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こんにゃく芋を保管する小屋 1

畑や田んぼ、漁港などに建っている物置小屋や作業小屋の写真を撮り歩いては記事を書いています。
何かのお役に立ちそうにはありませんが、よろしければ、しばしお立ち寄りください。

先日、茨城県北部の山間部に行く機会がありました。用事を終えて車を走らせていると、土壁の見事な小屋を見かけました。

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車を道端に停めてじっくり眺めようとしたところ、敷地内に年配の女性がいたので、写真撮影の許可をいただこうと声をかけました。すると、幸いなことにお話を伺うことができました。
この小屋の思いも寄らなかった収納物とその保管方法のお話です。

私:「あのー、こんにちは。突然すみません。通りがかりの者なのですが、こちら、土壁の見事な小屋ですね」
女性:「はい、こんにちは。なに、この小屋? なーにが見事なの(笑)ただ古いだけよ」
私:「いえいえ、とてもしっかりしていて立派です。これ、何を収納しているんですか?」
女性:「あら、そう。これはね、もう使っていないけど、以前はこんにゃく玉をしまっておくのに使っていたの。こんにゃく玉が凍らないように、中で火をおこしていぶしていたの」
私:「こんにゃく玉って、こんにゃく芋のことですか?」
女性:「そう、冬になるとこんにゃく玉が凍ってしまうでしょう。だから土から掘り起こして、この小屋の中に入れて、一晩中火を焚いて、温め続けるの。大変だったのよ。えーっと(と指折りして)11月から3月まで5ヶ月、寝ないで交代交代でずーっと火を燃やすんだから」
私:「なんと!小屋の中で火を焚くのですね!かまどがあるんですか?」
女性:「かまどなんてなくて、部屋の真ん中の地面で直接燃やすの」
私:「こんにゃく芋って、すりおろしてこんにゃくにしますよね。芋のまま保存する必要があるんですか?」
女性:「1年目、2年目のとんこ(=こんにゃく芋のことでしょう)って、小さいでしょ。それがちょっとずつ大きくなって4年目にようやく出荷できるの」
私:「えっ!こんにゃく芋の栽培って、そんなに大変なんですか!?」
女性:「そうよ。毎年植えて、また掘り起こして。この辺一帯、家の裏は全部こんにゃく畑だったんだから。もう、本当〜によく働いたわ。うちはおじいさんの兄弟、男の人が戦争とかで早くに亡くなったから、女手ばかりでみんなで一緒にやったのよ。大変だったわ」

小屋についてお話を伺うと、大抵の方の表情が明るくなります。苦労も多かったと思うのですが、賑やかだった頃の家族の思い出も一緒に蘇ってくるのでしょう。そうした様子を見るのは、小屋の話を伺う際の私の楽しみのひとつですが、こちらの女性も目を生き生きとさせながら話を続けてくれます。
89歳という年齢を感じさせない、ピンと伸びた背筋とハリのある声。とても若々しく見えて素敵です。

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私:「ところで、この小屋はいつ頃に建てられたのですか?」
女性:「えーっとね、私がこの家に来たのが23で、そのあとだから・・・」と記憶の糸を辿ってくれます。「そうね、62~63年かしら」
1958年-1959年ということになります。ここまではっきりと建てられた年が分かるのは稀です。

図々しくも、中を見せていただけないか、ちょっとお願いをしてみました。
女性:「いやー、今はもう物入れで汚くて、恥ずかしい。見せるほどのもんじゃない。お父さんに怒られちゃうわ」と言いつつ、笑いながら小屋の方に歩き出したので、その後を付いていきます。
確かに、その一角は何年も足を踏み入れていない様子です。蜘蛛の巣をサッと手で払いながら中を見せてくれました。小振りの小屋ですが扉が縦に二つ配置されている構造が意外です。上の扉は建て付けが多少悪くなっていましたが、何とか開けてくれました。内部は柱も梁も内壁も隅々まで煤で真っ黒です。

女性:「地面がちょっと黒ずんでいるでしょう。ここで火を焚いていたの。その周りにぐるっとこんにゃく玉を並べて火を囲める棚があったの。ほら、柱に切り込みがあるのはそのため。その上は天井があって、こんにゃく玉を木箱に入れて、上の扉から運び込んで重ね積んでおくの。箱っていっても専用のものではなく底板に少し隙間があるような魚箱とかなんでも使って保存したわね。壁の上の穴は煙を逃がす空気穴よ」
扉が二つあるのは、内部が二層に仕切られているためでした。1階は成人女性でも腰を屈めて入るほどの高さです。
女性:「毎年どれくらい出荷したかって、さぁ覚えていないけど、農協の車が回収にくるの。南京袋に詰めるんだけど一袋が30キロ。本当にたくさん出したわよ。もう、重くてね。何百というこんにゃく玉をこの中に運び込んだり出したりするんだから。そのおかげですっかり腰は曲がっちゃうし、今でも腰は痛いわよ。アハハハ」

明るい笑い声からは苦労を手で練りこんできた強さとでもいうものが伝わってきます。

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ワラの混ざった土壁の風合いがたまりません。

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使われなくなってどれくらい経つのか聞くのを忘れてしまいましたが、今でも室内には燻された匂いが強く漂っていました。
女性:「外の壁や柱はちょっとずつ剥がれたりして傷んできたけど、煤は殺菌作用があるから、中は虫がいないし全然腐らないのよ」
そう言われてみると、内部は目立った傷みが見られません。艶やかな黒光りをしている部分さえあります。
中が汚くてと何度も恥ずかしそうに口にしたので、写真を撮るのは止めておきました。その代わりに目にしっかりと焼き付けます。当時使われていたと思われる、煤で真っ黒な木箱が1階にも2階にもまだ置かれたままです。手にとって触ってみたい誘惑にかられましたが、そこは我慢。
女性:「以前はこうした小屋を持っている家が多かったけど、今はもう壊されて見かけなくなったわね。ウチはこの小屋があると母屋に直接風が当たらないから、もうずっとこのまま残そうかと思って。風除けになってくれるのよ。あ、あそこの青い屋根あるでしょう、あれも同じこんにゃく玉を入れる小屋よ。あそこの家はもう誰も住んでいないけど行ってみるといいわ」
再び外に戻ってくると、田んぼの向こうの集落を指差しながら親切にもそう教えてくれました。
(続く)
※マスクをして、距離を十分にとってお話をうかがいました。

2021.06.07





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