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【第1回】『ベクトル』ヴァンフォーレ甲府観戦記~ACLラウンド16第1戦 vs蔚山~

自分たちが最初に決定機を決めてれば、また違った展開になったのかなっていうのも思ってて。我慢比べに自分たちが負けたみたいに思ってて。もっともっと、ゴール前の質とか一人ひとりの質を上げていければ、全く歯が立たない相手ではなかったなという風に思っています。

ヴァンフォーレ甲府 MF #34 木村卓斗

青赤の戦士達に立ちはだかる黒の王者、高く高くそびえるその壁は、スタジアム全体を飲み込み、ひいては海を越え、日本の地からエールを送るVF甲府サポーター、山梨県民、日本のサッカーファンにまで影を落とした。

3-0。スコアから言ってしまえば簡単だが、試合の主導権を完全に掌握された、本当の意味での「完敗」といえる。ボール支配率は蔚山の64%、枠内シュート数は同等であれ、スコアがその明暗を物語っている。上手く繋がれチャンスを許し、カウンターは決めきれない。試合を終えて浮かび上がった構図は、「強者」と「弱者」の戦いだった。

「中央」の甲府VS「サイド」の蔚山

試合は主に蔚山がボールを握る展開。確かな足元の技術を根拠に、後ろ3枚の形でビルドアップを進める。一方の甲府は、左からラッソ・三平・鳥海の並びで前からプレス。鳥海は相手の左WBも牽制しながらポジションを取り、右WBに出たところにはアダイウトンが待ち受けているというセットで、前半立ち上がりから徐々に蔚山のビルドアップを追い込んでいく。
ミスを誘っては木村が鋭い出足でボールハント。そのまま蔚山文殊フットボールスタジアムの硬い芝生をものともせず、際立ったボールタッチと的確なパスでチャンスを演出した。中央でのボール奪取からゴールへの最短距離を描いた、10分の三平のシュートと12分のラッソの決定機は得点にこそ繋がらなかったが、試合を通し攻守両面でクオリティを発揮した木村は、まさに甲府の"Vital Fighting Knight"だった。
一方で蔚山の攻撃フェーズでは、ピッチ幅を十分に使ったポジショニングと連動、的確でスムーズなパスワークにより、多くの決定機を許した。特にアダイウトンの背後となる左サイドの守備は、数的不利または同数を作られるシーンが目立った。荒木が二人見るのか、神谷が飛び出すのか、はたまたアダイウトンがスプリントして帰陣するのかといった判断が瞬時に求められ、その隙を突いた蔚山の崩しに対応できなかった。
それを象徴するのが蔚山の先制点。左サイドタッチライン際でパスを繋いだ蔚山は、一気にアダイウトンが中央付近で浮いている右サイドハーフスペースへ展開。簡単にアダイウトンが突破された背後をケアすべく、神谷がペナルティエリア外へ飛び出して詰めるも、ふんだんにスペースがある右サイドへ展開されクロスを許す。最後は手薄になっていたゴール前、昨季Kリーグ得点王のチョ・ミンギュがフリーの体勢で押し込むという完璧な崩しにより、甲府は前日会見で主将・関口がその重要性を語っていた先制点を許した。

甲府を突き落とした王者の「一手」

難しい試合になることは誰しもが覚悟していた。それでも甲府には歴史があり、誇りがあり、意志がある。退任が決まっていた吉田前監督のもと成し遂げた天皇杯優勝から、須貝前主将の退団も乗り越え手にしたACLグループステージ突破を経て今がある。この物語をまだまだ見ていたい、それが甲府に関わるすべての人間の思いで、選手も決して例外ではないはず。反転攻勢に出たい甲府だが、立ち上がりのような思い切りの良い前線からのプレスが発動できない。後方で余裕を持ってパスを繋ぐ蔚山は、ロングボールも使ってきた。待ち受けるは先制点を奪ったチョ・ミンギュ。単なるロングボールから十分にチャンスを創出できるストライカーの存在が、甲府のDFラインを思うように押し上げられなくしていく。
次第に今まで効果を発揮できていた前線からのプレスもハマらなくなった。序盤は後ろ3枚でビルドアップしていた蔚山が、中盤のコ・サンボムに低い位置を取らせたことで、数的有利を作った。それだけの話かは定かではないが、足元の技術に優れた蔚山に数的有利を与えればどうなるかは、先制点のシーンを踏まえれば容易に想像がつく。甲府のプレスを突破した蔚山は、急いで戻る甲府の4-4ブロックにできたスペースに正確なパスを供給できる。そして仕掛ける個も持っている蔚山が、前半終了間際にPKを獲得、2点目とした。ピッチ全面で駆け引きを制す、その糸口としてビルドアップに施した王者のたったの「一手」が、前半で2点のビハインドに甲府を突き落とした。

前半は、リズムを掴むのに15分ほどかかりましたが、ゴールが生まれたのは戦術を切り替えて厳しい守備を突破できたからでした。

蔚山現代FC 監督 ホン・ミョンボ

弱者の敗走

後半、前から行かなければならない甲府は、蔚山の後ろ4枚でのビルドアップに対して、シンプルに1トップ+2列目の4枚で応戦し、幾ばくかプレスを再活性化することに成功した。しかし、55分のラッソ、三平OUT ウタカ、飯島INという交代で再びプレスは空転する。
点差も相まってよりロングボールを使いやすい蔚山に対して、甲府がディフェンスラインを押し上げられない問題は解決できず、ラッソに比べて守備時のスプリントが少ないウタカはプレス時の基準点になれずにいた。後方でボールを奪っても、マークの厳しい中央で飯島が潰されるシーンも目立ち、蔚山陣内に侵入してもフィニッシュまで結びつけるアイデアとその共有が不足していた。
シュートで終われない攻撃は相手のカウンター攻撃に直結する。60分の鳥海のボールロストに端を発する蔚山のカウンターは、林田のカード対象となるファールのアドバンテージを経て、蔚山の3点目に帰結した。得点が最優先タスクのアダイウトンも含め、自陣へひた走った。しかし、数的有利を作りかけたところで最後は冷静なパス・ドリブル・シュートと、落ち着いたプレーを見せた蔚山に「致命傷」を負わされた。

