模工場は姿を消しました。小~中規模工場はまだ頑張っていますが、人材不足や需要の低下でピンチです。

高品質のメイドインジャパンイメージは間違っていません。ひとつひとつこだわりを持って丁寧に縫い上げた日本製品は本当に素晴らしく、世界に誇れるものだと思います。私は、この価値ある製品をこのまま消えさせず、日本の重要な産業として復活させたい。でもそのためには、まず今の厳しい現実を受け止めねばなりません。

このnoteは、気づかぬうちに覇気を失った「メイドインジャパン」アパレルの裏側について、その実態をお伝えし、その上で復活の道を探っていこうというものです。

申し遅れましたが、ファッションデザイナーの江森と申します。オーダースーツからカジュアルまで、20のブランドで32年間服作りに関わってきました。noteをお使いの皆さんからするとオッサンですが、デザイナーとして長くやってきた者の目から、アパレル業界について知ってほしいことを発信していくつもりです。よろしくお願いいたします。

日本の縫製業の現在地

ひとくちに日本製の服をつくる工場と言っても扱っているものも大きさもバラバラなわけですが、縫製工場をすごく乱暴に従業員数で分けると次のような分類ができます。

大規模工場:500人~・・・主にカジュアル服の大量生産
中規模工場:100~200人度・・・現在だとオーダースーツなどに対応
小規模工場:数名~数十名程度・・・特化した技能を持ち個別の仕事に対応

大規模工場は海外に仕事を奪われ、ほぼ消滅
かつて安定して日本製アパレルが生産されていた頃は500人~の大規模工場が何箇所もありましたが、現在この規模の工場はほぼすでに壊滅しています。ユニクロが海外工場の低原価を武器に「低価格かつそれなりの品質」を実現して以来、大手カジュアルブランドは日本の工賃ベースの原価で戦うことが不可能になり、揃って海外に発注するようになったからです。

生き残っている中小規模の工場はどうでしょうか?

人材面と品質面で苦境に立たされる中小規模工場

近年オーダースーツが人気となり、100~200人の中規模工場では、オーダースーツの仕事が多くなっています。現在は安定して仕事のある工場も多いですが、その未来が明るいとは言えません。小規模工場は個別の事情が多いため一概に言えませんが、やはり課題は山積みです。
ここではわかりやすく中規模工場を中心に課題を見ていきます。

新規参入がなく、人材不足&高齢化
日本の一次産業・二次産業では共通の悩みですが、人材の新規参入がありません。仕事を海外に奪われ、低賃金。仮に仕事があっても納品優先で、忙しければ土日出社もあり……というネガティブイメージが新しい人を入りづらくさせています。あわせて高齢化も刻々とすすんでおり、私が今お付き合いしている工場も、このままいけば10年後は無くなってしまうのではないか……という危機感も感じています。

外国人技能実習生で人材不足を補う現場
地方の工場では今話題の外国人技能実習生(一昔前は中国人、今は主に東南アジア人)を使って労働力を確保している現実もあります。メイドインジャパンだけど日本人が作っていない、というケースもそれなりにあるわけです。こうしたその場しのぎの人材確保で、高い品質が保たれるかと聞かれれば、疑問だと言わざるを得ません。

設備投資できない国内工場と積極投資をする中国工場
先細りする日本工場と成長性のある中国工場では、設備投資のレベル差もあります。私が実際に見た例では、日本の中規模の工場では500万の設備投資に何ヶ月も悩んでいました。一方で中国の大規模工場では、某日本のIT×アパレルの会社からの依頼をさばくため、10億の追加投資をして設備の大幅なIT化に踏み込んでいました。

仕事・後継者ともに将来的な不安があり投資の回収がほとんど見込めない日本と、成長産業で人も設備もどんどん投資ができる海外。その差はどんどん開き、品質面にも影響を及ぼしています。

台頭する東南アジア工場と、中国工場の高価格軸へのピボット
安価・大量生産の代名詞であった中国工場でも今は、ベトナム、インドネシア、フィリピンなどの東南アジアの工場に仕事が奪われています。

上海や北京、大連など都市部近郊の工場はすでに人件費が高騰し、安い工場ではなくなっています。青山やAOKIなどの吊るし売りスーツのメーカーはほとんどが人件費の安い東南アジア縫製です。こうした大手の流入にともない東南アジアの縫製レベルも上がっています。
(逆に、東南アジアの工場では安い工賃で大量の要求をさばかねばならず、人権問題も絡んでくる根深い労働問題がありますが、、、それはまた別のnoteで。)

一方で中国都市部の工場も仕事を奪われる現状をただ見過ごすのではなく、日本で人気のあるオーダースーツ工場への転換をするなどして、高価格高品質の仕事を日本から奪い取るための積極的な営業活動で生き残りを図っています。彼らにとっても日本の工場の姿は明日の我が身であり必死なのです。

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メイドインジャパンに未来はあるか?

