【フィン物語群】鍛冶場の詩【和訳】

 フィン・マックールの愛剣といえばマク・ア・ルイン(Mac an Luin)が有名である。しかしその具体的な来歴となると、そう簡単には検索に出てこない。
 以前これを調べた際には、ジェイムズ・マクファーソンの『オシァン』劇中にて、フィンガル王の剣「ルーノの子」(英:Son of Luno/蘇:Mac an Luinn)が言及されていることを確認した。ルーノとは、スカンディナヴィアの鍛冶師の名であるという。
 その後、ソフィア・モリソンの『マン島の妖精物語(Manx Fairy Tales)』(1911)に収録されている「キタランド」に、オーラフ王の剣として「Drontheimの闇の鍛冶師、ローン・マックリブイン(Loan Maclibuin)によって作られた王の剣マカブイン(Macabuin)」なるものが登場することを知った。
 どちらも北欧の鍛冶師によって作られた王の剣であり、LunoやLoanといった鍛冶師の名前も似ている。なにか関連性があるのかしら・・・。
 
 と思っていたら、有力な情報が飛び込んできた。
 https://twitter.com/Al_batross/status/1747855058841313338

 LunoにせよLoanにせよ、その原型は「Lon mac Liomtha」にあるという。
 
 このLon何某というのはマク・ア・ルインを打った鍛冶師で、アイルランドやスコットランドにその逸話が伝わっているようである。
 というわけで今回はマク・ア・ルインの由来譚となるLon mac Liomthaにまつわる話のうち、『Duanaire Finn』のXXXVI(第36歌)の詩、「The Lay of Smithy」を和訳した。
 いつものごとく英訳からの重訳であることをご承知おきいただきたい。また誤訳・誤解釈ありましたら何卒ご一報おねがいします。


・出典

 今回使用したテクストは、Gerard Murphyの『Duanaire Finn (The Book of the lays of Fionn): Part II』(1933)p2~p15である。
 なお、後年(1953)に出版されたpart IIIに英訳の修正や正誤表、用語集が収録されており、そちらも参考にした。そのため1933年版に掲載された英訳そのままの和訳でないことには注意されたし。
 その他、ゲール語原文から独自に再解釈した点などは適宜注釈を入れていく。

●和訳●

 本書冒頭に各詩の解説が掲載されていたので、そちらも和訳してみた。概要のかわりとしてここに挿入する。

 XXXVI(36) 鍛冶場の詩 p.2
 
 FionnとDaolghusを含む八人のFianaは、(ケリー県の)Sliabh Luachraの上に辿り着く。奇怪な戦士が彼らに近づき、その男は自分がノルウェーの鍛冶師長Lonであり、Fianaと競走するために来たと言う。すると彼はすぐさま跳び出した。八人のFian戦士が彼を追う。Lonは彼らを、ケリーからリムリックを経由してクレア、ゴールウェイ、そしてロスコモンを通り過ぎてKeshcorranの丘(スライゴー南東部)まで連れて行った。
LonはKeshcorranの洞窟に入る。洞窟の中には鍛冶師たちが働く鍛冶場があり、Lonは剣を作りはじめる。Daolghusが彼を手伝う。Daolghusは、その顔が火のついた石炭のごとく輝くまで、熱くなった。その場にいた鍛冶師たちは、この男が何者なのか尋ね、「細身で熱い」という複合形容詞caoilteを用いて彼を評する。その形容詞に注目したFionnは、Daolghusを永久にCaoilteと呼ぶことを決める。
LonはFianをもてなし、名づけられた槍や剣を彼らに贈った。翌朝の日の出の時、ぐっすり眠っていたFianは、再びSliabh Luachraにいることに気がつく。

●登場人物
 
・八人のフィアナ戦士・
Fionn:フィン・マックール
Oisin:フィンの息子。この詩の語り手。
Daolghus:フィアナ戦士。のちのCaoilte。
Diarmaid:フィアナ戦士。ディアルミド、ディルムッドなど。
Mac Lughach:フィアナ戦士。フィンの娘Lughachの息子(つまり孫)と見なされることがある。
Beareの職人の三人の息子たち:フィアナ戦士。
 
