「Escape to the Goat」

 これは未来の人間の食生活・食糧問題について研究作品を作っていた友人に頼まれて書いた、短編映像作品の脚本です。ほとんどコントです。原案の宮城巧くんの研究内容を織り込んで、近未来での食生活について書いた4部作になる予定でした。結局色々とあり映像化が許されなかったんだけど、結構楽しく書いていたのでその中から一つ、バイオハッカー編の「Escape to the Goat」を公開します。

 バイオハッカー編は、未来の食糧問題を人体改造によって解決しようとしたifの世界の日常です。人間が食べられるものの幅を広げていこうといった試みや、そもそも食べる必要自体を無くせないかという点を人体改造で解決するというモチーフはSFでたまに目にします。僕が好きな小説家の安部公房も「盲腸」という作品では、食料飢饉に直面した人間がヤギの内臓を移植して藁で栄養を賄おうとする話があります。

 でもどうやらバイオハッカーはもうフィクションの話ではなく、もうすでに人体改造によって問題解決をしようとしている人は現代にいるらしいのです。ただこれは全く真面目な話ではないので、上の情報は「へー、そうなんだ」くらいで読んでもらえれば。


Escape to the Goat

作:コニシムツキ

原案:宮城 巧

[登場人物]

村上…後輩。学生時代八木を慕っていた。ベジタリアン。

八木…先輩。学生時代ベジタリアンだったが、現在はバイオハッカー。

[あらすじ]

 田舎に帰ってきた村上は慕っていた先輩八木に会いに山へ来た。

 八木に影響を受け自分もベジタリアンになったことを伝えるが、八木はバイオハッカーになっており、ヤギとしての人生を歩んでいた。

 八木から、人間のしがらみから解放されたヤギの生活の素晴らしさを説かれた村上は、自分もヤギとして生活を送りたいと言い出す。

 八木からヤギとしての生活するためレクチャーを受けるが、その過程でヤギの世界にもしがらみがあることを同時に知る村上。

そんなことには目も触れず八木としての生活をひた走る八木。そして村上は八木の目を盗んで山を抜け出していくのだった。

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場所:山

 山へやってきた村上は八木の姿をみつけ駆け寄る。

村上 「お久しぶりです」

八木 「久しぶりだな村上。悪いなこんなところまで」

村上 「いえいえ。八木先輩、今こういうところで仕事しているんですね」(あたりを見渡す)

八木 「仕事なんてもんじゃないよ。いろいろ試してみた結果これが一番しっくりきたんだ。生き方として原点回帰って感じかな」

村上 「なるほど〜(尊敬の眼差し)あ、そういえば僕もベジタリアンになったんですよ。ほとんど先輩の影響ですけどね」

八木 「そうなのか」

村上 「よかったら今夜いっしょに飯でもいきませんか。駅の近くにベジタリアン向けのいい店があるみたいで」

八木 「あー、悪い。俺今日夜は仲間内で集まりがあるんだよ。あと、もう俺はベジタリアンじゃないんだ」

村上 「え、じゃあ、ビーガンになったんですか?それともブレサリアン?」

八木 「違う違う。今俺、ヤギやってるんだ」

 沈黙

村上 「ヤギ…?ええっと…『やぎ(紙のイントネーション)』ですよね」(八木を指差して)

八木 「そういうことじゃないよ。(村上の指を煩わしそうにどかす)それは俺の苗字。『やぎ(神のイントネーション)』をやってるんだ。知らないか?ヤギ」

村上 「いや知ってますよ。あの白くてヒゲがあって、お手紙食べちゃうやつですよね」

八木 「そう。知ってるじゃないか」

村上 「『ヤギをやってる』って発言の意味がわからないんですよ」

八木 「だから、そのお手紙食べちゃうヤギをやってるってことだよ」

村上「お手紙食べちゃってるんですか?」

八木「お手紙は食べてないよ。お手紙は食べずして、その、ヤギって生き物として生活してるんだよ」

村上 「(先輩を指差して)人間じゃないですか」

八木 「(煩わしそうに指をどかす)トランスヒューマニズムだよ。現代のテクノロジーを使えばサイボーグに進化することもできるけど、逆に退化して動物に近い体にもなれる」

村上 (八木の体をジロジロと見る)「見た目はほとんど人間ですけどね…どうしてまたそんなことを?」

八木 「だって人間ってほら、いろいろ大変だろ。まあとりあえず座れよ」

 二人は座る

八木 「俺は思ったんだよ。環境問題は年々深刻化しているし、仕事を探すのも一苦労だ。このご時世で人間として生きていくバカバカしいんだじゃないかって」

村上 「気持ちはわかりますけど…」

八木 「テクノロジーによる進化で大きな得をするのは、資本主義社会の頂点にいるほんの一握りのやつらだけだ」

村上 「まあ、そうですね」

八木 「だったら俺は動物への退化を選ぶ。好きな時に飯を食って、寝て、起きて、食って、寝る。そういうのいいなーって」(誇らしげ)