いろいろ厳しい現実をあげてきましたが、日本の工場に未来はあるのでしょうか? それについて個人的な見解を述べてみたいと思います。

大規模工場は残念ながらもうダメ。中小規模工場を活かす道を
大量生産においては工賃と設備投資がモノを言う世界ですから、「メイドインジャパンだから高品質」が通用しません。ぶっちゃけ復活は諦めたほうが良いでしょう。

一方で、数十人から100人単位の工場において、丁寧にものづくりを行っている縫製工場は、冒頭で触れたように本当にいい仕事をします。こうした高品質なものづくりは、本来「メイドインジャパン」としてもっと売っていけるはずのものです。

価格ありきで中国・東南アジアと戦うのはジリ貧なのが目に見えていますから、どうすれば独自の価値を高く・広く買ってもらえるようになるかということを考える必要があります。

日本工場のもう一つの課題=下請け文化
今のままでは高品質なものづくりができても転落に歯止めはかからないでしょう。その理由には、日本工場の下請け体質があります。日本のファッション業界は伝統的にアパレルメーカーや小売が強く、工場はあくまで仕事を受ける下請けに過ぎませんでした。

発注された仕事を受けるだけで製品に関する主導権がなく、別のところに発注されたら終わり。どれだけ頑張っていても、消費者がその舞台裏を知る余地もありませんでした。しかし、本当のモノのよさは、小売が決めるわけではありません。現場の技術に支えられているのです。

ここから私の意見ですが、工場が生み出す価値をきちんと消費者に届けるためには、製品の企画から消費者とのコミュニケーションまで、工場が主役になって行うべきだと考えています。

消費者が本当に価値を感じるものを、工場が直接届けていく
画一的なものを広くコスパよく届けるならば、デザイン側が売り方を決めるのは理にかなっていたのかもしれません。しかし、「大量生産で効率よく」の課題も浮き彫りになりつつあります。昨年では、バーバリーが42億の売れ残りを焼却処分したことが明るみに出たり、日本でも年間10億着以上の廃棄が発生していると報じられたりということがありました。

多分に感覚的ですが、「本当に価値を認められるものだけを購入する」というのがこれからの消費スタイルだと、特に若い世代は感じているのではないでしょうか?小規模・高品質でそれぞれの歴史や想いのある日本工場の製品は、そんな消費スタイルマッチしていると言えるのではないでしょうか。であれば、製品の企画や消費者とのコミュニケーションを生産の主体である工場が決めるのは、むしろ自然なことではないでしょうか?

今流行りつつあるD2C(※)はここに通ずる話ですが、単に中間の業者が抜けただけでは意味がありません。あくまで必要なのは、消費者に届ける価値をつくる主役が工場であるということです。
(※Direct to Customer…流通業者などを介さず、生産者から消費者に直接製品を届ける流通形式のこと。)

実は、そうした工場主体のものづくりをすでにに長いことやってきた国があります。それは、私が10年ほどスーツづくりで携わっていたイタリアという国です。

ファッション王国イタリアに学ぶ工場の戦い方

イタリアではそもそも国としてファッション産業が重要な位置づけであり、国策としての人材育成が機能しているというのが大きいのですが、デザイン機能と生産機能の役割が明確に日本とは違います。

イタリアでは工場が販売の主導権を握る
日本ではアパレルメーカーが企画・生産・小売までをおこない製造だけを工場が担っているのですが、イタリアではデザインオフィスはデザインだけをおこない工場が生産から販売までを企画・実行します。あくまで仕上げて販売するのは工場であり、マーケティング戦略の組み立ても工場が主体となって行います。

例えば、今日本のセレクトショップでも展開されるLARDINIやTAGLIATOREなどの人気ブランドは元々イタリアのファクトリーであり、わかりやすく言えば、縫製工場がデザイナーやディレクターを起用し、マーケティングや販売などのブランド戦略を立てて世界的な成功をおさめているのです。

最初から海外市場を視野に入れるイタリア
さらに、私の知るイタリアブランドでは、はじめから国内だけをターゲットにしていません。EU圏内にとどまらず、アメリカ・アジア・中東など幅広く販路を広げ、一時的な売上の落ち込みもリカバリーできるようにしています。
国内中心のマーケット目線に従っている日本との違いはここにもあります。

日本の工場がいきなり真似するのは難しいですが、目指すべき一つの姿として考えられるはずです。

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日本の工場が生き残るためには

あらためて、私の考える日本の工場が目指すべき戦略をまとめておきます。

①高くても売れる、価値のあるストーリー作り
一緒に夢を見れるパートナーとのジョイント
価値を認めてくれる海外への進出

それぞれ、高く売れること/売るための仕組みを作ること/広く売れることにつながっています。

高くても売れる価値のあるストーリーづくり
すでに見たように、日本の工場で安いものをつくることはできません。一方で、高くても売れているという強みはあります。国内生産量は2%台にはなっていますが、売り上げ金額では20%強ぐらいのシェア。つまり平均に比べて10倍くらいの価格で取引が成立しているということです。