・その他・
Lon:鍛冶師。

●詩

pp.2-3

 1:
 書きとめたまえ、Brogánよ、まことに心地よく賢明なる言葉づかいで、あまたの厳しい試練に耐えしCumhallの息子の冒険についての文章を。

※Brogán:聖パトリックの書記。
※Cumhallの息子:フィンのこと。

 2:
 Oisinが非常に穏やかでもっとも純粋なる言葉で語ることに耳を傾けよう。私はその勇敢なる一団から、これ以上に書き留めるに相応しい語りを聞いたことがない。

 3:
 語りたまえ、貴公子の息子よ、偽りなき澄んだ声で。われらにFianのまことの話を優しく穏やかに物語りたまえ。

※Fian:フィアナ戦士。

 4:
 省くことなく(軽々しい答弁にならぬよう)われらに語りたまえ、なにゆえ闘いを終わらせることをCaoilteと呼ぶのかを。

 5:
 われらがLuachair Deadhadhに着いたある日のこと。われらの一団は八人の勇敢なる男たちから成り、そのうち七人は上王の血筋に連なっていた。親愛なる、高貴で上品な戦士団であった。

※Luachair Deadhadh:コーク、ケリー、リムリックの境界にあるSlieve Logher山脈

※上王の血筋:英文の「seven of us about the high king」の「about」にあたるゲール文字原文は「mun」で、これは「um+an(about the)」と思われる。eDILいわく、umには「around, about」の他に「特別な意味で、ある人物の一族の集まり」の意があるという。この場面では上王がいないため、周囲や近衛の意ではなく、一族を意味すると解釈した。なお推測するに、上王の血筋ではない残りの一人はDiarmidと思われる。

 6:
 われとDaolghusとDiarmaidの、狩猟小屋で食料を手に入れた三人、Beareのとある職人の三人の息子たち、Fionnその人とMac Lughach。

※食料:英文は「roasting」(炙ったもの?)となっているが、ゲール文字原文の「fulacht」について、同書第三巻の用語集では「調理された食べ物、食事」となっている。そのためここでは「食料」とした。
 
pp.4-5

 7:
 われらが丘の上にいたのは、ほんのわずかの間だけであった(が、長くこの話は記憶されるであろう)、一本足の非常に丈高き戦士が、美しい芝生の平原の上をわれらに向かってやって来るまでは。

 8:
 驚くべきはその戦士の姿であった。われらは彼を見るや武器を手にとった。彼は三本の腕を振っていた。その顔は石炭の色をしていた。

 9:
 彼が峰から峰へとわれらに近づくときには、一本足が山の上で彼を支えた。彼の額には一つ目があり、そのまなざしはCumhallの息子に向けられていた。

 10:
 美しい芝生に覆われた手つかずの峡谷を越えるのには一跳びで事足りた。衣服の裾は彼の尻にほとんど届かなかった。

 11:
 彼は、蝋引きの撚糸のシャツ、灰色のチュニックと赤いマント、上半身には大きな漆黒の蝋引きされた鹿革のフードつき外套を着ていた。

 12:
 彼の大きくてまっすぐな濃紺の足は、どんな戦士の手で掴めるものよりも大きかった。彼の膝から足首までの距離は、どんな槍の柄よりも長かった。

 13:
 外套と同じ被り物が頭にあり、それは石炭のように見え(?)た。彼の手の影と彼の陰気さはわれらにとって十分な脅威であった。

pp.6-7

 14:
 彼は丘にやってくると、われらに近づき、こう言った。「汝に神の恵みのあらんことを、Cumhallの息子よ」

 15:
「汝にも恵みのあらんことを(?)」と戦士Fionnはそう言った。「そなたは何者か、見知らぬ男よ? 本当の名を名乗れ、皮の服を着た男よ」

 16:
「Líomhthaの息子Lonが我が名である。われはあらゆる匠の神髄を極めん。BergenにあるLochlannの王の鍛冶師たちの師こそ我なり。

※Líomhthaの息子Lon:ゲール文字原文では「Lon mac Liomtha
※Bergen:ノルウェーのベルゲン
※Lochlann:伝説的な北方の地名だが、ここでは北欧、スカンディナヴィア(特にノルウェー)を指すと見て良いか。