失点したとしても、最小限の失点にしないといけなかった。失点がゲームを難しくした。特に1失点目、3失点目……。どういう試合運びをするのか、いま言っても仕方がないが甘かったと思う。

ヴァンフォーレ甲府 MF #34 林田滉也

リードを得た蔚山は、ピッチの幅と奥行きを効果的に利用し、甲府の出方を見ながら着実に時計を進める。試合巧者の蔚山とは対象的に、複数失点を喫しながらも前線への圧力を上げることができない甲府は、試合の主導権を取り戻すことができないままだった。
試合終盤には、途中出場の佐藤が攻撃面を活性化。前線守備の貢献度が低かったウタカにチャンスが訪れるも、81分の決定機は韓国代表GKチョ・ヒョヌに防がれ、83分には獅子奮迅の活躍を見せていた木村が足をつり、アディショナルタイムにウタカがゴールネットを揺らすもオフサイド、フラストレーションでボールをピッチに叩きつけイエローカードと見事な「負け試合」といった流れで試合は終了。第2戦に向け、大きなビハインドを負う結果となった。

チーム・ヴァンフォーレ甲府

試合を終えて数日が経った。これを読んでくださっているVF甲府サポーターやサッカーファンは、この試合をどのように受け止めているだろうか。

少なくとも、フラストレーションを溜めているサポーターがいたことは確かであり、その発散において誤った方法を取ってしまったことは、取り返しのつかないことであり、極めて遺憾に思っている。

極めて遺憾である。

この試合を通して、私は選手を誇りに思った。第1戦という性質もあるが、この試合の勝敗が仮に3失点目によって決まっていたとして、そこから捨てることができる試合ではなかった。ここから取り返すことができれば第2戦の条件が軽くなるし、逆に失点を重ねれば第2戦の条件は極めて困難なものになる。この難しさがピッチ上の選手たちにのしかかっていたことは、引用した林田のコメントからも見受けられる。
それでも選手たちは最後までベストを尽くそうとした。シーズン初戦、慣れない韓国の地、芝生の状態、コンディション、ACL決勝Tという重圧、800人を超える現地甲府サポーターの熱い声援、日本で待つファンたちの夢。様々な不安や葛藤・感情の中で闘っていたのではないだろうか。それでも、キャンプで身につけた自信と、サポーターと共に作り上げるモチベーションを胸に、選手は最後まで立派に走り抜いた。限られる予算の中で、選手たちもスタッフに混じって運営に協力し、この遠征をやり通した。

悔しさをしっかり次の試合に生かせるように、3点以上取って勝てるように頑張りたい。

ヴァンフォーレ甲府 FW #9 三平和司

昨季最終節とこの試合のスタメンで、共通しているのは三平しかいない。顔ぶれは変わりながらも、ACL決勝Tを勝ち進み、J1昇格を成し遂げるという前代未聞の冒険に、このチームは漕ぎ出したばかりなのだ。

クラブ公式YouTubeでは、チームの練習の様子を垣間見ることができる。新体制が始動してから、非常に温和な雰囲気と、活気に溢れたストイックなトレーニングの様子が、更新されるたびに見受けられた。
チームはこの短期間で一体感を身につけ、その第一歩を踏み出した。トレーニングマッチ全勝の先に待ち受けていた韓国王者の壁。その大きさとチームのこれからに、チームは今まさに向き合っている。敗戦のショックに項垂れることなく、新加入の木村は、一人ひとりの質を上げていけば歯が立たない相手ではなく、決定機一つで違った展開もあり得たと前を向いた。三平はホーム第2戦で3点差以上をつけての勝利を目指している。そんな選手たちに対してサポーターができることは、彼らを見守り、後押しし、情熱を込めて応援を届けることだけではないだろうか。

我々は諦めるつもりはない。

ヴァンフォーレ甲府 監督 篠田善之

ベクトルは自分

ヴァンフォーレ甲府の選手たちの中で、たくさん使われている言葉で「べくじ」という言葉があります。これは""ベクトルは自分""という言葉の略で、プレー中もはたまた人生においても、良い時も悪い時も常にベクトルは自分に向けて、「自分と向き合ってひたむきに成長していこうよ」という意味があります。

ヴァンフォーレ甲府 MF #8 武富孝介

サポーターが自分をチームの一員だと思うことは、いささか思い上がりのようにも感じられる。しかし、サポーターもチームの一員として成長していければ、それは理想だ。そして、サポーターにチームの一員であるという自覚があれば、選手に対して誹謗中傷するなどという発想にはならないはずだ。
チームの状態が上向かない時、結果が出ない時に、シーズン中必ず直面することになる。そういう時に、――必ずしも批判をするなという意味ではなく――、自分には何ができるのか、何をすべきなのか、何がチームの為になるのか、そう考えることが必要で、つまるところ「べくじ」という訳である。
チームも選手もサポーターも、今シーズンの初戦を終えたばかりだ。この長く苦しく熱く美しいシーズンを、ともに分かち合い戦い抜くための第一歩を踏み出したばかりだ。恐れなど織り込み済みで、それを乗り越えられるから「チーム」なのだ。さあ、次の円陣を組もう。内を向いた無数のベクトルはぶつかりあって一つとなり、やがて大きなパワーとともに外へ向いていくだろう。

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