高くても売れているのは、モノではなくストーリがあって作り手の背景が見えるような商品をユーザーに提供できていること。見せかけでなく、人の心を動かす、本当に届けたいストーリー作りが大切です。

一緒に夢を見れる販売パートナーとのジョイント
現在、工場はつくりのプロではありますが、売るプロではありません。工場の強みや想いを理解してくれるマーケティング&セールスパートナーと組み、販路を確保する必要があります。

「メイドインジャパンだから良い」ではなく、その工場独自の良さを認め、ストーリー作りから共にし、一緒に夢を見られる存在が必要でしょう。
イタリアのように最初から工場が強く、デザイナーを擁立するようなことは難しいかもしれませんが、共感してくれるパートナーを見つけることはできるはずです。

価値を認めてくれる海外への進出
実は10年くらい前から、日本の中でも生地工場は海外への販売を積極的に行っています。私の知る生地屋さんもヨーロッパの展示会に出展して継続的な営業活動をしています。日本の生地はヨーロッパのラグジュアリーブランドにも評価が高く、すでに輸出金額ではイギリスやフランスを上回っているのです。

価値の認めてくれない相手ではなく、認めてくれる人を相手にする。縫製面においても日本製の品質は中国や韓国などアジア諸国で評価が高いため、はじめから海外を目指したほうが、広がりも安定感もあります。

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企業と政府に求められる「メイドインジャパン」への理念

最後に、服を消費者に届ける販売企業と、それを支える政府の戦略についても述べたいと思います。

メイドインジャパンを武器にする百貨店アパレルと政府
現在、百貨店やアパレルメーカーなどが、メイドインジャパンをコンセプトに「J Qality」というブランドで日本の工場の強さを前面に打ち出した製品づくりと販売を行っています。これは、日本ファッション産業協議会が認定し、経済産業省も補助金というかたちで支援しているプロジェクトです。

高品質なものづくりをする工場が注目を浴びるのは素晴らしいことだと思いますし、実際これによって潤う工場もあることでしょう。しかし、決定的に違和感があるのは、工場がすべて「日本の工場」というかたちでまとめられてしまっており、工場ひとつひとつの思想を感じないことです。あくまで自分たちのブランドを日本の工場に発注しましたよ、ということの域をでておらず、高く売るためのただの理由付けのように感じてしまうのです。

工場の価値をダイレクトに届ける新興アパレル企業の流れ
一方、新興アパレル企業で、メイドインジャパンを売りにする企業が台頭しつつあります。「ファクトリエ」や「トウキョウベース」などがそれで、日本製に重点をおいた差別化戦略を取っています。

企業によって考え方が異なりますが、こうしたベンチャー企業は比較的工場を主役においたメッセージングができつつあるように感じます。実際、敏感なネットユーザーを中心として、強い共感が生まれつつあります。

望むのはこういった戦略が一時的なものでなく、事業の成長と共に工場の人達にも何らかの恩恵が得られることです。

パートナーに求められるのは理念と辛抱強さ
「メイドインジャパン」という体裁を整えて販売をすればある程度は高く売ることもできるでしょう。しかし、ただ発注するだけでは工場にしてみれば単発の仕事が入るだけです。消費者にしても、ただ品質がいいというだけではもう買う理由にはなりません。

長く・広く売るためには、その工場だからこそ一緒にやるという理由や理念が必要です。自分たちが目先を生き残るために利用するのではなく、嬉しいことも苦しいことも一緒に経験して戦って行こうぜという気概が必要なのです。もちろん一筋縄では行きませんし、効率も良くはないでしょう。しかし、表面的なやり方はもう消費者にバレる時代なのです。

生産者と消費者が深く通じ合った関係性の中に、メイドインジャパンの未来はあるのではないでしょうか。

つくる人と買う人が幸せになる社会を

モノの売り方が劇的に変わっていく中で、システムの便利さばかりがクローズアップされていることに違和感を感じています。ユニクロの100万枚も小さいブランドの100枚も、人が縫っているのは変わらぬ事実です。システムで一人ひとりの遠隔採寸ができたとしても、全自動で服ができるわけではありません。縫い上げるのは血の通った人間です。

すべての商品には、それを作り上げる一人ひとりの人間が関わっています。私の知る限り、工場の現場で働く人達は物づくりに真摯で純粋な人達です。よく見せたり売り方を考えたりすることが苦手で損な役回りが押し付けられがちですが、本当に価値を生み出しているのは彼らなのです。

たくさんのデータをあつめるのも大事なのでしょうが、価値を作る人と価値を受け取って喜ぶ人が、できるだけ近づけられる、みたいなテクノロジーの使い方ができるといいのじゃないか、ということなどを考えています。

私はメイドインジャパンの可能性を信じています。微力ではありますが、できるかぎりたくさんの人に伝え私自身が積極的に関わっていきたいと思っています。

長々とお付き合いいただきありがとうございました。

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