 17:
 Bolcánの娘たる若きLíomhthach、彼女はその子どもらになんの不幸もなかった。わが母を勝ち取り、われと他の兄弟をもうけた男は、憐れみの的にあらず。

 18:
 対等の競走を求めて、われはBergenからお前のもとへ来た。お前たちは素早いとの噂だ、技に優れた民よ。

 19:
 Geasとtroigh mhná troghainがお前たちに降りかかるだろう、あらゆる困難の中の先導者たちよ、もしお前たち八人がわが鍛冶場の扉まで我を追わぬのならば」

※troigh mhná troghain:英訳は「the pangs of a woman in travail(産気づいた女の苦しみ)」としているのだが、同書第三巻で否定している。確証がないためここではゲール文字原文をそのまま置くが、あえて訳すなら「カラス女の脚」となるか。後述の解説を参照。

 20:
 彼は山頂を吹き抜ける春風のごとく我らから跳び去った。われらはFianの貴人数名ですぐさま彼の後を追った。

pp.8-9

 21:
 Luachair Deadhaidhの斜面に沿い、Bealach Luimnighの門を過ぎ、Sliabh Oidhidhを越え、Eachtgheを越えて、われらは四つの集団にわかれて進んだ。

※Eachtghe:ゴールウェイとクレアの境界にあるAughty山脈を含む地域。

 22:
 鍛冶師はその集団の一つを作っていた。誰もが彼からかなり遅れていた。彼はDaolghusよりもはるかに優っていた。Fionnは連れを伴わず彼らの後を追った。

 23:
 DiarmaidとMac Lughachは彼らから丘三つぶん後ろにいた。われと職人の三人の息子らは四集団の中の勇敢な一団を成していた。

※つまり先頭に鍛冶師と遅れてDaolghus、次にFionn単独、次にDiarmaidとMac Lughach、最後にOisinと三兄弟、の四つにわかれて追走している。

 24:
 Mag Maoinを過ぎ、Magh Maineを過ぎてわれらは進み(この旅の後、それらはわれらから遠く離れていた)、Áth Bearbhaを渡りMucaisを越えて、大いなるMag Meadhbhaに入った。

※Mag Maoin:ゴールウェイ県のLoughreaの周りにある平原。

 25:
 Fiodhachの息子Fraochの墓の近く(楽な道ではなかった)、Gleann Cuiltを越えCruachainを越え。そこでDaolghusは歩調を速めた。

※Cruachain:クルアハン。

 26:
 Magh LuirgからSeaghaisへくだり、さらには、われらは互いに追いついた。鍛冶師とDaolghusは我らから離れてCeann Sléibheの禿げ山へ入っていった。

※Magh Luirg:ロスコモンのBoyleの平原。
※Seaghais:Boyle川

 27:
 われらはCorannの洞窟のすぐそばまで近づいた。「彼はわれらより先に行ってしまった」Daolghusが言った。「少し待たれよ、鍛冶師。なんじ一人で入ってはならぬ」

※Corannの洞窟:スライゴー県にあるKeshの洞窟。Keshcorranとも。

pp.10-11

 28:
 彼らは共に洞窟に入り、Fionnは雄々しく彼らを押しのけて進んだ。彼らはふいごが吹かれているのを見出した。彼らは土と鍛冶炉を見出した。

 29:
 金床と大鎚が打たれて一瞬火が強く爆ぜ、七振りの剣が真っすぐで見事なかたまり(?)にとても延ばされた。

 30:
 Lonその人が、厳格で力強き集団にむかって、懇願して(?)言った。「これだけが、いまだ作られぬ武器のうちの、わが割り当てなり」

※「懇願して(?)」は英文で「beseeching them(?)」となっているが、同書第三巻では
「(原文のga ttoghdhaを)『彼らに懇願する』という訳は、疑わしい語源(to+guide)に基づいており、文脈にほとんど合致しない」
としている。が、では正しくは何なのか、修正した訳については書かれていない。