村上 「先輩、確かに人間向いてなさそうですもんね」

八木 「…傷つくなー…ああ、そうだ。お前ミルクでも飲めよ。搾りたてのがあるんだ」

 八木がビンのミルクを2本持ってくる

 二人で乾杯する

村上 「それにしても、なんでもヤギにしたんですか?」

八木 「俺の苗字が八木だから」

村上 「そんな単純な理由なんですか」

八木 「まあトーテミズム的な、親近感がわいてさ。他にも馬とか猫になったやつもいるよ」

村上 「へえ、じゃあご飯はどうしているんですか?」

八木 「もちろん草だよ」

村上 「消化できるんですか?」

八木 「人工臓器をつかったら全然食べられる」

村上 「へぇ、なんでも食べれちゃうんですね」

八木 「すごいぞー最新の人工臓器は。付けたての時ははしゃいで普通ゴミになるものとかも食べてた時期もあったな」

村上 「すごい、何食べてたんですか?」

八木 「使い終わった割り箸とか」

村上 「すげー」

八木 「あの食パンの袋をくくってる、あの、プラスチックのよくわからない留め具みたいな…」

村上 「ああ、ありますね」

八木 「あれ、食べれる」

村上 「すげー」

八木 「あと文庫本とかについてるあのしおり用の紐みたいな」

村上 「ありますね」

八木 「あれ、食べれる」

村上 「すげー。あ、でもそれ食べらたどこまで読んだかわからなくなっちゃうじゃないですか」

八木 「読んだページから食べていきゃいいんだよ」

村上 「すげー。その時点で若干ヤギじゃないですか」

八木 「まあでも全然美味しくなかったんだけどな」

村上 「じゃあ牧草は?」

八木 「それがな、結構結構いけるんだよ。どうだ村上も。動物の暮らしはいいぞ。人間社会のしがらみや不条理から解放される。仲間とともに山を駆け、草を頬張る。そして夜になれば身を寄せ合って眠る。これ以上の幸せがあるか?」

村上 「たしかにそうかもしれないですね…」

八木 「あのトーマス・トウェイツも言ってただろう。『人間はみな内なるヤギを持っている』ってな」

村上 「知らないですけどね」

八木 「お前トーマス・トウェイツも知らないのか。いいかトーマス・トウェイツはな…」

 遠くで笛が鳴る

八木 「ごめん、ちょっと待っててくれ」

 八木は急に何処かへ行ってしまう。

 戸惑いながら待つ村上

 しばらくして口をもぐもぐさせながら帰ってくる八木

八木 「悪い、おやつの時間だったんだ」

村上 「今の笛、そういう合図だったのか」

 もぐもぐしている八木

 なにか考え込み、決心を決める村上

村上 「あの、先輩。いまからでも僕、ヤギになれますか?」

八木 「…(おやつを飲み込む)なれるよ、ヤギ」

村上 「なれますか!ヤギ」

八木 「なれるよ。なぜなら、人間は皆」

二人 「内なるヤギをもっている」

村上 「いいこと言うなぁ、トーマス・トウェイツ」

八木 「じゃあそうと決まれば早速練習だ」

村上 「はい!」

 八木がお揃いの白いつなぎを持ってくる

八木 「はい、着て」

村上 「あ、はい!」

 村上、つなぎを着る。

 八木、腰に結んでいた袖を解きつなぎを着きる。

八木 「じゃあ四つん這いになって」(膝を曲げながら四つん這いになる)

村上 「はい!」

八木 「もうちょっと、足を、こう…」(膝の角度を強調)

村上 「はい!」(膝をおる)

八木 「そうそう、いい感じ。じゃあ仲間たちのところに行くぞ」

 二人は四つん這いで移動していく

 場所:山斜面

 ここからは二人は『メェ』で会話をする(字幕でセリフがつく)

そこには同じ白いつなぎを着た人間が数人四つん這いで群れている

村上 「メェ(ヤギ、たくさんいますね。僕、受け入れてもらえますかね…?) 」

八木 「メェ(みんな穏やかな性格だ。心配するな)」

村上 「メェ(はい。ありがとうございます)」

八木 「メェ(これつけとけ。人工臓器だ。これで草が食べられる)」

 人工臓器を受け取る村上

 八木は仲間の方へ駆けていく。

 村上も先輩について山を登っていく。

 草を一口食べてみるが、すぐに吐き出す。不味そうな表情。

 村上は気をとりなおして山を歩くが、後ろから八木に呼ばれる

 八木 「メェー(おい!村上!)メェー(なにしてんだ!)」

 村上が振り返ると、他のヤギたちから冷たい目で見られている。

 一斉にヤギたちが泣き始め、困惑する村上

 威嚇するオスヤギがこちらを睨んでいる

八木 「メェー(村上!いいからこっちに降りてこい!)」

村上 「メェ(降りる?)」

八木 「メェー(いいから早く!)」

村上 「メェ(わ、わかりました)」

 村上が八木の元へ戻ると、途端にほかのヤギたちは食事に戻る

 村上を引っ張り起こしてフードを取ると、説教を始める八木

八木 「やめろやめろ。お前ふざけているのか」

村上 「え、なにがですか」

八木 「この山に入りたてのお前が、なんで群れより山頂側で草を食べているんだ」

 村上は八木の言葉にハッとして八木の群れをみる

 ヤギたちは気を悪そうに村上をチラチラと見ている

村上 「…すみません。ヤギのなかでもそういうのあるんですね」

八木 「当たり前だろ。気をつけろよ。まあ新人だしみんな大目に見てくれるよ」

村上 「ヤギにもしがらみあるじゃないですか…」

八木 「お、群れが移動するぞ!」

八木はつなぎのフードを被りなおすと群れの方へ駆けていく

村上 「あ、先輩!」

八木 「メェ〜」

 一人取り残される村上

 村上はため息をついてつなぎを脱ぐ

 群れと逆の方へ去っていき、山を一人で降りていく

-終-

こちらから投げ銭が可能です。どうぞよしなに。