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7章-(6) 『運命の騎士』のブランバーへ

● 5:10 ローズマリー・サトクリフ作『運命の騎士』の作品中、ウイリアム・ド・ブローズの居城の場所として登場する「ブランバー」は、廃墟そのものとなっていた。壁の一部がそそり立っているだけだった。


ブランバー遺跡


見るべきものもほとんどない。中央に丸く小山 (=motte) があり、木々に囲まれていた。


上がってみると、狭い円形の平地になっているが、説明板によると、ここに木造のブランバー城が建っていたという。信じられない狭さに、皆でおどろいた。 ここに主人公ランダム少年の、主人のそのまた主君が住み、主人は1年に1ヶ月間、警護の奉仕に来ていたわけだ。

ランダムはこのブランバーとアランデルの間にある荘園に引き取られ、後に自領としたことになる。創作物語の中での話だが・・。

ブランバー城のまわりは11世紀の頃は、堀水で囲っていたが、14世紀に外壁が築かれ、(その一部は今も残っている)外堀が造られた。
階段を降りて道路へ出る手前に古い教会があった。これが城の教会であったらしい。

● 全ての見学を終わり、ロンドンへ向かってバスが発車したのが 5:40分。   これから2時間かかるため、今夜の外出計画はすべて消えた。

8:00--10:00 →夕食はホワイト・ホテルの近くのビストロ・デュ・ビラージュでイタリアン料理だった。〈スープ・ミネストローネ・サラダ・ミックスとトマト・プチひれビーフ・ビール・赤ワイン〉

● これで物語の背景を訪ねる旅は、おおむね終った。明日はロンドンで半日自由行動をするのみだ。アランデルの城にまで、メアリー女王の遺品が幾つも残っていたとは!しかも城主であったノーフォーク公はメアリーと婚約したために、命を落していたとは、思いがけない事実を知った思いだ。こうしてみると、おしまいまで『時の旅人』の舞台を追っていたことになるのだが、これまでに「ヘンリー8世」の名が、幾度出てきたことだろう。

彼が起こした波紋は、その時代の国中をおおい、その死後もなお全土を不安に陥れ、宗教上ばかりではなく、経済的な大混乱時代をも招いたのだ。

エリザベス1世とメアリー女王の対立さえも、信教と旧教の対立という側面が強かったのだから、ヘンリー8世に端を発しているとも言える。

『時の旅人』の文中にも、

「ぞろぞろ乞食がやってくる/ ・・・ぼろ着てるのも、ズボンはいてるのも/ ビロード・ガウンで着てるのもいるよ」(と、歌った後、シスリーおばさんは言う)「そんなに古い歌じゃないから、皆知ってるよね。厄介事の多かったヘンリー王の時代に、僧院が閉鎖されてね。これはそん時にはやった歌だ。・・・そん時にゃ、労働者やら・・寝場所も食べ物も仕事もなしに・・国中をうろついたんだよ。大きな僧院がいくつも王様に取り上げられて・・労働者が放り出された。お腹をへらした男たちは、あちこちで怖ろしいことをした・・・あれはイングランドにとって、悲しむべき時代だった(p.344 松野訳)と出てくる。

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