 31:
 彼は火ばさみを鍛冶炉に入れて四つの畝ある石を持ち上げた。鍛冶師とDaolghusは鋭く機敏な鎚打ちを行った。

 32:鍛冶師は二つの大鎚としっかりした灰色の面をもつ火ばさみを握っていた。彼は道具を扱う三つの腕を持っていたのだ。Daolghusは良く応えた。

 33:彼らは斬撃に優れる(?)硬く鋭い輝く刃を作り上げた。柄の長さのわりに両の刃が不十分で、美しい灰色をした鋼の芽だった。

※優れる(?):同書第三巻の用語集では、英訳の「success」にあたる原文の「biseach」について「増加、改良の意。(この詩では)意味が疑わしい」としている。eDILではbisechの意として「increase, addition; improvement, betterment, progress」(増加、追加:改良、改善、進歩)を挙げている。ここでは「一撃をよく与える」といった感じだろうか?
 
※芽(shoot):原文の「buinne」について、同書第三巻では「sapling(若木、若者)」としており、またeDILではまさにこの詩での例を「torrent, flood; stream, current, wave」(激流、洪水:急流、流れ、波)の応用例に分類している。鋼の若木、あるいは鋼の急流か? しかし柄が長いのであれば若木にたとえるのが無難に思える。

 34:
 Daolghusは鍛冶の炉端で熱くなった(頑丈なるは彼の戦いなり)。火のついた石炭よりもなお赤きは、仕事の後の彼の顔貌であった。

pp.12-13

 35:
 非常に粗野で不愛想な鍛冶師たちは言った。「棒鋼を伸ばしている、恐れ知らずで、細身で熱い男は何者か」

※細身で熱い:英訳は「slender-warm」、原文は「caílti」である。これは「cáel(slender)」と「te(warm)」からなる合成語。

 36:
 どんな難問も容易くするFionnが彼らに答えた。「それを彼の常の名としよう。DaolghusはCaoilteと呼ばれるのだ」

 37:そこに彼の名の顛末があるのだよ(素晴らしきは彼の勇気と行いなり)。断ることを知らぬCaoilte、彼の沙汰を書き留めるのはふさわしきことなり。

 38:「われらのもとへ来た戦士たちをもてなそう」と強きLonは言った。「Cumhallの息子にふさわしい、豪華な寝床を用意しよう。

 39:
 各々に旅の代償として、戦うためや争うための、一本の槍と一振のまことに獰猛な青き刃を託そう。

 40:
 不動なるFionnはわれに任せたまえ。われは彼に戦のための一そろい、まっすぐな槍を一本、とてもまっすぐな槍を一本、そして実に素晴らしき長剣一振りを与えよう」

 41:
 彼らはそこで作られた魔法の武器をわれらに与えた。激しい獰猛さから多くの傷をもたらす七振りの剣と九本の槍である。

pp.14-15

 42:
 Mac an Luinは人体を傷めつけるCumhall(※の息子)の剣なり。詩人DiarmaidはDrithlinnを得たり。CréchtachはCaoilteの硬い刃なり。

※ゲール文字原文には「mhic Cumaill」とあるのだが、英文には「son of」がない。このままでは「(フィンの父)Cumhallの剣」ということになってしまうため、これは誤訳・脱字だと思われる。

 43:
 FeadとFíとFosgadh(多くの勝利をわれにもたらした)、これらは職人の三人の息子たちの剣なり(彼らは多くの困難な状況を切り開いた)

