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どうせいつかは死ぬんだし

「死にたい」と口にすることを極力避けて生きている。

先日仕事中に父親から着信があった。
折り返し掛けるとただの掛け間違いだったのだが、普段父親から電話が来ることなんてほぼないので気持ちがざわざわとした。

母親とは月に数回電話をする。
何かあれば連絡が来るが、父親は仕事以外で電話やメールをまったくしない。

高齢出産で私を産んだので、私の両親は周りの同年代からすると祖父母に年齢が近い。
姉兄が親のようで、両親が祖父母のような感覚でいる。

そんな中で父親からの着信を見て、結果はただの掛け間違いだったから良かったのだが、親の死を近くに感じてしまった。


私は親が生きている間は生きていたいと思っている。
それ以降のことはあまり考えてはいないのだが、今世はもういいやという気持ちがもう数十年と心の中にある。

別に死にたいとか、親が亡くなったら私も、とかそういうつもりはなくて。
こうして何度か文字にしようとしてみても、どうしたいのかとかがまったく言語化できない。ただ、もういい。もういいや。

どうせいつかは死ぬんだし、というマインドでいるからか、一人で暮らしていく中で日々に対してどんどん無気力になっていく。
感情はあるけど、それを制御しようという気がない。
好きな人やものに対して心は動いても、眺めるだけで満足してしまう。
どうせいつかは死ぬんだし。

誰かが亡くなるニュースを見る度に、なんで私じゃないんだろうと思う。
ずっとそうして生きてきてしまった。


どうせいつかは死ぬんだし、
どうせいつかは死ぬんだから。

そうやって語尾を変えるだけで全然意味合いが変わってくるのにな。

今年は「どうせいつかは死ぬんだから」そう思えるように生き抜くことを抱負にしたいと思っています。

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