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(4) 泣き虫ボチ

ガースン、ガースン。こすれ音のあいまに、どこからか  泣き声がきこえた気がしました。

一郎は、キーッとブレーキをひいて、自転車からとびおりました。だれかが泣いています。自転車がとまると、泣き声はいちだんと高くなって、サクラの木のかげから、男の子があらわれました。

(なんだ、おりるんじゃなかった!)

一郎は、泣き虫はにがてです。なだめ方が  わからなくて、自分のほうが、 泣きたくなります。ちらちら  男の子を  ながめながら、一郎は行ってしま  おうかと、自転車をおしたり   もどしたりしていました。

男の子のあいた  口の中に、まるいものが  見えました。泣くたびに、うす  みどり色のそれが、プルルと  ふるえています。

(ガムだ、あんな大きいと、のどにつまっちゃうぞ)

一郎は気になって、じっと男の子を  見つめました。小さなリュックを       しょっています。リュックの口から、キリンのくびや、ぬいぐるみの        手足が のぞいています。

男の子も、一郎をじっと見ました。その目が、一郎のポケットに  止まり    ました。男の子は  泣きやめて、ソーセージを ゆびさしながら、近づいてきました。

「そえ、ボチの」

クローバーの上を  歩いている足が、かたっぽ  はだしです。一郎はぽかんと して、その子が  なにをいったのか かんがえていました。その間に、男の子がそばにきて、せのびすると、ソーセージーをつかみました。

「なにすんだよう、どろぼう!」

一郎がひったくると、男の子は  ピクンとふるえて、手をひっこめました。 それから、一郎のこまくが やぶれるかと思うほど、声はりあげて  泣き    出しました。

一郎は、男の子の  気をまぎらせようと、あわてて言いました。

「くつ、どうしたの?」

男の子は、泣きながら 土手の下を ゆびさしました。一郎が  自転車を    おして、近づいて  のぞいてみると、土手下の草むらの中に、白いうんどうぐつが、ひとつころがっています。

(あれ、ぼくがとってやるの? めんどくさいなあ)

一郎は、だれかほかに たのめる人がいないか、見まわしました。だれも いません。自転車を止めて、一郎がとってやるほか なさそうです。         いつだって、一郎はだれかにしてもらうほう。人のために  なにかしてあげたことなんて、めったにありません。

しかたなく、自転車を止め、土手をすべりおりて、くつをひろいました。 その時、ふっと トオル兄ちゃんの顔がうかびました。

    テトラポットの上から、一郎のくつが 川におちてながされた時、     お兄ちゃんがとびこんで、ひろってくれました。びしょぬれになったのに、お兄ちゃんは にこにこして言いました。
  「きょう、いちばん でっかいやつが、つれたぞ」って。

そういえば、はじめて お兄ちゃんに あった日、一郎はこの子とおなじ ように、大きな声で、泣いていたのです。

    ひっこしてきた つぎの日、ベランダの近くで、一郎は泣いて  いました。その時、ベランダのコンクリートのへいの上を、ひょこっと  動くものが あります。みどり色の カエルでした。一郎は、気をとられて 泣き止みました。そっとガラス戸をあけて、出ていくと、カエルは ひょこひょこと にげていきます。

    となりとのさかいの 板のところで、一郎がエイヤッとおさえこんだら、板のむこうから、にゅっと  うでが 伸びて来ました。
  「つれたぞ、つれたぞ、泣き虫 いっぴき!」

    うれしそうな  わらいごえがして、板のよこから、お兄ちゃんが    のぞきました。一郎はカエルをつないだ 細いつり糸で、つりあげられて、思わず いっしょにわらっていました。


お兄ちゃんの ぐりぐり目が、見ていてくれるような 気がしました。一郎は げんきづいて、土手をはいのぼりました。

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