 44:
ここにわが手中にあるは、かつての戦いでわれが佩きしGearr na gColannなり。Mac LughachはÉchtachを得たり。勝利に向かいし時、彼は幸福であった。

 45:
 素晴らしきは、われらの焦げ茶色の衣服と、茶毛に覆われた冠もつ鳥の音楽であった。翌日に目覚めた時、われらは十分な睡眠をとっていた。

 46:
 美しきSliabh Luachraに翌日の太陽が昇った時、われらの長剣とわれらの太く頑丈な槍は素晴らしいものであった。

 47:金髪の真に純粋なる一団が完全に絶えねばならぬというのは辛いことだ。おおパトリックの白き筆の祐筆よ、人々が彼らのことを書き留めるような時代に達してしまった彼のことは悲痛なり。

・要約

Oisin「昔のことを話そう」
~~
 
八人のフィアナ戦士が丘の上に着くと、そこに三本腕一本足の奇怪な姿の男がやってくる。
 
Lon「われは鍛冶師のLon。おまえたちと競走しにきた」
 
八人はLonを追いかけて、洞窟の中にある鍛冶場へたどりつく。
鍛冶師と、戦士の一人Daolghusが鎚を振るう。その様を見た他の鍛冶師たちが「あの細身で熱い(caoilte)男は何者だ?」と尋ね、それを聞いたFionnが「では彼(Daolghus)のことを今後はCaoilteと呼ぼう」と言う。
鍛冶師は七つの剣、九本の槍を八人に与える。
八人が一晩ぐっすり眠ると、最初にいた丘に戻っていた。
 
~~
Oisin「あの男たちがもういない、そんな時代になってしまったのは悲痛なことだ」

●解説と覚え書き●

◆冒頭で「なにゆえ闘いを終わらせることをCaoilteと呼ぶのか」とあるが、実際に語られるのは「DaolghusがCaoilteと呼ばれるようになった経緯」である。「闘いを終わらせる(原文:sgaoílte na sgainnear)」がDaolghusを指すケニング(比喩的修辞)かなにかなのだろうか? 詳細はわからない。

◆「上王の血筋に連なる七人」について、この詩のみでは八人のうち誰が該当するのかわからない。血縁関係を考えれば、Fionnと息子Osian、甥のCaoilte、孫のMac Lughachの四人と、Beareの職人の三人の息子たちはそれぞれ縁戚だろう。となると残るDiarmidを除いたこの七人が該当すると思われる。
しかしそうなると職人の息子たちも上王の縁者ということになるが、一体何者なのだろう。この三兄弟は『Duanaire Finn』の他の詩にも登場しており、フィアナ戦士であることは間違いないようだが、今のところ来歴等については確認できていない。
 ※追記
 これについて日月日氏から有力な情報をいただき、しかしここに追加するには少し長すぎる話になったので別途記事を設けることにした。

 簡潔に言えば、彼らは上王MacConの子孫で、Beareの職人はその里親となる。彼らの名はGlasGearGubhaで、異母兄弟との戦いで討ち死にしている。

◆「とある職人(One Craftsman)」の原文は「Áonchearda(aon+cerd)」だが、aon(óen)には「one」以外にも「unique, without equal, peerless」(ユニークな、比類なき、唯一無二の)などの意味もある。そのため「優れた職工」という意味もあるかもしれないが、どちらの意味かわからないため今回は英文のOneをそのまま訳した。

