見出し画像

ジャーナリング


    心がスッキリしない、心が重そう、何かが頭の中にひっかかっているように見える、
そんな時に薦めてみるのはジャーナリング。

紙にペンで、心に思うところを一気に書いてみる。
1日に1回、正直に書いてみる。
上司への不満でもよい、妻への怒りでもよい、仲間への嫉妬もあるかもしれない、
何でもよい、人に見せるためではない、
自分の気持ちを正直に無心に書いてみる。

紙にボールペンでも万年筆でもシャープペンでもよい、実際に手を動かして書くことが重要であって。

1日5分でもよい。机に向かって、テーブルに向かって、紙を広げ、ノートを開き、書いてみる。

しばらく続けると、心が軽くなるはずで、自身の心を煩わせていた事々もはっきりしてくる。

そのように人には薦めてきていても、私自身は日記も書いているし必要ないと考えていた。ところが、日記はいつ頃からか、日記帳はパソコンに変わり、記入はスマホからになっていた。

先々月、社内のネットワークが故障した日があり、全員がパソコン無しでの仕事となった約半日、時間にすると正常に作動するようになるまでの、ほんの3時間半くらいのこと。

そういう時だからからか、
多々手書きで書類を作らなければならない事象が各部署で起きて。

つまりは、普段は機械処理されて、署名だけが手書きのものが、
フル手書きとなり、字の汚さは仕方ないとしても、漢字の間違い、送り仮名の間違いなど、私を含めて、驚くほどの醜さが発見され。

実際にペンを握って紙に字を書くことを忘れてしまい、スマホ能に近いような状態になっている危険を感じてしまい。

仲間内だけでもと、ジャーナリングを、
心が云々より、書くことの大切さから始めてみた。

1ヶ月半。
いつも一緒に行動するメンバー4人で始めたことが、社内にいてデスクワーク職の人の殆んどが実行していた。

結果としては良好のようで。呼びかけたわけでもないので、それぞれが何か思うところがあったのだろうけれど。
子供のように踊る字だった人が美文字になり、漢字苦手さんが適切な漢字を書くようになり。

文章も分かりやすい文章になってきた。

そして、明るい、社内が明るくなったように感じる。
3月末の決算期は、忙殺されるという言葉そのままの感じで毎年、殺伐とした雰囲気にもなりかねなかったのが、今年は明るかった。

欲目かもしれないが、顔が明るい、鬱屈した顔つきが見あたらなくなった。

紙にペンで、実際に文字を書く、考えずに心に思うがままを書いてみる。

ジャーナリング。

私自身は、
イラッ!とすることが減って、走り書きであっても、なかなか美しい字に落ちついてきたように感じる。