◆劇中でFionnたちが通過した地名を並べて推測すると以下になる。
 
・Luachair Deadhadh:Slieve Logher山脈(ケリー県)
・Bealach Luimnighの門:不明。ただしLuimnighはリムリックのスペル。
・Sliabh Oidhidh:クレア県のWoodcock Hill(ヤマシギの丘)?
・Eachtghe: Slieve Aughty山脈(クレア県とゴールウェイ県の境)
・Mag Maoin:ゴールウェイ県のLoughreaの周りにある平原。
・Magh Maine:不明。
・Áth Bearbha:不明。一般的にÁthは浅瀬の意。
・Mucais:不明。
・Magh Meadhbha:不明。おそらくメイヴにまつわる地名と思われる。
・Fiodhachの息子Fraochの墓:不明。ロスコモン県Tulsk近郊にあるCarnfree(愛:Carn Fraoich)か?
・Gleann Cuilt:不明。
・Cruachain:クルアハン(現在のロスコモン県ラスクロガン)
・Magh Luirg:Boyleの平原(ロスコモン)
・Seaghais:Boyle川
・Ceann Sléibhe:不明。
・Corannの洞窟:スライゴー県にあるKeshの洞窟。Keshcorranとも。
 
 おおむねケリーからリムリック、クレア、ゴールウェイ、ロスコモン、スライゴーと、アイルランド南西部から北西部にかけて北上しているのがわかる。
 一部特定できない地名については、以下に覚え書きを付す。
 
・Bealach Luimnighの門
Bealachは峡谷、隘路、峠、道を意味するbelachと思われる。この英語化名Ballaghがつく地名はアイルランド各地にあり、リムリックにも存在する。ルート的にそのBallaghを指すかもしれないが、単にリムリックの町のことかもしれない。
・Sliabh Oidhidh
 Sliab Oidhidh an Rígh(王の最期の山)と同じ地域か。現在のWoodcock Hill(ヤマシギの丘)であり、ルート的にはここを指していると思われる。
・Magh Maine
これと前後するMag Maoinとクルアハンの間には、かつてUí Mháine(英語化:Hy Many)の王国があり、これに由来する地名かもしれない。しかし確証はない。
・Áth Bearbha
Bearbhaはバロー川の古い綴りだが、これはアイルランド南東部の川でありルート的に不自然すぎる。似たような地名があったのか、あるいはスペルが異なるか。
・Mucais
ドニゴール県に同名の地名があり、「豚の背」の意だという。位置的に無関係であろうが、同様の地名は各地にあっても不思議ではない。
・Magh Meadhbha
「O’Haraの書(section 26)」などに見られる地名。メイヴに由来する地名と思われ、Magh Medba(メイヴの平原)か。おそらくクルアハン周辺と思われる。
・Fiodhachの息子Fraochの墓
『フロイヒの牛捕り』あるいは『クアルンゲの牛捕り』に登場するFráechか。Tulsk近郊にあるCarnfreeは彼の墓とされる。
・Gleann Cuilt
Gleannは峡谷の意と思われる。上述のCarnfreeとクルアハンはさほど離れておらず、この間のどこかにある谷か? 一応、現在そこにはセラモジ川が流れている。
・Ceann Sléibhe
「頭山」といった意味になるか。ケリー県のSlea Headのアイルランド語名だが、明らかにこれではない。Burrenの民話版にも登場するが、内容的にクレア県周辺の地域であろう。単純な名前(頭+山)であるし、同様の地名が各地にあったのかもしれない。このあとCorranの洞窟へ入っていくことから、洞窟のあるBricklieve山地を指すと思われるが確証がない。

◆特に打ち合わせもなくCaoilteがしれっと鎚打ちに参加しているが、彼には鍛冶屋の息子であるという伝承があるらしい。それを前提とした描写なのだろうか。

◆劇中では八人に「七振りの剣と九本の槍」が贈られているが、槍のうち二本がFionnのものとして、剣七振りに対して八人ということは、列挙された武器の名前のうちどれか一つは剣ではなく槍を指しているはずである。
 文中ではそれぞれの説明にlann(剣)やcloidhme(剣)が付随しているが、DrithlinnとGearr na gColannとÉchtachにはない。このうちGearr na gColannは別の詩(XX、104と105行目)でオスカーの剣の名前として言及されている。
 同書第三巻の用語集を見ると、Mac an Luin(Fion)、Drithlinn(Diarmaid)、Créchtach(Caoilte)、Fead、Fí、Fosgadh(三兄弟)、Gearr na gColann(Oisin)については「sword(剣)」としているのに対し、Mac LughachのÉchtachについては「weapon(武器)」と表記されている。
 用語集を見るにÉchtachが槍候補にあがってくるが、一方でDrithlinnを剣とみなしている理由についてはよくわからない。

●troigh mhná troghain●

 19節の「troigh mhná troghain」について、第二巻では「the pangs of a woman in travail(?)」(産気づいた女の苦しみ?)としているが、同第三巻でこれは誤りだと注釈をつけている。用語集のtroghainの項目ではMeyerの記述を引用しつつ、「mná troghain」が戦いに関係するもので、troigを「足」、mná trogainを「雌の烏=モリガンのような戦女神の暗喩」と考察している。
 これについて、Sharon Arbuthnot(2017)の「The phrase troig mná trogain in exhortative speech(『勧告的な話し方における「troig mná trogain」というフレーズ』?)」では、「雌ガラスの足=戦女神の足」で「(クーフーリンの最期のように)カラスの姿をした戦女神(モリガン)に踏まれる⇒破滅的な最期を暗示させる言い回し」ではないかとしている。
 一見してこれらの意見は正しいように思える。ただし反論等についてまでは確認できておらず、これらの解釈を公平な視点で判断できていない点を踏まえて、本文ではそのままにしておいた。
 

・バージョンについて

 今回和訳したのは『Duanaire Finn』に収録されている話であるが、この物語には様々なバリエーションや派生、影響作品が存在する。
 全体のあらすじが似ているものとしては、John O'DonovanEugene O’Curryの「The antiquities of County Clare」(1997)収録の「The Legend of Lon Mac Liomtha」があり、こちらは日月日氏による和訳記事がある。今回の和訳でも参考にさせていただいた。

 他にはJ. F. Campbellの「Popular Tales of the West Highlands」第三巻(1890)収録の「LXXXV. The Song of the Smithy」がある。こちらでは鍛冶師たちの腕はなんと七本(!)となっている。
 
 鍛冶師や剣にまつわるエピソードとしては、ジェイムズ・マクファーソンの『オシァン』や、ソフィア・モリスンの『マン島の妖精物語』収録の「キタランド」などがある。
『オシァン』では「スカンディナヴィアの鍛冶師ルーノが鍛えた剣<ルーノの息子>」が言及されるに留まるが、「キタランド」では後半のあらすじがほぼ近似してくる。鍛冶師が王に競走を挑み、代理で一本足の従者が王の相手となり、鍛冶場の扉まで走る。鍛冶師の金床を壊してしまうのはバレンの民話版と通ずるところがある。
 
 英訳がないゲール文字オンリーの資料としては、Campbellが脚注で挙げている二冊がある。
John Gilliesの「Sean dain, agus orain Ghaidhealach」(1786)p.233
と、
Hugh and John MacCallumの「An original collection of the poems of Ossian, Orrann, Ulin, and other bards, who flourished in the same age」(1816)p.216
で、どちらも同様の物語が収録されていると思われるのだが、詳細はわからない。
 なお鍛冶師の名前はそれぞれ
・Gillies版:Lun Mac-Liobhain
・MacCallum版:Luinn mac Liobhuinn
となっている。
 

●おわり

 今回はマク・ア・ルインの来歴に関するエピソードとして、『Duanaire Finn』の物語を和訳した。
一つ目一本足の異形は日本でも鍛冶師のメタファー的なもの(一本だたら、天目一箇神)として見なされることがあるが、洋の東西で似た伝承があるのは興味深い。
 またCaoilteの名前の来歴譚にもなっているのにも注目したい。
 
 やや紆余曲折あったが、フラガラッハの能力(対峙した相手に、出産する女の強さだけを残す)に似た記述が出てきた時には関心が高まった。その後どうも誤訳らしいという話で低まったが。
 なお、フラガラッハのほうは「mna seolta」なので、今回の「mná trogain」とは無関係であろう。たぶん。
 

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